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36 二枚のしおり

 家具の配置も、窓にかけられたカーテンの柄も、なにもかもがそのままだった。

 唯一、窓の外の景色だけが変わっている。

 そこにはとなりの家の畑が広がっていたはずだが、耕作放棄されて久しいのか、ただの野原となっている。


「ここが君の私室か」


 リフューズとともにジェイド殿下が部屋に入ってくる。

 なんだか不思議な気分だった。ジェイド様は一度もこの部屋に入ったことがないのに、その御曾孫であられるジェイド殿下は入室している。


「なんだか恥ずかしいです。誰かにここを見られるのは」

「でも何か用があったからこそ、ここに来たのだろう?」


 わたしは手の中のしおりを見下ろした。ドレスの中にしまうと汚してしまいそうだったので、ずっと手に持っていたのだ。


「はい……。このしおりを見て思い出したんです。わたしがジェイド様に贈ったしおりがあるように、ジェイド様がわたしに贈ってくださったしおりもある、と。そしてそれはここに――」


 幸い、天蓋付きのベッドは捨てられずにいたようだ。

 わたしは自分のベッドに近づくとヘッドボードの一部の板を外した。そこは木彫りの意匠が凝っていて、一見すると隠し収納があるとはわからない。

 中には一冊の本が入っていた。良かった。七十年間誰にも見つからなかったらしい。


「それは……」


 ジェイド殿下が目を見開かれている。

 わたしが取り出した本は、『愛よ永遠なれ』という題名の恋愛小説だった。


「同じ本だ……。それと同じものが、王城の蔵書室にもあった。しおりは、その本に挟まっていたのだ」

「そうでしょうとも。わたしとジェイド様は同じ本を持ち、それぞれが贈り合ったしおりを、同じページに挟んでいたのです。ですのでこれが……」


 わたしはヘッドボードから取り出した本の中ほどを開いた。

 そこには、布製のしおりがはさまっていた。


「ジェイド様がわたしに贈ってくださったしおりです。これをお二人にも見てほしかったのです」


 ジェイド様が苦心して作られた手製のしおり。

 愛用のジャボ(胸飾りのこと)を裁断し、細いレースのリボンのようにして、余っていた上着の金ボタンをその先に縫いつけたもの。

 一見すると、勲章のようにも見える。


 裁縫など産まれてから一度もしたことのなかったジェイド様は、わざわざ裁縫のできる者を呼び寄せて手ほどきを受けたのだとか。

 その裁縫ができる人にすべてやってもらえばよかったのに、とわたしが言うと、あくまで自分が作ることに意味があるのだ、とおっしゃられた。

 その記憶がふつふつとよみがえってくる。


 ジェイド殿下とリフューズは、わたしの手元をそっと覗き込んできた。


「君は押し花のしおりを贈り、ジェイド一世は自分の装飾品から作ったしおりを贈ったのだな……」

「うーん、なんとも愛の深まったやりとりだねえ」


 それぞれのしおりを見比べて、感慨深げに言う。

 わたしは、本の他のページを開いた。そこにはかつてジェイド様から受けとった手紙なども挟まれていた。すべてを懐かしく思い出す。


「わたしは、ジェイド様を心から愛しておりました。ジェイド様も、きっと……。でも、お別れしなくてはならず、その悲しみは死を望むほどでした。悲しいのは、辛いのは、きっとわたしだけではなかったのに」


 わたしは涙目になりながら元のページに戻り、ジェイド様のしおりの上にわたしのしおりを重ねた。


「あの、ジェイド殿下。この押し花のしおりをここに挟んでおいてもよろしいでしょうか。人間であったときにともにいられなかった分、贈り合ったしおりだけでも一緒にしておきたいのです」

「ああ、かまわない。それは……俺のではないからな。君の好きにしていい」

「ありがとうございます」


 わたしは二枚を重ねたまま、本を閉じた。そしてまたもとのようにベッドの隠し収納の中に戻した。


 いずれは誰かに見つかってしまうかもしれない。

 でも、そのときはそのときだ。

 これは過去の、ジェイド様との思い出を閉じ込めたもの。何度も見返すものではない。


 だって、見返すたびにきっと悲しくなってしまうから。

 あの方に会いたくなってしまうから。

 沼の小屋には置けない。ここに隠しておく方がずっといい。


「では、用は済みましたので、外までお見送りいたしますね」

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