閑話 この国の汚点(2)
「ネビュラスとフロンスの正常な国交? それは……どういう意味ですか」
母上の片眉がぴくりと上げられる。
母上はもともと、フロンスの公爵家の出だった。彼女もまた、幼い頃よりネビュラスへ輿入れする花嫁候補の一人だった。
花嫁は、ネビュラスが変な気を起こさないかどうかの監視役、および諜報員でもある。そして、その役目は生涯つづく。
「そのままの意味ですよ、母上。現在この国は、フロンスの従属国として存続しているに過ぎません。それは本当の国民のためにはなっていない……。よって、これからはフロンスと対等な関係を構築していくつもりです」
「馬鹿なことを……。そんなこと、私やお前の父上が許すはずがないでしょう!」
「どうしてですか? このままではネビュラスはフロンスに資源を搾りつくされるだけです。国民はますます貧し、人口はさらに減り、ゆるやかに滅亡していくだけです。結局、ジェイド一世はこの国を『延命』していたにすぎなかったのです」
そうだ。
自分は七十年前、とりあえずの延命処置を施していただけだった。
しかし、それももう限界だ。
あのときひと思いに殺されなかっただけで、この国はいつ死を迎えたっておかしくなかったのだ。
それを、俺はエルザに教えられた。
あのとき俺は、エルザという選択肢を切ってしまったが、彼女を選ぶ道こそ正しかったのだ。
あのときはできなかった決断を、今ならすることができる。
今度こそ、正しい選択をすることができる。
「母上……そもそもフロンスはどうしてあのような『政略結婚』という提案に応じたと思いますか?」
「なにを……」
「どんな交渉を持ちかけられても、フロンスの方が圧倒的に軍事力が上だったのですから、戦で蹂躙したあと好きにするだけでよかったのです。なのに、どうして最後の最後でその提案に乗ったか、お分かりですか」
「……」
当然、母上も知っているはずだ。
どうしてその提案に乗ったのか。
「ネビュラスの資源を採掘する役目を、『肩代わり』はしたくなかったから――ですよね? 採掘には技術がいり、一朝一夕では引き継げない。また、それをする過程で体を病むことも、フロンスの国民にさせることはできなかったからです。違いますか?」
「ええ……。ネビュラスを征服し、ネビュラスの国民を奴隷としたって、そんなやり方では長続きしないのは目に見えていました。最悪、あの鉱山を破壊される恐れもありましたからね」
王都の北に連なる山々。そこはすべて鉱山だった。
場所によって採れる鉱物はそれぞれ違う。今も多くの資源が各国に輸出されているが、そのほとんどはフロンスに流れていた。
しかし、採掘時には多くの危険がともなう。熟練の者しかできない事業だった。
「だから、ネビュラスとフロンスは現在のような力関係となった――。でもそれは、今後も続けていけるわけではありません。なぜならもうこの国は限界だからです。俺は、ネビュラスを滅亡させたくありません。今後は、フロンスにもその『肩代わり』をしてもらいます」
「ジェイド、お前……。だとしても、策はまったくないわけではないのですよね?」
「ええ。いくつかの『計画』があります。それをこれから父上にも伝えてまいります。ですが……」
俺はそこまで言うと、ひそかに右手を握りしめた。
「たとえ父上たちの理解が得られなくても、反対をされたとしても、俺はかまわず行動するつもりです。もう二度と……間違えたくはありませんので」
「ジェイド……」
「さきほど母上は、あの【沼の魔女】のことを汚点、と言いましたね。ですが、俺に言わせれば全く逆です。彼女は汚点どころか、この国の希望となる存在なのです」
「どういうことです?」
「……リフューズ!」
首をかしげる母上に、俺は背後へと声をかけた。
今まで姿を消していたリフューズが、渋々といった様子で現れる。
「お二人のお話を邪魔したくなかったから隠れてたのに……。お呼びですか、殿下」
「ああ。我々が今朝、西の村へ赴いていた理由を、母上に説明してくれないか」
「……いいのですか? 我々の間だけにしておく話では」
「かまわん。『来るべき日』も、もうまもなく訪れる」
リフューズは俺と目配せを交わすと、今朝のことを語りだした。
俺たちが西の村へ向かった理由。
それはなにも、エルザに会いに行きたかったからだけではなかった。
エルザが「村の畑や用水路を浄化した」という話が本当だったのかの検分も含まれていた。
森の中の沼に向かう前、俺たちは【沼の魔法】で浄化されたという畑と用水路を調べた。調べた結果、それは驚くべきものだった。
「彼女は、【沼の魔女】エルザは、毒を完全に除去していました。僕でさえ、【拒絶の魔法】で地中や水の中の毒の除去をしきることは難しいのに……。西の村は今後無毒な作物を作っていけるでしょう。そしてこのことは、この国の根幹を変えるかもしれない……まさに偉業でした」
リフューズは少し興奮気味に、そしてやや悔しそうに言った。
俺はその話を引き取るかたちで続ける。
「彼女の【沼の魔法】があれば、この国のもろもろの問題も解決するやもしれません。俺はまた、彼女に協力を仰ぎに行くつもりです」
そう告げたが、母上は苦い顔をしていた。




