26 ブローチの光と魔の者
「お父様……?」
お父様の魂は、まだこの墓のそばにあるらしい。
テオ神父は、そのお父様の姿を見たり声を聞いたりすることができるようだった。お父様の代弁をしてくれている。
「いや、そうはおっしゃっても、わたしは生きているどころか骨になって死んでいましたし、帰ってきたところでお父様がもう亡くなられていたんじゃ、あまり意味がなかったといいますか……」
せっかくまたお話できたというのに、わたしはついそんな自虐的な返事をしてしまった。
「いいや、エルザ……。私の体が滅んだとしても、こうしてまたお前と会えた。それだけで十分だよ。私はお前がどこへ行ってしまったのか、生きているのか死んでいるのかすら、ずっとわからないままだったのだから……」
「長い間ご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
わたしはテオ神父越しにお父様に謝る。
どれほど辛い思いをさせてしまったのだろう。お母様もいなくなって、娘のわたしもいなくなって、どれほど寂しい思いをさせてしまったのか。それを思うと、涙が出た。
「私は、お前の死体を見るまではどこかで生きつづけていると信じていた……。だから、ときおり王城から使いの者が来ても、娘は諸国を旅をしていると答えていた」
「王城から、使いの者が……?」
「ああ、ジェイド様が定期的に我が家を気にしてくださっていたのだ。正確には、お前のその後の身の振り方を、だがな……」
わたしはとっくのとうに沼で死んでしまっていた。
でも、お父様も、お父様の言を聞いたジェイド様も、わたしがどこかで生きつづけているとずっと信じつづけていてくれたらしい。
「おい、エルザたち何をしてるんだ? こっちは終わったぞ、って……」
埋葬がようやく済んだのか、ベラとネストル、そして村の墓守の三人がやってきた。わたしが胸のブローチを光らせたまま振り返ると、さきほどの神父様よろしくみんな目を丸くする。
「え、エルザ、その顔……!」
「元人間だったってのは、本当だったのか……?」
「魔女様は意外とお綺麗な方だったんだな」
どうして顔が元に戻るかはわからない。ただ、この胸の碧色のブローチが光るときだけ、人間の顔に変わる。毒性も、そのときだけは消える。何がきっかけかはわからない。でも、お父様に娘が戻ってきたことを伝えることができた。
「神父様。お父様の言葉をわたしに伝えてくださって、ありがとうございました」
「いえ……あなたがた親子の橋渡しができて良かったです。さて、もうお話はよろしいですかな?」
「はい。――ではお父様、また参ります。それまで」
ごきげんよう、と立ち上がってカテーシーをする。
そのとき、どこかから遠吠えの声が聞こえてきた。
「オオカミ? ここらじゃあまり聞かないですが、出るようになったのですか?」
わたしが疑問に思って聞くと、ベラたちはみな顔を青ざめさせていた。
「いや、違う……。エルザが人間だったころと同じだよ。この辺でオオカミなんてずっと出ない。でも、おかしいんだ。この間の流星群の翌日から、となりの村でオオカミが出たって……」
「いや、俺が憲兵様たちから聞いた話じゃ、オオカミのような魔物なんだってさ」
「魔物!?」
わたしたちはそれぞれ顔を見合わせた。
神父様が眉間にしわを寄せて言う。
「すぐに帰りましょう。それと、近所の人や憲兵たちに知らせて――」
アオオオオオーーーンッ!
そんなわたしたちのすぐそばで、大きな遠吠えが聞こえてきた。見ると、墓地の向こうの木立の中に、二つの赤い目が光っている。
「あ、あれ……今言ってた、オオカミなんじゃないの?」
「そ、そんなわけないだろ。あんな、あんなでかいのなんて……」
そう。どれくらいの大きさだろうか。
木々の高さからみて、体高が草刈り用の大鎌の柄ほどもあった。目の位置も、同じくらいの高さにある。これは、相当大きい。
わたしは本物のオオカミを見たことはなかった。でも、かつて「生き物辞典」を読んでいたから知っている。普通のオオカミはあそこまで大きくはない。やはり、魔物――。
「みなさん、先に逃げてください。魔の者であれば、わたくしが――」
テオ神父は、胸元の三角架のロザリオをつかむと、聖なる祈りの言葉を唱えはじめた。
そ……それはわたしにも効いてしまうのだけど。
見ると、いつのまにか胸元のブローチの光が消えている。わたしはもう、元のカエル顔に戻っているのだろう。だから、神父様の聖なる言葉が効いているのだ。
「ベラ、ネストルさん、墓守さんも……先に行っててください。わたしも神父様と共に対応します!」
「で、でも!」
「お願いです。わたしたちは大丈夫ですから」
「エルザ……怪我しないでよ! だ、誰かすぐに呼んでくるから!」
「はい、お願いします!」
ベラたちは急いで墓地を出ていった。
幸い、他のオオカミの気配はない。わたしは濃緑色のドレスの裾をぞわぞわと広げると、神父様とともにその「魔物」に向き合った。




