27 オオカミの魔物
グルルルルル……と低いうなり声をあげながら、その生き物は木の陰から姿を現した。
暗闇でもよく見える、白い体毛。しかしその体は熊のように大きく、牙や足の爪も大きい。目は赤く光り、その双眸はしっかりとこちらに向けられていた。
「テオ神父、わたしがまず攻撃してみますので、援護をお願いします」
「えっ。そんな! あなたは魔女だとはいえ、じょ、女性なんですよ? そんな危険なことはしないでください!」
「わたしは攻撃を受けても死にません。そういう体です。でも、あなたは人間。簡単に命がなくなってしまう。お願いを聞いていただけますか?」
「……わかりました」
あれこれ長く言い合っている暇はなかった。
神父様がわりと早く承諾してくださったので安心する。わたしは前に出ると、オオカミの魔物に向かってドレスの裾を伸ばしていった。
「オオカミの魔物さん、この村に何をしに来たのですか? もし、わたしの大事な人たちやこの墓を傷つけるつもりなら、許しません!」
「グォアアアッ!」
人の言葉はしゃべれないようだった。なら、やはり魔物……。
わたしは興奮して走ってくるオオカミに対し、ドレスの裾を手のように広げた。オオカミはそこに向かって勢いよくぶつかってくる。
「ギャインッ!」
甲高い悲鳴があがって、オオカミの魔物が一歩しりぞく。
相手の肌を、毒で侵した手ごたえがあった。見ると、背中や前足がひどくただれている。わたしは毒の体でもって、魔物に傷を与えられたようだった。
「す、すごいです! え、エルザさん……!」
神父様は武者震いなのか、恐怖でなのか、ぶるぶると震えている。
しかし、ロザリオを握りこんだ手だけは離さない。
そしてまた、聖なる祈りの言葉を唱えるのだった。
「あれ……?」
なぜか今度は具合が悪くならなかった。耳を澄ませてみると、どうやらオオカミの魔物にだけ、神の御力が及ぶように祈りの言葉を調整しているらしい。オオカミの魔物は、そのおかげで急に足元がふらふらとしはじめていた。このまま吸収してしまえば、沼の中に全身を沈められるだろう。そうすればあとはあっというまだ。でも、本当にそれでいいのだろうか。
「うーん……。倒す前に、一度どういうつもりでここに来たのかお話ししときたいですね。でも魔物とは言葉が通じないですし……そうだ!」
わたしは沼から、カエルの魔物を一匹だけ呼び出してみた。
ドレスの中から飛び出たカエルは、不思議そうにまたあたりをきょろきょろとしている。
「ここ、どこケロ?」
「すみません、またお呼び立てしてしまって!」
「またお前かケロ。今度はなにケロ?」
「あの、カエルの魔物さんって、他の魔物とお話しすることってできますか?」
わたしは目の前にいるオオカミの魔物を指差した。
「わああっ? な、なにケロ……あいつ、怖いケロ!! バカ言うなケロ!」
「大丈夫です。絶対にあなたに怪我はさせません。わたしが全力で守ります。なので……なんでこの村に来たのか、話ができるんだったら聞いてもらえませんか。あと、人間を襲おうとしてるのかどうかとか……」
「やだケロ! できるけど、したくないケロ!」
「お願いします!」
「できるとできないの間に、できるけどどうしても嫌だ! があるケロ。絶対にやりたくないケロ!」
「困りましたね……」
さすがに体格差がありすぎて、恐怖心の方が強いようだった。
仕方がないのでカエルを持ち上げて、抱っこの状態にしてみる。
「これならいいですか?」
「な、なにケロ……? この安心感……。これなら、たぶん大丈夫ケロ!」
「そうですか。じゃあ一緒に行きましょう!」
意外と簡単だった。腕の中のカエルは抱っこしてると急に元気になった。
そのままオオカミの魔物のそばへ行く。
相手は今にも跳びかってきそうだったが、わたしが濃緑色のドレスをざわめかせると大人しくなった。
「じゃあ、お願いします!」
「任せろケロ!」
カエルはじっとオオカミを見つめて、なにごとかをしゃべっていた。
でもわたしには聞こえない。
オオカミも、なにごとかをカエルに向かって話していた。カエルはうんうんとうなずいている。
「エルザ、わかったケロ」
「な、なんて言ってましたか?」
「群れから……仲間外れにされた。って言ってるケロ」
「へっ?」
オオカミを見ると、ばつが悪そうに横を向き、大きな耳を真下に垂れさせていた。




