閑話 この国の汚点(3)
「わかりました。今はこれ以上なにも言わないでおきます。ただ……私はフロンスの利益が損なわれるようなことは望んでいませんからね。今後もあなたたちの動向は監視していきますよ」
「ええ、母上。ネビュラスが滅亡するのは、フロンスにとってもよくないことでしょうから。あくまでも双方の利益は出つづけるようにしていきますよ」
「ならば結構です」
そう言うと、母上は踵を返して去っていった。
「ひとまずは及第点、といった感じかな?」
母上の態度を見て、リフューズがつぶやく。
「そうだな。しかし、やることは山積みだ。【沼の魔女】エルザに正式に協力を仰ぎに行かねばならないし、現在の鉱夫たちの働き方も改善していかねばならない。フロンスからの労働者を誘致する方法も考えねばならないし、そもそも先に父上に話を通しておかねば――」
「はいはーい、そこまで!」
「ん?」
ひとつずつやるべきことを確認していると、リフューズがあわてた様子で俺の前にやってきた。
両手を広げて呆れたように笑っている。
「ジェイド殿下……いえ、もうジェイド一世の記憶を取り戻されているので、本来ならば『陛下』とお呼びしなければならないのでしょうが……そんなに焦らなくてもいいのでは? もう少し落ち着いていかれてはどうでしょう」
「いや、焦らないわけにはいかない。すでに俺の『計画』は走り出しているからだ」
俺は窓の外の景色を眺めた。
そこには城下町と、その先にそびえる山々がある。両者の間に敷かれた線路には、採掘者や鉱石を運ぶトロッコが行き来していた。
「そもそも『来るべき日』はさらに先にあるはずだった。だいたい魔力の流星群が降った夜から三十年ほどの間に、国家間の戦争が激化するだろう?」
「ええ。流星群によって生み出された魔物が、各国で暴れまわり、その間は人々は魔物への対応に集中するが、一掃されたあとは今度は人間同士の戦争に移行する……その歴史はいつも繰り返されていますね。前の流星群のときもそうでした」
俺たちは百年前から七十年前のことを思い出していた。あるいはリフューズは、さらにその前の流星群のときのことを思い出していたかもしれない。
百年前にも、この国に魔力の流星群が降った。前世の俺はそのときまだ産まれていなかった。その十年後に、俺は産まれた。
そのころは、各国の魔物が討伐され、ようやく世に平和が訪れたと皆が思いはじめていたときだった。
しかし、魔物がいなくなってから人々は気づいてしまった。
国によってその被害は違っていたということに。
有力な剣士や魔法使いがいた国は、それほどの損害を被っていなかった。
それが明らかになった途端、今度は人間同士の戦争がはじまった。
強い国は弱い国から、資源や人を奪っていった。
ネビュラスは国としては小さかったが、たまたまリフューズという力の強い魔法使いがいたため、魔物からの侵略に対抗できていた。当時の騎士団も強い者たちがたくさんいた。
だから最初我が国は、よその国同士の戦いを静観していた。
しかし、大国同士の戦いに巻き込まれるようにして、ネビュラスにも徐々に戦火の火の手が迫っていた。
「前世の俺がちょうど二十歳を迎えるころ、隣国フロンスとの戦争も始まりそうになった。あのときは政略結婚という方法で回避できた。此度もその流れで回避の目途が立っている。だが、フロンスが急遽方針転換しないともかぎらない。また、フロンス以外の国から戦争を仕掛けられることだってありえる。そのときが本当の『戦争の来るべき日』だった。そのときになってはじめて、俺は記憶を取り戻すはずだった。だが――」
「【沼の魔女】に会ってしまった……」
「そうだ」
エルザに会ってしまった。そして、俺は彼女に触発されるようにして記憶を取り戻してしまった。
彼女を今でも愛してしまっていたから。
もう二度と、彼女を傷つけるわけにはいかなかったから。
そうなると、もう「隣国の貴族令嬢と政略結婚をする」という手は使えない。
となれば、隣国との戦争は回避できない可能性が高かった。
「俺はもう彼女を選ぶ、と決めてしまった。この国も守りたいが、彼女も守りたい。そのためには悠長に構えている暇はないのだ」
「なるほど。そういうことだったのですね。まあ、僕が協力しつづけることに変わりはありませんが。しかし……あの【沼の魔女】を妃にするというのは、この国を戦火から守ること以上に大変じゃありませんか?」
リフューズの言葉に、俺は思わず苦笑した。
「ふっ……そうかもしれないな。だが、俺は全力でその未来を実現するつもりだ。それがかつての、エルザに対しての償いだと思っている」
「陛下……」
「陛下はやめろ。この時代ではまだ即位していない。君も俺と二人きりでいるときは、名前で呼ぶといい」
「ジェイド様、と?」
「ああ」
そう言うと、リフューズはどこかそわそわとしはじめた。
「あなた様のことは……昔から殿下、陛下としか呼んでいなかったので、変な感じですね。お名前でお呼びするのは、初代国王陛下の時以来です」
「そうか。……気に入らないなら好きに呼ぶといいが」
「いえ。此度の立場上、仕方のないことです。ジェイド様……うん、悪くないね」
リフューズは背中を向けると、突然持っていた木の杖をくるくると回しはじめた。
どことなく機嫌が良さそうなので放っておく。
「さて、では俺はこれから父上に報告にあがる。リフューズ、そのあと俺の部屋でワインでもどうだ?」
「と、突然どうしたのですか?」
「もう少し詳しく『計画』を詰めておこうと思ってな」
「なるほど。かしこまりました。ジェイド様」
俺は軽快に歩くリフューズを伴って、廊下を歩きはじめた。
第三章はここまでです。
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※第四章はまとめの章のため、多少更新がゆっくりになります。ご了承ください。




