39 鳥の魔物の襲来
ジェイド殿下は腕が立つ、とかつてリフューズが言っていた。
リフューズ自身も、王都の共同墓地で手合わせしたときに強いと感じた。
だからわたしはもともと二人の心配はしていなかった。
ジェイド殿下やリフューズ以外にも、憲兵たちや城の騎士団がいるだろうし。
鳥の魔物ぐらい簡単に討伐できると思っていた。
でも、先ほどから何度もあの大きな音が聞こえてきている。
「……っ」
王都は今どうなっているのだろう。
わたしはまたなにか手助けした方がいいのだろうか。
飛ぶ速度を早くして、風を切る。
しばらく行くと、王都の端っこが見えてきた。
王城を中心として、ネビュラスの城下町は円形に広がっている。その中ほどで土煙が上がっていた。
「あれは……!」
なにか大きな黒い影が複数、空を舞っていた。
あれが「鳥の魔物」なのだろうか。
わたしが近づいていくほどに、その姿ははっきりとしてきた。
それはカラスのような真っ黒な鳥だった。大きさは馬車ほどもある。
オオカミの魔物――デルマもそうだったが、魔の者になると元の動物より巨大化する傾向にあるようだ。
土煙は、民家が何件か倒壊してできているものらしかった。
鳥は翼を大きく羽ばたかせ、強風を地上に送りつづけている。また鋭い爪で家々の屋根を傷つけたりもしていた。
地上では白い膜が展開されていた。
あれは、きっとリフューズの【拒絶の結界】だ。それで地上の人々を強風から守ったり、避難させているのだろう。
他にもたくさんの兵士たちが飛ばされまいと物陰に隠れたり、壁にしがみついていたりした。だが、誰も有効な手が打てていない。弓で射ようにも風で飛ばされてしまい、剣で切りかかろうにも高くて届かないからだ。
「殿下は……?」
わたしは思わずその姿を探してしまった。
あの方は、どこにいるのかと。
王族だからこんな危険な場所にはいないかもしれない。けれど、その予想は大きく外れた。
「馬を避難させてきた! リフューズ、足場を作れ!」
「……了解!」
どこからともなくジェイド殿下が現れ、声を張り上げると、リフューズが空中に白い膜の階段を出現させた。殿下はそれを一気に駆け上っていく。
「魔剣アナテマ!」
腰の剣を引き抜き、そうつぶやく。
さきほど沼で見たときは普通の剣だったのに、今は剣身に黒い光が宿っていた。殿下は一瞬で肉薄すると、目にもとまらぬ速さで鳥の魔物たちを切りつけていく。
「ギィヤアアアッ!」
鳥の魔物たちは断末魔をあげて、次々に地上に落下していく。しかしそれは途中で黒い霧となり、消えてしまった。あとにはなにも残らない。
もしあれでデルマが切りつけられていたら……と思うと、ぞっとした。
わたしや、沼のカエルたちも?
倒されたら、あのように霧となって消えてしまうのだろうか。
殿下はとある建物の屋根に着地すると、ゆっくりと剣を収めた。
と同時にそれを見ていたわたしと目が合う。
「エルザ……?」
どうしてここに、というような顔をしている。頭がまた痛むのだろう。額に手を当てながら、わたしをじっと見つめている。
空にはもう魔物はおらず、地上では兵士たちによる復旧作業が始まっていた。リフューズも白い膜の結界を解いている。
殿下とわたしだけが見つめ合っていた。
わたしは別に、ここに来なくても良かった。
でも、つい心配してしまった。
ジェイド殿下は、七十年前のジェイド様ほどお強くはないのではないかと。でもそれは全部、杞憂だった。
「……うっ」
うめき声が聞こえたので見ると、屋根の上で殿下が倒れていた。
わたしはあわてて飛んでいく。
「殿下! 大丈夫ですか、ジェイド殿下!」
一応念のため自分の顔を触ると、また人間の顔に変わっているようだった。
よし、これなら触れても大丈夫だ。
殿下の体を仰向けにして、意識を確認する。
「ジェイド殿下。ああ……」
殿下は目を固くつむり、苦しそうにしていた。
どうしよう。こういうとき、回復魔法でも使えたら良かったのに。わたしには【沼の魔法】しか使えない。
「殿下、殿下しっかりしてください。誰か、早くお医者様を! リフューズさん! ここです。すぐに来てください!」
「なっ、人使い……荒いな、もうッ!」
誰も来ないので、とりあえず知っている人の名を呼んだ。するとすぐにリフューズが屋根の上に現れる。どうやらさきほど殿下の足場を作ったのと同じ方法で、屋根の上まで登ってきたようだった。
その姿を見て安心したが、ジェイド殿下がわたしの手を強くつかむ。
「殿下? しっかりしてください、殿下!」
「いい、俺は……大丈夫だ」
「でも!」
「エルザ……いままで俺は……すべてを思い出さないようにしていた」
「殿下?」
ジェイド殿下の目が開き、翡翠色の瞳がわたしに向けられる。
「来るべき日まで思い出してはいけないと、自分に歯止めをかけていた。でも、やはり駄目だ。君を見ていると、駄目だ。やはりすべて、思い出してしまった」
「何を……おっしゃってるのですか?」
「俺は、ジェイドだ。君との婚約を破棄した、裏切り者の――ジェイドなんだ」
わたしの手をつかむその指が、七十年前と同じようにわたしの指に絡められた。




