48 前世の清算
「まあ。あなた、人間だったころは男爵令嬢だったの?」
「はい」
わたしとデルマとセーミアは、さっそく西の村へと向かっていた。セーミアに新しい庭園の候補地として、底なし沼の近くの森を検討してもらうためだ。
デルマ同様、セーミアも気に入ってくれるかはわからなかった。でも、わたしはどうしてもなにがしかの力になりたかったのだ。
「それからいろいろあって、流星群の夜に魔女になったと……。それにしても、自殺したときの動機が悲惨ねえ。愛する男性に捨てられただなんて。おかわいそうに」
捨てられた。
あんまりな言い方に、さらに妙な同情までされたが、事実なので反論できなかった。
セーミアにはどこまで話していいか迷った。でも、ここまでしないとわたしが何者なのかわからなくて、安心してついてきてもらえないと思ったのだ。
「とにかく……これで少しはわたしのこと、わかっていただけましたか」
「ええ。気の毒な身の上の方だってことは、よ~くわかったわ。わたくしもやりたいことをやる前に亡くなってしまったけれど……どうやら、あなたよりはマシな死に方だったみたいね」
さっきから、やけに引っかかる物言いだ。
わたしはイライラしそうになるのを我慢して聞いていた。セーミアはさらに続ける。
「あ、お気を悪くされたならごめんなさい? でも、わたくしは運命に逆らわない、なんてことはしなかったのよ。自分の意志であの国を出て、自分のやりたいことを最後まで目指したの。その結果死ぬことになったけれど、国を出たことを後悔なんてしていないわ。花を思う存分愛でることは、あの国では絶対にできなかったことだもの」
「そうですね……。わたしにはできないことをセーミアさんはやっていました。それは、素直に尊敬いたします」
「ありがとう。わたくしの家はね……商家だったのよ。お金だけは豊富にあったけれど、花はどれだけ取り寄せてもうまく育たなかった。ないものをずっと我慢することだってできたわ。でも、わたくしにはどうしてもその生活は耐えられなかったのよ」
何かを求めてまい進する勇気。
諦めず、抗いつづける勇気。
それはわたしにはないものだった。
そういう気持ちが持てるだけで、幸福なことなのかもしれない。
わたしは運命に打ちのめされ、早々に諦めてしまった。あの方の愛を、貪欲に求めつづけることだってできたのに、簡単に諦めてしまった。もうなにもできることはないのだと、安易に死を選んでしまった。
「わたしも……諦めなければよかったですね」
「ええ、ジェイド様、だったかしら?」
「はい。いろいろ諦めなければ、また別の人生があったかもしれません。でも……わたしはあんな生き方しかできなかった――あんな死に方しかできませんでした」
「そして、今はカエル顔の魔女になってるってわけね」
「はい。まさかこんな生き物に生まれ変わるなんて……想定外でした」
わたしは、セーミアさんやデルマを眺めた。
ここにいるのは、魔力の流星群によって第二の生き方を与えられた者たちばかりだ。
「わたしたちは……どうしてこんな魔の者として生まれ変わってしまったんでしょうね」
「そんなのわからないわ。たまたま、そういう運命だったってだけよ。でも……わたくしはもう一度やり直せて良かったと思っているわ。あなたはどう?」
「そうですね。わたしもそう、かもしれません。実は――」
わたしは魔女になってから、奇跡的にジェイド様の生まれ変わりと再会できたことを告げた。
そして、お互いまた恋に落ちたことも。
「はあ? なにそれ? 呆れた。奇跡は奇跡だけれど、前世のことなにも清算できていないじゃない」
「清算、ですか?」
「そうよ。あなたそのジェイド様とやらに謝ってもらったの?」
「……いえ。まだ」
「まだ!? 信じられないわ」
なぜかセーミアはぷりぷりと怒っている。
わたしにはさっぱり理解できなかった。
あの時は仕方がなかったのだ。誰も悪くなかった。再会できただけで嬉しくて、そんな謝ってもらうなんて考えもしなかった。
「わたくしだったら、張り手の一つでもお見舞いしているわね」
「は、張り手、ですか」
「ええ。自分を自殺するくらい悲しませて追い詰めて、何を平然としているのよって。相手にも事情があったんでしょうけれど、それはそれ。わたしを悲しませた罪は変わらないわ、ってね」
「そういう……ものなんでしょうか。怒るべき、だったんでしょうか」
「ええ。たぶんそこからよ。なあなあでまた恋を始めてはいけないと思うわ。だって……また裏切られるかもしれないでしょう?」
そんなことはない、と思いたかった。
「もう二度と間違えたくはない」と、記憶を取り戻したジェイド様は言っていたからだ。
でも、本当にそうだろうか。
運命はどう転ぶかわからない。ジェイド様は国を背負ってらっしゃる。一方のわたしはもう、男爵令嬢ですらない。
カエル顔の魔女になってしまった。
あの方ともう一度結ばれるなんて、果たしてできるのだろうか。
「ごめんなさい、エルザさん。不安にさせてしまって。でもわたくしはあなたの話を聞いて、素直には喜んであげられなかったわ。少なくとも、あなたの代わりに一発お見舞いしてさしあげたいくらい」
「一発……? ふふっ」
わたしはつい笑ってしまった。
ジェイド様のあの端正なお顔に、一発。その光景を想像すると不思議と笑い声が出てしまった。
自分だったらできないかもしれない。でも、セーミアが代わりにしてくれるとしたら、なんだかおかしくてたまらなかった。
「グアアアウ!」
デルマもセーミアの意見に同意しているのか、尻尾をぶんぶんと振っている。
「ふふふっ……。わたし、やっぱりセーミアさんに来てほしいです。うちの森に。沼の周囲は毒がありますけど、そばの森を花でいっぱいにしてほしいです」
「わたくしの庭園にふさわしい環境ならね。見てみないことにはなんとも言えないんだから、ホラ、さっさとそこへ案内なさいな」
「はい!」
わたしたちはそうして、足早にデュシス川を下っていった。




