第五十二話 世界の片隅まで及ぶ力
村の南部に避難をしていた人々に、セオドールは「魔獣は討伐した」とだけ告げた。
恐怖に強張り慄いていた村人は、剣聖から齎された言葉に救いを覚え、ほっと顔を見合わせる。
礼を言い崇めて縋ろうとする人々をその場に、ふたりの剣聖は村をあとにした。振り返りもせず立ち去る剣聖の姿は、村人に「村を破滅から救った英雄」として記憶に刻まれるだろう。
──しかし道中の剣聖たちは、人々の賛美など意にも介さぬ会話を交わしていた。
「あーあっ。せっかく辺鄙な山奥まで来たのにフルガラは不完全燃焼だ。セオドール、これは貸し一つでいいよね?」
「借りを作った覚えはない」
「あー、そういうずるいこと言うんだぁ?」
フルガラは唇を尖らせるが、この話にはもう飽きちゃったとばかりに肩をすくめた。
「まあいいや。色々と実りのある任務だったしさ」
自分よりも〈七聖〉の動向を把握しているフルガラの言葉に、セオドールは目をやる。
「魔獣にあの村を襲わせたのは、警告のためだけなのか?」
「もちろん、『だけ』ではないよ? 何事も費用対効果ってやつは肝心でしょ?」
フルガラは得意げにぴっと人差し指を立てて見せた。
「銀弾を意欲的に製造している村の製造者への警告はもちろん、これまでさほどの脅威に晒されてこなかった村にも『剣聖の力は必要』って認識してもらうことができるでしょ? 今、村にいる人間はみぃーんな魔獣の再来に怯えている。頼もしい力を欲しがっている」
去り際まで剣聖を讃え、お礼を叫んでいた村人の声は、セオドールの耳元に残っている。
フルガラはそんな状況すべてを含めて、計画通りとばかりににこりとして見せた。
「近々あの村には安全のために領土騎士が配備される。フルガラは賭けてもいいねっ」
「……そのために、魔獣を──」
「自然な流れでしょ?」
──領土騎士は突如異界から魔獣と幼魔獣が現界するようになったことを受けて設立された組織だ。
創設の由来と経緯から、〈七聖〉とも密接な関係がある。
つまり、あの土地に領土騎士を置くことで、〈七聖〉は銀の産地である村・トルケンを間接的に管理していくつもりなのだ。
村人に〈七聖〉の使いを紛れ込ませ、危険視される人物を監視しているだけでは生温いとばかりに。さらなる細工と圧力も施されていくだろう。
今後あの村で銀が採掘され銀弾が製造されるとしてもその総量は微々たるものとなり、他の産業に置き換えられていくのではないだろうか。村人が何の違和感も抱かぬままに。
剣聖と、魔獣。
〈七聖〉は唯一無二の力と脅威を巧みに操り、大陸世界の支配を確たるものにしている。
それは音もなく這い寄り、じわじわと獲物を締め上げる蛇の手際を思わせる。抵抗しようものなら粉々に締め潰される。大陸全土はすでに大蛇に絡め取られているのだ。
「そんなことよりセオドール、フルガラに聞かせてよ?」
フルガラはにわかに碧眼を煌めかせて覗き込んで来た。
好奇心ではち切れそうな笑みが口の端を吊り上げている。
「どうしてクシャナの始末を先延ばしにしちゃったの?」
セオドールは傍らのフルガラから先の道へと視線を移した。
──剣聖を含めた〈七聖〉の真実、銀弾の力。それらを知った上でセオドールが選んだのは〈七聖〉を帰還先とした道だった。
つまりは今のやり方で大陸を実質支配している〈七聖〉のもとで、剣聖として生きるということだ。
血塗られたおぞましい力であることを理解している〈真髄〉を手にしたまま。
理由は──到底一言では言い尽くせない。たとえ〈七聖〉による根深い欺瞞が事実でも、剣聖としてこの十年で自分が成してきた討伐が大陸世界を守ってきたことは間違いないと信じている。剣聖として、〈七聖〉のすべてを否定することはできなかった。
「まずは報告するためってのはいいとしてさぁ、結果は変わらないと思うよ? だってノウマンは絶対にクシャナを殺せって命令してくるはずだもんっ」
「俺は仮定の話はしない」
「ちょっとぉー。セオドールがそこまでつまんない奴だとは思わなかったよ? わかってるでしょ?」
とん、とフルガラが肩をぶつけてくる。気楽そうに戯れながら、
「ノウマンならクシャナを絶対殺したがるって!」
この上なく物騒な先行きを断言してみせる。
「どうする? 誰か別の剣聖がクシャナの暗殺することになったらさ。落ち着かなくない?
ちなみにフルガラはノリノリで指令を受けるよ。だって今回おあずけ喰らっちゃったもん」
かわいらしく自分の頬を指でつついて見せるフルガラは、ふっと細めた目でセオドールに訊ねる。
「なんなら自分で名乗りでちゃおっかな? クシャナを殺す役目はぜひフルガラにってさ」
「…………」
愉快そうに焚きつけて来るフルガラに、セオドールは何も答えなかった。
だが彼は他者には到底窺えない心の底で、すでに決意を据えていた。
──クシャナを殺すのだとしたら、必ず俺が斬る──




