34 デルマは殿下が気に入らない
「この子は……この間の流星群の夜に魔物となったオオカミなんです。魔物となってからは、群れから仲間外れにされてしまったようで……」
「そうだったのか」
わたしはジェイド殿下に、デルマのいままでのいきさつを説明した。
すぐ近くにいるリフューズもなんとなく聞き耳を立てている。憲兵たちははるか後方で馬たちの世話をしていた。
「デルマ、みんなと違う。はぐれもの……」
わたしの後ろに隠れたデルマが、しょんぼりした口調で言う。
「デルマ、大きくなった。デルマ、いらない子……。でもエルザ、仲間にしてくれた。ここは楽しい。追いかけっこ、楽しい」
「このように、なにかを追いかけるのが好きみたいで……。でも、人間は追いかけないでくださいねって伝えたら、了承してくれたんです」
「それでここに住まわせているのか」
「はい」
ジェイド殿下はもう一度、わたしの後ろに隠れている獣人の少女を見た。
「魔獣の姿から獣人に変わるとは……このような魔物は初めて見た。もしかして、エルザもこのように変化しているのか?」
「えっ。いえ。わたしは自分の意志で姿を変えられているわけではなくてですね……。なぜ、ジェイド殿下の前でだけ人間に戻れるのかはわたしにもまだよく――。あっ。父の、父の墓前でも人の姿に戻れました。そういえば」
「そうなのか?」
「はい。でも今のところ、その二か所でだけですね」
「どういう条件で変わるのだろうな。謎だ……」
「そうですね……」
お父様とジェイド殿下の共通点はあまりない。
わたしが思い入れを深くしている方、ということぐらいだろうか。それ以外に理由は見つからない。
しばらく二人して考え込んでいると、背後からデルマが不機嫌そうな声をあげた。
「デルマ、こいつ嫌い!」
「えっ」
「こいつ、気に入らない」
「こいつって……ジェイド殿下のことですか?」
「……グルルルル!」
なんと威嚇音まで発している。
「あわわ……ど、どうしてそんなに嫌ってるんですか。も、申し訳ありません、ジェイド殿下」
他の方たちがいる手前、わたしは頭を下げて謝罪した。
けれどジェイド殿下はなにか神妙な顔をしてデルマを見ている。
「その獣人が警戒するのは当たり前だ。たしかに俺は……君を泣かせた。君に無理やり昔のことを思い出させ、悲しい気持ちにさせてしまった。そんな風にはさせたくなかったのに」
「ジェイド殿下……」
「俺は、ただジェイドの名を継いでいるだけの子孫だ。いくら見目がそっくりでも、君が愛した元婚約者のジェイドではない。俺が君をいくら思おうとも……君が愛しているのは今もジェイド一世だけだ。そうだろう?」
「……はい」
「俺には、資格がない。資格がないのに……こうして君に会いに来てしまった。すまない。お詫びにこれを」
「……?」
ジェイド殿下は懐から、なにか薄い紙のようなものを取り出した。
それを手渡される。それは、かつてわたしがジェイド様に贈った手製のしおりだった。
「……これは。いったいどこで」
「蔵書室のとある小説に挟まっていた。君が作ったのか?」
「はい。わたしが、ジェイド様にかつてお贈りしたものです。懐かしい……」
しおりには小さい押し花があしらわれていた。それは当時、屋敷の庭に生えていた野花だ。もっと華美な色・形でも良かったが、押し花にしやすい花というのは意外と限られている。この花が一番主張せず、本にも影響を与えにくいと思って選んだのだ。
「あ、わたしもちょっとだけ確認したいことができました。お時間まだありましたら、このあと少しだけ付き合っていただけませんか?」
わたしはしおりを両手で大切に持つと、ジェイド殿下に笑顔でそう言った。




