51 魔女として恋人として
「ネビュラスは『数多の地下資源がある』として、フロンスから温情を与えられていた。しかし、その資源がなくなったとわかれば……どうなるかはわからない」
ジェイド様はひどく消沈されていた。
それはそうだろう。これは、この国の存続にかかわる問題だ。
ネビュラスの経済は主に、山から産出した鉱石の輸出と、自給自足に近い農業とで成り立っていた。
農業はすでに壊滅的だった(最近わたしが改善させたがまだまだ完全な回復は先だろう)。そこへさらに鉱山もなくなるとあれば、国内は大きく乱れてしまうに違いない。
隣国からの扱いも、また変わるはずだ。
利用価値がなくなった国はどうなるのか。また戦となってしまうのか。更地にされ、フロンスの領土となるのだろうか。
「せっかく、浄化しましたのに……」
今まではどの土地も毒に汚染されていた。だからフロンスからは見向きもされなかった。汚染された土地に住まうことなど誰もしたくないからだ。
しかし、わたしがそのケガレを全部浄化してしまった。となれば、フロンスはこの土地に魅力を感じるようになるかもしれない。
「わたしがしてきたのは、全部ネビュラスのためでした。なのに、これでは……フロンスのためにやってきたようなものです。ああ……!」
「そうだね」
自分の行動と結果におののいていると、リフューズが口をはさんできた。
「【沼の魔女】のおかげで、我が国の土地はきれいにケガレがなくなった。それを知ったフロンスは気に入るだろうね。今後はネビュラスの土地を欲しがるかもしれない。戦にならなくても、移住者をどんどん送り込んできたり、我が国の民を農奴としてこき使うようになるかもしれない」
「そんな……」
リフューズが次々に思いつく予想に、わたしは絶望した。
そんなことのために、フロンスのために、やったことではないのに。
「そのようなことは絶対にさせない」
「ジェイド様……」
不安がるわたしを、ジェイド様は力強い言葉で慰めてくれた。
わたしは涙目になりながらジェイド様を見上げる。
「申し訳ありません。わたしが、余計なことをしなければ……」
「いや。君はなにも悪くない。むしろネビュラスに多大なる恩恵を与えてくれた。王家の者としてとても感謝している」
「そんな、やめてください」
ジェイド様はわたしに向かって、深く頭を下げてきた。
感謝の言葉は嬉しかったが、恐れ多すぎていたたまれなくなる。
「これは俺の本心だ。我が国を存続させるためには、これ以上人口が減るのを食い止めなくてはならない。今まで、それになんら有効な手は打てずにいた……」
それこそ、これまで医療や魔法の介入などで国民の出生率を上げる試みは何度かされてきた。
でもそれらはどれも効果がなかった。
「だが君は、この土地のケガレを魔法ですべて無くしてくれた。今後作物は実り、人々もこれ以上体を病むことはなく、赤子も健やかに育っていくことだろう」
「でも……」
「その奇跡を、恩恵を、フロンスに奪わせたりはしない。俺は、最後まであの国に抗うと誓う」
怒りにも似た視線を、ジェイド様は遠くへと向けていた。
そうは言っても、いったいどのように立ち向かうつもりだろうか。
「エルザ、俺はもう君を二度と失いたくはない。この国の民たちにももう二度と不当な扱いは受けさせたくない。だから、この思いを貫くなら、フロンスとの戦争は回避できないと――覚悟している」
「えっ」
「俺はもう、フロンスとの戦争を想定して動いている」
「そう、なのですか? でもフロンスと我が国は……」
「ああ。戦力差については、策を弄してある。まだ手は付けていないが。勝てる見込みがないわけではない」
ジェイド様はちらとリフューズを見やった。
きっと、彼とともになにかやるつもりなのだろう。リフューズはあいまいな笑みを浮かべて言った。
「まあ、それが成功するかどうかはまだわかりませんけどね。なにせやるのは初めてなんで」
「それでも、やるしかない」
「そうですね。今度こそ、いろいろと失うわけにはいきませんからね、ジェイド様は」
そういえば、いつの間にかリフューズは「ジェイド様」と名前で呼んでいる。
いままでは「殿下」と呼んでいたのに。
ジェイド様と親密になるなにかがあったのだろう。わたしは少しだけモヤモヤとした。
「ん? どうした、エルザ」
「いえ……いつのまにか親しげに呼び合う仲になられたのだな、と」
「ああ、記憶を取り戻したからな。他人行儀な呼び方ではなく、リフューズにも前世のときと同じように――。エルザ? もしかすると、君……」
「な、なんですか?」
「嫉妬してくれているのか?」
「えっ」
指摘されて、わたしはかっと顔が熱くなった。
あわててうつむく。胸元のブローチが、碧色に輝いている。そういえば、ジェイド様がこの蔵書室に来られてからずっと光り続けている。
ということは、もうとっくに人間の顔なのだ。その顔が火のように熱くなっている。
「エルザ、聞いてほしい」
ジェイド様がそう言って、わたしの手をとる。
顔を上げると、翡翠色の瞳が嬉しそうにこちらを向いていた。
「俺はもう隣国の花嫁と政略結婚はしない。君とずっと添い遂げようと思っている」
「えっ」
本気だろうか。
ジェイド様は続ける。
「その意思を、今度は広く、国中に知らしめたいとも思っている。君を国民に紹介したい。そして、そのあかつきには――」
「ま、待ってください。わたしは、カエル顔の魔女で。もう人間じゃないんですよ。男爵令嬢ですらない。そんなわたしが、あなた様となんて」
「嫌か?」
「嫌とかそういうことじゃなくてですね……」
「エルザはもう俺を、愛してはいないのか?」
「あ、愛していますよ。今も、これからも、ずっとずっと愛しています。でも――!」
「なら問題ない。俺と、また婚約してほしい。そして、ゆくゆくは俺の伴侶となってほしい。……いいだろうか」
「……」
どうしよう。思いがけず、プロポーズをされてしまった。
七十年前は状況的に婚約をしていただけで、直接このようなことは言われなかった。でも、生まれ変わったらこんな言葉をいただけるなんて。
ああ、でもわたしはカエル顔の魔女。
王家の一員にはなれないと思う。
わたしは魔女として、恋人として、どうすればいいのだろう。
(セーミアさん、助けて……!)




