第五十話 意趣返しの
魔獣を討滅できた。
そう実感した瞬間、一気に力が抜けてしまった。
へろへろになったナタリーはクシャナの肩を借りつつ、ほぼ引きずられるような形で山を登り切り、破壊された境壁から村に辿り着くことができた。
「ぜー……はー…………あ……む、村は……だいじょうぶ?」
「多少壊れたけど、みんな避難はできたはずだよ」
「そん、なら……よかった」
ほっとしたナタリーの声を、
「おっつかれー!」
頭上からの緊張感皆無の明るい挨拶が、無遠慮に遮ってきた。
「お二人とも、魔獣討伐お見事だったね! 高いところから快適に見せてもらったよん」
見上げると、境壁上にフルガラとセオドールがいた。
銀弾を使ったこちらの魔獣討伐を観察していたのだろう。良い身分だ。
境壁からすとんと降り立つと、二人は村に戻ったばかりのクシャナとナタリーを出迎えるように正面に立った。
ぐぎ、とナタリーは強く歯を噛みしめた。
「くっそぉ、ぜんぜん良くなかった……」
陽炎のような怒気がナタリーの全身から湧き上がっていた。
──こいつ、なにが「おつかれ」だ。自分の目の前で人を殺し、魔獣を現界させた張本人が。
フルガラの所業については、クシャナにも話したところだった。〈七聖〉は意図的に幼魔獣を魔獣に転化させる技術がある──ふたりがフルガラを見る目は今や警戒を隠さない。
ナタリーは肩を借りていたクシャナから離れて、ひとりで立つ。
銃剣は血塗れの布を巻いた右手で握りしめられている。
その姿にセオドールが目元をぴくりとさせた。激闘の痕跡を色濃く残した手元。その手がまだ銃剣の柄を強く握りしめている。闘気を維持するように。
一方で露骨な敵意を浴びながらも、フルガラは無邪気だった。
「フルガラは初めて見たよ、銀弾の威力。なるほど確かにあれは見過ごせないね? あんなの使って魔獣を討伐されちゃったら、剣聖のありがたみってやつが一気に失せそうじゃない? ほら、人間ってのは薄情だからさぁ」
「別にあちこちに銀弾の力を吹聴して回るつもりはないよ。むやみに使うつもりもない。ただ俺たちは剣聖の力に頼らず戦う。銀弾はそのために使っていく。〈七聖〉と争うつもりはない」
淡々と答えたのはクシャナだった。
フルガラはふぅん、と目を細めてクシャナを見る。
「だから見逃してくれってコト?」
「むやみに人間同士が斬り合う必要はないだろって話だ。〈七聖〉の、いや、ノウマンに従順だったアーノルドは到底説得できる奴じゃなかったから斬り合うことにはなったが──お前さんらはそうでないと思いたい」
「クシャナぁ、面白いこと言うね?」
フルガラの口調は朗らかだ。眩しいほどの笑顔には微塵の邪気もない。
だがその両手には、抜き身の刀剣がある。刺突剣と短剣が笑うフルガラに合わせて揺れていた。
「〈七聖〉と争うつもりはない──それ本当なのかな? だったら銀弾なんてなかったことにして今まで通り大陸のあちこちで地道に幼魔獣を討伐し続けてくれればいいんだよ? なのにクシャナったら銀弾は使っていくなんて言うんだもん。それってさぁ、」
フルガラはきゅっと小首をかしげ、大きく見開いた碧眼でクシャナを凝視した。
「──これから〈七聖〉とケンカする気マンマンってことじゃない?」
フルガラはまごうことなき殺気を放ってきた。
ざわりと空気が凍えるように震え、風が起こる。対峙する四人の気配を撫でるように、風が間合いに流れ込む。
──クシャナは答えなかった。争うつもりはない、という発言を撤回しない意図か。あるいは。
ここでは事を構えるつもりはないとでもいうように。
それはすなわち、〈七聖〉との抗争を是とすることである。
どちらとも取れるクシャナの気配に、フルガラは「えひ」と笑いを漏らした。
心地よい部分を撫でられた獣が喉を鳴らすように。
「フルガラ」
それまで黙っていたセオドールが、今にも飛び掛かりそうなフルガラを呼んだ。
「剣を納めろ」
強い口調に今までにないものを感じたのか、おや、とフルガラが傍らの剣聖を見上げた。
「セオドール? なんでぇ? クシャナがアーノルドを斬ったってのは確定でしょ? 剣聖を殺したやつは斬らなくちゃ。フルガラはこの瞬間を待ってたんだよ?」
「忘れたのか。俺たちの任務は調査だ。アーノルドを討った者を調べ、確定する。そこまでだ」
セオドールの断言にフルガラは間の抜けた空白の後、目を丸くした。
「…………えええっ⁉ セオドールぅ⁉ 本気で言ってるのっ?」
「俺は最初からそう言っている。調査は完了した。〈七聖〉に報告を入れる」
──アーノルドを殺した者を抹殺する、と当初から息巻いているのはフルガラだけだ。しかし抹殺は任務のなかにはない。
『彼奴はこの世界を脅かしている魔獣に次ぐ脅威となり得ましょう。どうか、御対処を──』
アーノルドを討った者について言及した〈七聖〉の使いはそう言って下手人の調査を命じた。
つまりは任務で果たすべきは下手人の調査だけ。「対処」に具体的なものは含まれていなかった。セオドールはそう判断して憚らない。
フルガラは瞼を半分下げたジト目で、呆れたようにセオドールを眺めた。
──彼の声音と表情から察するに、戯れに突いてみても面白くなさそうだと感じ取ったか。
「もーやだなぁ……もしも今フルガラがクシャナに斬りかかろうとしたら、セオドールに後ろっから斬られそう。そういう痴話げんかみたいなカッコ悪いの、フルガラの趣味じゃないのに」
拗ねたように唇を尖らせ、ぷいっとセオドールにそっぽを向くフルガラ。
と、そこでようやく思い出したようにナタリーを見た。
「ねー、ナタリー? フルガラとしては待望の斬り合いだったんだよ? こんな屁理屈で中止させられてガッカリだ」
「ああそう」
ナタリーがむすっと答える。同意する気は一ミリもない声で。
フルガラは気を取り直してナタリーをおちょくることにしたらしい。武器をしまうと、えひ、と笑いながらナタリーとの距離を詰める。
「そういえば、さっきの討伐はお見事だったね? 走りながら銃撃なんて器用なマネ、フルガラはサーカスの曲芸でしか見たことないよ」
「ふんっ。あんたに右手突っつかれてなければ、金が取れる曲芸でも見せてやれたけどね!」
ナタリーは銃剣を左に持ち替えて、恨みがましく血塗れの布を巻いた右の甲をずいと見せつけた。
フルガラはわざとらしく驚いて見せた。
「わぁナタリーったらすごくなーい? ケガした利き手で戦ってたの? やるじゃん」
「……この……っ」
「まあでもキミの頑張りなんてそんなもんだよ」
そう言い捨てながらフルガラは無遠慮にナタリーの左腕を取った。利き手ではない方で握りしめられている銃剣を不躾な眼差しでじろじろと眺めまわしながら。
「剣を手にするのもやっとの疲労困憊ってやつかな? 怪我人にしてはやる方だけど、結局キミが魔獣討伐にいっちょ噛めたのはクシャナがいたからでしょ? キミひとりじゃ何もできない。虎の威を借るなんとやらだ」
ナタリーは銃剣を携えるのがやっとの左腕をいいように動かされていた。碌な抵抗もできまいとフルガラはナタリーに顔を寄せ、とどめのように一言を放った。
「キミ程度が剣聖に一太刀浴びせるなんて、百年早いよ」
「──っ」
ナタリーは一気に感覚を鋭利にした。それは怒りによる硬直ではない。獲物を仕留める獣の気配。
疲弊しきってフルガラに取られていた腕をくるりと旋回、素早く銃剣を翻すと──
その銃口をフルガラに向けた。
「────」
ドン、と次にあったのは銃声だった。無力同然の左腕が突如鋭敏を利かせて牙を剥く。
利き手ではないはずの腕は、違いなくフルガラを狙った早撃ちを果たしていた。
「……っ」
当然フルガラは眼前の銃撃に反応する。
身を大きく仰け反らせて回避。そこまでは余裕すらある。
だが直後、ナタリーは間髪入れずに飛び蹴りを繰り出していた。助走なしの垂直飛び。
踵を突きあげた強烈な蹴りの一発が、仰け反っていたフルガラの胴体に食い込む。
奇しくもナタリーがフルガラに初対面でいきなり見舞わされた蹴りと同じ位置だった。
どふ──っ、と鈍い音がフルガラの身体でくぐもった。
小さな身体が衝撃に跳ねて、大きく後ろに吹っ飛ぶ。
フルガラは背中から地面に倒れて仰臥する。
ナタリーは軽やかに左手で銃剣を翻し、肩の上で身構えた。その扱いは流麗で、利き腕でないとは思えない。
右手が利き手であることは間違いない。ただナタリーは左手でも同等に扱えるよう日々討伐で鍛えていたのだ。戦いで切り込む都度、こまめな「構え直し」で手を持ち替えている。
境壁の上でフルガラが見ていたことにも気付いていた。ナタリーはここへの帰路であえて銃剣を右手で持ち「無理して利き手で戦っていた」姿を見せていた。左手は使えない。剣を持つのもやっとというのはブラフだ。
銃剣の鋭い切っ先を、倒れたフルガラにピタリと据える。
「……『疲労困憊ってやつ』だとお?」
とことん自分を舐め腐っているフルガラに、満を持してナタリーは意趣返しを果たしたのだった。
「ばぁーかっ! わざとだよっっっ!」
あえて、弱ってるフリしてたんだ。油断を誘い、蹴りをぶち込むために。
フルガラ相手に物怖じする気はない。ナタリーはそれをわからせるように言い放った。
(実は第二章に入った序盤でナタリーはちょいちょい「構え直し」してます。でも細かいので気にしなくていいですよ)




