30 ジェイド殿下とリフューズ
それぞれ一度会っただけの人物だったが、すぐにわかった。
ジェイド殿下と、宮廷魔法使いのリフューズだ。他に三人ほど憲兵らしき供も連れている。なぜこんなところまで……。
彼らは馬を下りると、突然大きな声で呼びかけてきた。
「【沼の魔女】! いるなら姿を現してもらえないだろうか!」
「ジェイド殿下がお会いになりたいとおっしゃってる。至急ここまで出てきてくれないか」
わたしはジェイド殿下たちとはちょうど沼の反対側にいた。
オオカミの魔物には、ここでじっとしているようにお願いする。
「わたしがいいと言うまで出てきちゃいけませんからね。カエルの魔物さんたちも、オオカミの魔物さんを見ていてくださいませんか」
「わかったケロ~」
水面に呼びかけると何匹かのカエルたちが出てきて、そう答えてくれた。
わたしは魔力で浮かび上がり、沼を横断する。
「ややっ! あそこに空飛ぶ人が!」
「あれが【沼の魔女】ですか。なんとも奇妙な……」
ああ、憲兵たちが言うように、今わたしは妙な姿をしている。
カエルの顔をしているのだ。
ジェイド殿下には、なんとなく見られたくないと思った。あの方は、ジェイド様とは違うお方だ。だというのにわたしは見た目の印象を気にしている。
今、ベラのショールはかぶっていない。だから顔は近づけばはっきりとわかってしまうだろう。
わたしはややうつむきながら飛んだ。
それでも、見られるかもしれないと思うと、さらにドレスの袖で顔を隠した。この袖はやや広がった作りだから、ほどよく全体を隠せる。
「お、お待たせいたしました。何用でいらっしゃったのでしょうか……」
沼の反対側に到着すると、わたしは顔を隠したまま地面に降りた。
目の前にジェイド殿下がいる。そばにリフューズもいる。
緊張してそれ以上声が出なかった。
ジェイド殿下らしき人が、すぐそばまで来て言う。
「急に訪れてすまない、【沼の魔女】。君に、会って確かめたいことがあったから来た」
「た、確かめたいこと、ですか?」
「ああ。その前に、顔を見せてはもらえないか。なぜ隠している?」
「そ、それは……」
わたしはどう伝えていいかわからなかった。見かねたリフューズが、ため息をつきながら言う。
「殿下、その魔女は殿下の前以外では、カエルの顔になってしまうんですよ。ですから、その姿を見せるのを躊躇してるんでしょう」
「そうなのか……」
「今はどっちになっているかわかりませんがね。じゃあ――、殿下より先に僕が見るっていうのはどうかな? 【沼の魔女】」
ジェイド殿下と入れ替わるようにして、目の前に白い服を着た人が現れる。
足元しか見えないが、声や服装からしてこれはリフューズだろう。わたしは「わかりました」と言って、顔の前から袖を下ろした。
リフューズが目の前にいた。長い銀髪の、木の杖を持った男。リフューズは、最初余裕そうな笑みを浮かべていたが、わたしの顔を見るなり大きく目を見開いた。
「これは……びっくりしたな。たしかに殿下の言った通り、いや、君の言った通りだ。人間の顔になってる」
「えっ」
わたしはぺたぺたと自分の顔を触った。
たしかにカエルの触感ではなく、人間の肌や形になっている。それにこころなしか胸のブローチも光りはじめている。
「どうしてこんな風になるんだろうね。うーん、不思議だ……」
しげしげと至近距離でリフューズに見られ、わたしは困惑した。そもそもなぜ彼が、こんな西の村の果てまで来てるのだろう。ジェイド殿下にしてもそうだ。いったいなぜ……。
「リフューズ。どうだ、カエルの顔のままであったか?」
「ああ、殿下。大丈夫です。殿下がそばにおられるからか、人間の顔になっていますよ」
「本当か」
声がかけられ、またジェイド殿下とリフューズが入れ替わる。
ジェイド様とそっくりのお顔が、わたしの前に現れる。黒々とした御髪に、翡翠色の瞳。優しく微笑まれるお姿はまさに……。
「ああ、やはり美しい。エルザ、君という人は……」
声まで同じだ。でも、この方は「ジェイド様」ではない。
殿下はわたしの顔をじっと見つめられていたが、やがてまた眉間にしわを寄せ、額を押さえはじめた。
「殿下……? まだ頭痛がしてらっしゃるのですか?」
「ああ。宮廷医師に診せたが、体に異常はなく、精神的なものかもしれないと言われた。君に会っているときだけこうなる」
「わたしと会っているときだけ?」
「ああ。それに……」
「それに?」
「いや、まだわからないが、俺はこの頭痛の理由も知りたくてここまで来たんだ」
「も」……。ということは他にも確かめたいことがあるのだろう。
こんな朝早く。馬で来たということは、きっと早駆けだ。それだけ急を要することなのだ。思ったより事態は深刻らしい。
「とっとと解決してくださいよー。気になって公務に手がつけられない、なんていつまでも続けられちゃ困りますからねー」
「!?」
リフューズの思わぬつぶやきに、ジェイド殿下は顔を赤くされる。
わたしはますます困惑したのだった。




