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33 オオカミの魔物の変化

 大量の煙は、やがてオオカミの魔物をすっぽりと覆い、その姿を見えなくしてしまった。


「いったい、これは……」


 急に飛びかかってきたことといい、なにか良くない変化が起きている。

 カエルの魔物たちも沼から顔だけ出して、心配そうにこの様子を眺めていた。


「わたしがいいと言うまで出てきちゃいけないって、言ったじゃないですか。どうして……」


 わたしはオオカミの魔物の方へ行こうとした。

 しかし、ジェイド殿下に手をつかまれて引き留められてしまう。


「だめだ。行ったらいけない」

「放してください。あの子は、うちの沼の周囲で住まわせてる子なんです。魔物ですけど、人を襲わないよう約束してくれた子なんです。だから、攻撃しないでください!」

「だとしても、あんなに今よくわからない状態になっている魔物のそばに行くのは危険だ」

「……」


 たしかにそれも一理あるかと、わたしはその場にとどまることにした。

 ジェイド殿下もリフューズも、憲兵たちも、みないつでも動けるように臨戦態勢をとっている。


 やがて、煙が晴れた。

 そこには、オオカミの魔物の姿はなく、代わりに白い毛に覆われた獣人の少女が立っていた。


「えっ。あれは……まさかオオカミの魔物さん?」


 獣人の少女は、とことこと二足歩行でこちらにやってくる。

 手足は鋭い爪の生えたオオカミのまま。頭や尻尾もそのままで、なのに人間のように器用に歩いている。リフューズの拒絶の魔法で作った結界から先には来れないようで、少女はその場でじっとわたしを見つめていた。

 わたしはジェイド殿下の手を振りほどくと、彼女の元へ駆け寄る。


「あ、あなた……もしかしてオオカミの魔物さん、ですか?」

「そう。エルザと話したい、そう思ったらこうなった」

「ええっ。変化……ってやつですかね」

「わからない。とにかく、エルザ、こっち来る」


 少女はその場で何度も左右に行ったり来たりし、結界の外に出るよう訴えかけてきた。

 仕方なく、わたしはリフューズの作った結界をくぐり抜ける。


「ああああ、また!!」


 少し離れたところで、リフューズが何か叫んでいる。

 さらに何ごとかつぶやいているが、ここからではよく聞き取れない。


 まあいい。

 今は先にこの獣人の少女とお話ししなくては。


「エルザ、人間のところ、行っちゃやだ……」


 オオカミの魔物はわたしが近づくと、ぎゅーっと抱きしめてきた。ああ、また肌をただれさせてしまう、と心配したが、今のわたしは人間の姿なのでなんともならなかった。


「ああ、良かった……。いつもの姿だったら、大変なことになっていましたよ。あなた、あの方たちがそんなに嫌だったんですか? 今のわたしは人間の姿ですが。それは嫌じゃないんですか?」

「匂いが同じ。だから、エルザはエルザ。でも、人間は痛いことしてくる。エルザも、そうなったら嫌だ」

「ああ……。ありがとうございます。わたしは、大丈夫ですよ」


 心配して来てくれたことが嬉しくて、わたしも獣人の少女をぎゅっと抱きしめ返した。

 この姿で本当に良かった。この状態なら彼女を傷つけることはない。

 獣人の少女は、全身が白い体毛に覆われていて、もふもふとしていた。その感触に癒されながら、わたしは言う。


「あの方たちはわたしの知り合いなんです。でも、あなたには敵に見えたんですね……。あちらもあなたを敵だと思ってしまってるようです。早く誤解を解かないと……」

「だめ! エルザ、ここにいる!」


 説明をするため、ジェイド殿下たちのところに行こうとすると、獣人の少女にぐんっと引っぱられてしまった。

 少女はグルルルル……とのどを鳴らして人間たちをにらみつけている。


「えっ。えっ? て、敵じゃないですよ? 別にあの方たちはわたしを傷つけるわけじゃ……」

「でも、エルザ泣いてた」

「……」

「エルザ、辛そうだった」

「……」

「だから、だめ……」


 獣人の少女はわたしを見上げている。その赤い瞳で。

 たしかに、わたしは泣いていた。たしかに、辛い気持ちだった。それは、「傷つけられている」と第三者が思っても仕方のないことだったかもしれない。


 事実、そうだったのだろう。

 ジェイド殿下はわたしを傷つけようとしていたのかもしれない。

 会いたいという気持ちも、話をしたいという気持ちも、ときとして相手を傷つける要素になる。


「あの、あなたのお名前は何というのですか?」

「名前? ない」

「じゃあわたしが今つけてもいいですか」

「うん」

「では……デルマ、と」

「デルマ……」


 オオカミの魔物であり、獣人にもなれる少女は、ぱっと顔を輝かせた。


「デルマ!」

「デルマさん。あなたも……普段はわたしたちに傷つけられていますよね? わたしたちの毒で、肌がただれて。でもあなたはそれでもそばにいてくれる」

「……うん。だから?」

「わたしも、同じです。あの方たちから傷つけられたとしても、その後、離れるか近づくかは自分自身で選びます。いいですか? わたしは、そこまで弱くはありません」

「……エルザ、弱くない。傷つく、嫌だけど。選ぶ、する……。わかった!」


 デルマはそう言うと、ようやくわたしの袖を放してくれた。

 振り返ると、ジェイド殿下とリフューズが、すぐそばにいる。ジェイド殿下は言った。


「その魔物は……大丈夫なのか」

「はい。わたしのことを思って、出てきてしまったようです。どうもお騒がせしました」

「いや……」


 ジェイド殿下がデルマを見る。

 デルマは相変わらず殿下をにらみつけていた。

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