50 王城への再訪
王城に到着すると、わたしはさっそく北の塔の中に入り込んだ。
しかし、蔵書室に行っても誰もいない。
「ジェイド様?」
どうやらいまは別の場所にいらっしゃるようだ。あまり城の中をうろつくと騒ぎになるかもしれないので、探しに行くのは控える。
「ここにいれば……いつかは来てくれますよね」
そう思い、本棚と本棚の間に身を隠す。
目の前にはたくさんの興味深い本が並んでいた。これらは全部ジェイド様が集めたものだ。ジェイド様は小説や図鑑の他に、魔導書なども集められていた。
「ジェイド様は魔法が使えないのに……どうして……」
ありとあらゆる種類の魔導書があった。
順番に題名を眺めていると、かつてジェイド様がおっしゃられていたことを思い出す。
「俺はこの国を良くするために、あらゆる方法を探し、試すつもりだ」
きっと「生まれ変わり」の方法もこうした書から知り得たのだろう。
他にはなにを試そうとしていたのだろうか。それを聞く前にわたしは婚約を破棄され、自殺してしまった。今ならきっといろいろと教えてくれるかもしれない。
「ジェイド様はお出かけ中だよ、【沼の魔女】」
「うわあっ! ……って、なんだリフューズさんですか」
急に背後から声をかけられ、わたしは驚いて飛び上がってしまった。
振り返ると、木の杖を持ち白い服をまとった銀髪の男がいる。宮廷魔法使いのリフューズだ。
「なんだとは、またずいぶんな挨拶だね。城の結界を通り抜けた者がいたから急いで駆けつけてきてみれば……君だったのか。それで? 今日は何の用で来たんだい?」
「ええと……実はうちの沼周辺に、冒険者たちがやってくるようになりまして。その対応がなかなか大変で、どうにかできないものかと相談に……」
「ああ――それは、国が冒険者ギルドに出した賞金付きの依頼のせいだね」
やれやれと言わんばかりに、リフューズは肩をすくめた。
「まだ発見されてない魔物を見つけて、未然に被害を防いでもらおうとしたんだ。でもおかしいな。西の村、特に君の住処の底なし沼周辺は探索を除外するようにギルドにも言い含めてあったはずだけど」
「ええ、やってきた冒険者たちに聞いたら、ちょうどそんなようなことを言ってました。でも逆になにかあるんじゃないかと、わざわざ来たくなってしまった者もいたようでして。で、わたしたちを見つけて交戦――と」
「それは……申し訳なかったね」
「まったくですよ。怪我をさせないように追い払うのも骨が折れるんですよ? ちゃんとはっきりと、わたしたちのことを明文化しておいてほしいです。【沼の魔女】だけは討伐対象ではない、とか」
リフューズはくすくす笑っている。
「何がおかしいんですか?」
「いや、ごめん。そうか。わざわざ気になって、ね……。冒険者たちの好奇心をなめてかかってたよ。そうだね。ジェイド様とも話してたんだけど、そろそろ君のことを国民に広く知らしめておくいい機会かもしれない」
「えっ」
わたしのことを国民に広く知らしめる?
それは……なんというか、すごく恥ずかしいのだけど。
「別にいいだろう? 聞いてるよ。ネビュラスの各地で人助けをしてるって。知名度もそこそこ上がってきているし、ここで大体的に知ってもらう、ってのもさ」
「いや……わたしなんか、その……」
各地で知られるようになったのはたしかだ。でも、助けた人たち以外にも知られるのはなんだか、こそばゆかった。そんなすごいことをやってきたわけではないし。
「まあまあ。これもジェイド様の計画のうちなんだよ」
「ジェイド様の、計画?」
「ああ。『来るべき日』のためのね。それには君の協力が不可欠なんだ」
「わたしの協力が……ですか?」
首をかしげていると、蔵書室に足音が響いた。
見ると、ジェイド様だった。黒い軍服姿で現れたジェイド様はわたしたちの姿を見ると、はっとして駆け寄ってくる。
「エルザ……!? リフューズ、どういうことだ」
「かくかくしかじかで相談に来たみたいですよ」
じろりとジェイド様はにらんだが、リフューズは淡々とわたしの来た経緯を説明するだけだった。
「城へ帰ってきた途端、急に姿を消したかと思えば……。こんなところでエルザと話していたとはな。しかも二人っきりで」
「別に僕はそんなつもりは……もしかして嫉妬なさってます? ジェイド様」
「……」
黙ったまま、ジェイド様はリフューズをにらみつづけている。
わたしたちは普通に会話をしていただけだった。しかしこうして愛しい人に子供のように機嫌を損ねられると、わたしは嬉しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになる。
一方リフューズはというと、いつまでたっても気にするそぶりがないため、ジェイド様はやがて怒るのを止めたようだった。
「まあいい……。エルザ、よく会いに来てくれた。ありがとう。俺にできることがあれば、なんでも力になろう」
「ありがとうございます」
「こちらも会いに行くと言っていたのに、すまない……。リフューズと連日鉱山の視察に行っていた。だが、思っていた以上に状況が芳しくなくてな」
「そうだったのですか……」
聞けば、ここ数日、北部にある鉱山を訪れていたらしい。
労働環境の改善や、フロンスからの出稼ぎ労働者のあっせんなどを提案すべく、現場監督と話をしに行っていたのだとか。
「だが、それ以前に重大な問題が起きていることを知らされた」
「重大な問題……ですか?」
「ああ。もう、あの山は資源が枯渇しつつあるそうだ。近々、閉山もやむを得ないと」
「ええっ!」
鉱山の資源が枯渇?
それは、この国の根幹を揺るがす大事件ではないのか。
ジェイド様もリフューズも、この件に関しては渋い顔でいた。




