31 ジェイド殿下の確かめたいこと
「リフューズ、お願いだ。少し静かにしていてもらえるか……?」
ジェイド殿下はこころなしか拳をにぎりながら、笑顔で言った。
「何事か気になって公務に集中できない」なんて、わたしでなくても民に知られるのは王太子として恥ずかしかったのだろう。
一方のリフューズはけろりとしていた。
「はいはーい。お邪魔虫はもう口出しませんよー。ただ……この沼、毒性があるみたいなんで。できるだけ手身近に」
「……わかった」
そう。うちの沼には毒性がある。見た目は綺麗だが、中に入れば異臭もするし、おそらく人間が長時間滞在していい場所ではない。
といってもわたしはもう人間ではなくなっているし、その危険性を実際に検証したわけではない。人間のベラは短時間だけここにいたけれど。あれくらいの間なら元気なままでいられるのだろう。
とにかく、高貴なお方をこんなところに長居させてはいけない。わたしはできるだけすみやかにジェイド殿下の調査が終わるよう、協力することにした。
「それで……ジェイド殿下。頭痛の理由のほかに、確かめたいことというのは?」
「それなんだが……」
「殿下?」
「君は、俺のことをどう思う?」
「は?」
どう思う、とは。どういう意味だろう。
なにか変な汗が出てきた。
「ええと……?」
「俺は、あれから君の過去を知った。憲兵との取り調べの内容も、聞いた。君はかつてジェイド一世の婚約者だったのだな……」
「はい。やはり、お聞きになりましたか」
「ああ。俺は、そんなジェイド一世とそっくりの顔だ。そのような者を前にして、君はどんな感情を抱いた? それを……聞きたくてな……」
どちらにしろ、それは非常に繊細な問題だ。
素直にお伝えしていいものかどうかもわからない。
「と……とりあえず、ジェイド殿下はわたしと会うときにだけ頭痛がすることと、わたしがかつての婚約者とそっくりな殿下のことをどう思うのか。この二点を確認したいということでよろしいですか?」
「ああ……」
なんともいえない表情で見つめられる。
これは……公務が手につかぬほど気にされてしまうのも仕方がない、と思った。むしろ彼は被害者だ。わたしのような因果の深い者が人里に出なければ、王城に連行されなければ、脱走して蔵書室に行かなければ――きっとこんなに悩まれることはなかった。
わたしは深く頭を下げた。
「ジェイド殿下……まずはわたしのことでお心を煩わせてしまったようで、申し訳ありませんでした。この通り、お詫びいたします」
「いや、君は何も悪くない。悪いのは、我が王家だ……。国のためとはいえ、君との婚約をあっさりと解消し、君を傷つけてしまった。その結果……」
「いえ、すべては、あのような愚かな選択をしてしまったわたしの責任です」
そうだ。あれは、王家の誰のせいでもない。
あのときはみな、ああするしかなかったのだ。
それに、ジェイド様はわたしに別の幸せを祈ってくれてもいた。なのにわたしはその想いを無視してしまった。あまりの絶望に、悲しさに、我を忘れてしまった。その結果、お父様やジェイド様をさらに心配させることになってしまった。
お父様はわたしの死を信じず、ジェイド様の使者に「娘は旅をしている」と伝えていた。
ジェイド様もきっとそれを信じざるを得なかった。
しかし、七十年の時が経ち――。
流星の力で魔女としてよみがえった結果、王家の方々にわたしの本当の顛末が知られてしまった……。
きっと混乱を与えてしまっただろう。もしかしたら罪悪感を抱いてしまうようなお心の優しい方もいらっしゃったかもしれない。
ジェイド殿下も、そのようにお優しい方のひとりだったなら――、
「もしかして、わたしの自死の件で、気に病まれてしまっているのですか……? でしたらすみません。殿下の頭痛はそのせいで……」
「いや、これは――」
「わたしがこうして何を言っても、いまさら何も変わらないかもしれません。ですが、過去のことはジェイド殿下のせいではありません。すべては、あのときのわたしが弱かったせいです。あまりの悲しみに、あのような愚かな行いをしてしまった、わたしのせいなのです!」
「違う……!」
ジェイド殿下は大きな声で叫ぶと、真剣な表情で言った。
「愚かな行い、などではない……。それほどまでに愛していたからだろう。ジェイド一世のことを。それほどまでに悲しんでいたからだろう!」
「それは……」
「この生き写しのような俺の顔を見て、本当に君はなにも思わなかったのか? 恨みごとの一つでも……言ってくれたら良かったんだ」
「殿下……」
そんなこと言えない。
だってジェイド殿下はジェイド様ではないのだから。お門違いだ。
それに、そもそも責める言葉だってない。
「今からだって、受け付けるぞ。俺は王家の者として、君の思いを受け止める覚悟がある。さあ、ぜひ思いの丈を吐き出してくれ。言いたくないなら……無理にとは言わない。だが、きっとそれを聞くことが、この胸の痛みを取り除く――」
そこまで言って、ジェイド殿下ははたと黙ってしまわれた。
急に胸元を見下ろして、手を当てる。
「頭痛ではない。痛み……?」
戸惑われているそのお姿に、わたしの胸にも何かがじわりと湧き上がるのを感じた。




