閑話 この国の汚点(1)
「おかえりなさい、ジェイド」
「ただいま戻りました、母上」
王城の廊下で、母上と遭遇した。
俺は、鳥の魔物についての報告書を兵舎で提出してきたばかりだった。
「王都の危険は無事排除できたようですね」
「はい。この魔剣アナテマが――その真価を発揮してくれました」
「それは、ネビュラス国の王家に代々伝わる『魔を滅する剣』……ですね」
俺は腰に差していた剣を、母上によく見えるようにした。
魔剣アナテマは、真っ黒い鞘に納められた、銀色の柄の両刃の剣である。
「リフューズに言われ、魔力の流星群の夜から携帯するようにしていました。今後、魔の者が出現するようになるので常に装備しておいた方が良い、と。実際の魔物に使ったのは初めてでしたが、素晴らしい性能でした」
「そうですか」
母上はひどくつまらなそうに腰の魔剣を見つめていた。
「それはそうと――今朝はどこへ行っていたのです?」
「……。早急に確かめたいことがあり、西の村へと行っていました」
嘘をついても仕方がない。
俺は正直に言った。
そもそも出かけるときに身近な者には言い置いて行ったのだ。母上も知ろうと思えば知れていたはずだ。それなのにわざわざ直接聞きにきたということは……。
「あの【沼の魔女】とやらですか。何をそんなに気にしているのです?」
「母上には、関係のないことです」
すでに前世の記憶を取り戻している俺にとって、母上の心配事など些末な問題でしかなかった。
しかし、母上は俺の言い方が気に入らなかったのか、変に感情を高ぶらせる。
「関係ない? そんなことはないでしょう! お前も、フロンスの貴族令嬢との婚約が控えているのです。もしまたそんな、大昔に葬り去られたはずのこの国の汚点と関わり合いになっていると知れたら――」
「いま、汚点と、そうおっしゃられましたか」
聞き捨てならない言葉だった。
エルザのことを「汚点」と。それは断じて許せない呼び方だった。
俺の普通ではない様子に恐れをなしたのか、母上ははっとして口をつぐむ。しかしまた、おそるおそる言葉を発した。
「だって……そうでしょう。七十年前、この国はもともとフロンスが戦を仕掛けて奪う予定だったのです。それを、当時のネビュラスはあの手この手で回避しようと……。経済援助にはじまり、ありとあらゆる交渉を持ちかけて……。しかし、最後に決め手となったのは『一方的な従属』、そのための政略結婚でした。なのに、それすらも、すでにいたという婚約者がしばらく障害となっていたのですから。十分、汚点ですよ」
ああ、すべての記憶を取り戻した今ならわかる。
あの頃、当時の父上とあれこれ考えていたものだ。フロンスに数や軍事力では絶対にかなわない。なら、その中でどうすれば虐殺や街の壊滅を防げるか。
考えに考えた末の結論が、「フロンスの貴族令嬢との政略結婚」だった。
だが、俺にはすでにエルザという婚約者がいた。
政略結婚以外の交渉は、すでにできる限りのことをしつくしていた。それでも、フロンスは首を縦に振らなかった。俺は、俺たちは結局、「エルザを切る」という間違った選択をした。国としては間違っていなかったが、人として間違ったことをした。
フロンス側にもそれはバレ、かなりの不利な条約締結となってしまった。
一度など、脅されもした。
不利な条件でも、エルザの身の安全を人質に取られれば飲み込むしかなかった。それはのちのち、俺の寿命を縮めた。
だが、それを「この国の汚点」とは言われたくなかった。
俺のエルザへの愛を、汚らわしいものとしてほしくなかった。
「俺は、ネビュラスとフロンスの正常な国交を願っているだけです」




