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47 庭園の魔女、セーミア

 巨大なバラの花弁の中から話しかけられて、わたしは少し面食らってしまった。

 「これ」は人の形をしている。そして人の言葉をしゃべっている。

 ということは……魔女だ。


「あの、はじめまして。わたしは【沼の魔女】エルザ、そしてこちらはオオカミの魔物のデルマと申します。勝手に入ってきてすみません。ここは……あなたの庭園なのですか?」


 わたしは勇気を出して話しかけてみた。


 街道をこのような状態にしているのはこの魔女だ、と思った。

 周囲に咲き乱れている花々には違和感がありすぎる。山裾では育つはずのない植物があり、この季節には咲くはずのない花が咲いていた。

 これらは、きっとなにかしらの魔法で咲いているはずだ。


 街道を元通りにするためには、この魔女に魔法を解除してもらうしかない。

 わたしは緊張しながら彼女に近づいていった。


「ええ。ここはわたくしの秘密の花園。だから誰にも入ってこられないようにしていたのよ。なのに……どうしてあなたたちは入ってこれたの?」

「ここは……ヒオニとネビュラスをつなぐ街道です。みんなが通れなくて困っています。わたしは、この魔法を解除してほしくて、無理やり入ってきました」

「ヒオニ……」


 青髪の魔女はその言葉を繰り返すと、唾棄するように言った。


「聞きたくもない言葉だわ、それ。雪の時期が長くて、一年中曇っているような、花なんてほとんどない場所なのよ。わたくしはそこから花を求めてやってきたの。それなのに!」


 花園の片隅を魔女は見やる。

 そこには小さな石碑があり、その下の土は掘り返されていた。


「いつ死んだかわからない……。山越えをしたら、わたくしはここで力尽きてしまったの。誰かが埋めてくれたみたいだけれど、ついこの間流星群があってね。こうして魔女として生まれ変わったというわけ。今はとっっっっても幸せよ」

「道半ばで倒れてしまう、その悔しさはわたしにもよくわかります。ですが、ここはみんなの街道です。お願いですから、どうか元に戻していただけませんか?」

「くどいわ。ここはわたくしの花園よ!」


 青髪の魔女は右手に魔力をまとわせると、わたしの方へとかざした。

 すると、四方八方から太いバラのつるが伸びてくる。


「デルマさん!」

「グアッ?」


 つるは、わたしとデルマの体に一気に巻き付いてきた。とげも大きくなっているので、体もおのずと傷つけられていく。

 わたしは痛みもないし死ぬこともなかったが、デルマは血を流していた。


「大丈夫ですか?」

「グアアアウ!」


 デルマは体をよじって逃げようとしていたが、とげが深く食い込んでいて無理そうだった。わたしは濃緑色のドレスの裾を伸ばして、毒を放出する。するとみるみる周囲のいばらが枯れていき、体が解放された。


「なっ! わたくしのいばらを。なんてことをするの!」

「わたしの【沼の魔法】は、こうしていろんなものを腐食させてしまいます。ここにあるお花をすべて枯らすことだってできます。でも、できればそれはしたくありません。お願いです。どうかここを元通りにしていただけませんか?」

「……だめよ、だめ! ここじゃなかったら、じゃあどこならいいの! ようやく手に入れたわたくしだけの庭園なのよ。絶対に出て行くものですか!」


 魔女は手をかざして、ふたたびいばらを出現させた。

 またも体が拘束されそうになったが、デルマはいつのまにか変化を済ませていて、獣人の姿になっている。そしてその鋭い前足の爪で、かたっぱしからつるを切り刻んでいった。


「すごいです、デルマさん!」

「デルマ、心配ない。エルザも、全力、行く」

「はい。わかりました」


 わたしは安心して自分の魔法を使うことにした。

 ドレスの裾をどんどん伸ばしていき、庭園全体を外から覆う。


「なっ……何をしているの、あなた!」

「全部、消します」

「は?」

「どうせ魔法で生やしているのですよね。なら、また別のところで作り直せばいいんですよ。ご理解いただけないなら実力行使に出るまでです。あ、次の候補地ならおすすめの場所がありますよ」

「や、やめて……! わかった、わかったからあああ!!」


 青髪の魔女は魔力をまとわせた両腕を空に向けると、一瞬で周囲の植物を消した。

 わたしに枯らされるよりは自分で消す方がいいと思ったのだろう。デルマも急に切り刻んでいた太いいばらが消えたので、きょとんとしていた。


「はあ、はあ……これでいいかしら?」


 青髪の魔女は乗っていた巨大な青いバラも消すと、ようやく地面に下りてきた。

 質素な園芸用のエプロンの裾をにぎりしめて、くやしそうにこちらを見つめている。


「ありがとうございます。あらためまして、わたしは【沼の魔女】エルザと申します。お名前をうかがっても?」

「人間だったころの名前は、セーミアよ。魔女としての名乗りは、まだこれといったものはないわね」

「では……そうですね、【庭園の魔女】というのはどうでしょう」

「【庭園の魔女】……いいわね。【庭園の魔女】セーミア、これからはそう名乗ることにするわ」


 しばらくすると、街道が開通したようだと悟った人々が往来するようになった。

 みなわたしに一言お礼を言っていく。

 セーミアは物陰に隠れて気まずそうにしていた。


「ちょっと、【沼の魔女】さん? 次の候補地がどうとかって言ってたわよね。あれってその……どこなの?」

「ああ、その件ですか。気になりますか?」


 わたしは人々に挨拶し終わると、物陰から声をかけてくるセーミアのもとに戻った。

 傍らにはオオカミの姿に戻ったデルマもいる。

 わたしはデルマと顔を見合わせると、にっこりとほほ笑んだ。


「ふもとの川を下った先に、底なし沼のある森があってですね――」

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