37 王都からの伝令
図書館を出ると、外で待っていた憲兵たちがなにやら騒がしくしていた。
「どうしたんだい?」
リフューズが何事かと近づく。
もともとお供に付いてきた三人は王都の憲兵だった。馬の面倒を見ていたところ、そこに村の憲兵がひとりやってきたらしい。
「あっ、リフューズ様。大変です。王都に魔物が現れたようで」
「何? 魔物?」
「はい。急ぎの知らせが来まして。王都の上空に巨大な鳥が出現したとのこと。魔物でまず間違いないようです。すぐにリフューズ様に応援をお願いしたいと、早馬が」
「あー、やっぱこうなる気がしたんだよなあ! わかった。すぐに戻る……」
どうやら王都からの伝令が村の詰所に駆け込んできたらしい。
村の憲兵たちは慌てたはずだ。
まさか宮廷魔法使いがこの村に来ているとは知る由もなかっただろうから。必死の捜索で、ここを突き止めたのだろう。王都の憲兵たちが図書館の外にいるのが幸いした。
「というわけで殿下、名残惜しいでしょうがすぐに王都に戻らなきゃいけなくなりました。伝令で呼び出されたのは、宮廷魔法使いである僕だけですが……あなたをここにひとりで置いておくわけにもいきません。一緒に帰ってもらいますよ」
「わかった」
リフューズとジェイド殿下は急いで出発の準備をする。
リフューズは馬の背に乗りながら、ふと独り言のように言った。
「あーあ。この村に出たっていう、オオカミの魔物のことももうちょっと調べたかったのになー。まさか【沼の魔女】のところに引き取られて、あんなことになってるとは……思ってもみなかったよ」
「リフューズさん?」
オオカミの魔物というのは、デルマのことだろう。
その口ぶりだと、「さきほど沼で見るまでは知らなかった」というわけではなさそうだ。少なくとももう少し前から知っていた可能性がある。
調べたい、だなんて。いったい何をどうするつもりだったのだろう。
「君は知らないだろうけどね、百年に一度魔力をともなった流星群が降ると、それによって生まれた魔の者たちが世界中に混乱を引き起こすんだ。だいたいそれも、十数年ほどで収まるけどね、それまでは……こういったことが各地で起こるんだよ」
「わたしたちの他にも、魔の者が生まれてたってことですか?」
「ああ、世界中でね。しばらくは各国でその対応に追われるはずだ。もちろん、この僕もね」
リフューズは手綱を握りしめると、馬の腹を勢いよく蹴った。
「殿下、先に行きますよ」
「ああ」
ジェイド殿下ももう馬の背に乗っている。
「【沼の魔女】、世話になった。また……はないかもしれんが……。いずれ会ったときには、よろしく頼む。何かの助力を得るときがあるかもしれない」
「はい。そのときにもまた、惜しみない協力をいたしましょう」
「ありがとう。……エルザ。いや、さらばだ」
「はい。お元気で」
殿下の馬も勢いよく走りだす。その背を他の憲兵たちも追った。
一人残った村の憲兵が、馬の手綱を引きながらわたしのそばにやってくる。
「お前は、【沼の魔女】か……? 昨夜も村の墓地でそのように人間の顔になっていたが……」
「はい。【沼の魔女】エルザでございます。いまのところ、なぜかジェイド殿下とわたしの父上の墓の前でだけこのように人間の姿に変わるようです」
「ジェイド殿下……? うわっ!」
急に大きな声を出されたのでびっくりしてしまった。
村の憲兵は目を丸くしてわたしを見ている。
「どうしました?」
「いや、またカエルの顔になった。本当になんなんだお前は……」
「良かった。殿下がそばにおられなくなったので、元に戻ったようですね」
見下ろすと、胸のブローチはまた光を失っていた。
「さっきもそのように言っていたが……あの集団にいたのは、宮廷魔法使い殿だけではなかったのか? ジェイド殿下も? いらっしゃったのか。いったい何用でこの村に……まさか、お前に会いに来たのか!?」
「さあ、どうでしょう?」
「は、はぐらかすでない! そもそもお前は……!」
詳しい理由を言えないので、答えを濁すしかなかった。村の憲兵は昨日からのいろいろをぐちぐちと責め立ててくる。しかし、わたしに言われてもどうしようもない。
さて。そろそろ沼に戻らねば。
「おい待て」
きびすを返そうとすると、きつい調子で呼び止められた。
なんだか嫌な予感がするが、一応聞いてみる。
「はい、なんでしょうか」
「ついでだから伝えといてやる」
「はあ……」
「村の者が、お前のために今日歓迎の宴を開くようだ。夕方になったら村の中央広場まで来い」
「えっ?」
「いいか! 私は伝えたからな!」
そう言い放つと、村の憲兵は馬に乗って走り去ってしまった。
「うーん。これは行かないとダメなやつ……ですかねえ。こういうの苦手なんですが」
わたしは大きくため息を吐くと、ひとまずベラの家に行ってみることにした。




