第四十九話 魔獣の撃破②
銃剣を手に、ナタリーは山の斜面を駆け上がっていた。
魔獣は体の向きを村から山中に切り替え、手当たり次第に木々を薙ぎ払っては土を殴りつけている。本能の向くままに。
安易に接近すればその破壊の渦に呑み込まれる。
ナタリーはまず銀弾を着実に魔獣に当てるために、高地を取ることにした。迂回で山を駆け上り、魔獣の「上」を取る。
それと同時に魔獣を下方に動かす必要があった。
クシャナが山中を突っ切る。乱暴な破壊で叩き崩され、あちこちで土砂が発生しているまさしく魔獣の独壇場に、
身一つで乗り込む。
怒濤で迫る土砂を、流れ落ちる木や留まる岩を足場にしながら飛び渡り、クシャナは着実にその間合いを詰めていた。
そこで魔獣がクシャナを認識する。
自らの拳ほどもないサイズの人影に向かって、魔獣はブンと左腕を振り薙いだ。巨大な建物に等しい質量が尋常でない速さで迫る。
クシャナが刃を振った。力任せの巨腕の動き、流れを見て取った上で刀身を微細に揺らすと、
刃と腕がぶつかり合う。空気が硬質を叩く轟音に震えた。
弾かれ合うように互いが激突を起点に散った。
魔獣は思わぬ力の返しに腕を高く振り上げ、上半身を仰け反らせている。
一方でクシャナは刀身を弾かれた勢いで身体も投げ出されてしまうが、余裕で着地を果たしていた。
あれだけの轟音を発声させたにも拘らず、刀身は無事だ。罅一筋もない。
力でなく受けて流す、返しの一撃だった。斬ることでなく相手の力をも利用した打ち合いによって相手の体勢を崩した。
着地したクシャナに向かって魔獣は右脚を振り上げてきた。腕による一撃よりも脚力が繰り出す蹴撃の方に破壊力があるのは自明だ。クシャナは刃で向かえずその場で転がって蹴撃を躱した。
あえて前方へ。魔獣の間合い、その懐へとさらに入り込む。
片脚立ちになった瞬間を狙う。疾走しながら納刀した太刀で居合斬りを仕掛ける。
踏み込んだ次の瞬間。
眼前で、狙い目にしていた魔獣の足首でドン、と爆音が炸裂した。
迂回して高地に移動中のナタリーによる銃撃だ。銀弾は魔獣の足首に命中し、その肉体を内側から爆散する衝撃によって苛烈に引き裂いていた。
魔獣の絶叫が迸る。ぐらりと傾く巨体。寝転がる、その前に。
クシャナの太刀が疾った。先に斬閃があり、次に音が空気を裂く。直後、斬撃が目の前で作用した。
魔獣の右脚が、斬断される。
さらなる悲鳴を重ねながらも、魔獣は蹴り上げていた左足の方を地面にすばやく振り下ろす。
身体ごと転倒することを回避すべく、ずずん、と手足が山の斜面に突き刺さった。
エーベンでの討伐同様、やはり足を奪うのが先決だった。現界したばかりの魔獣の動きはお世辞にも戦闘に特化しているとはいいがたい。圧倒的な質量と破壊力、崩し難い硬強な肉体が討伐を厄介にしているが、動きは歩き始めの赤子のそれだ。
それでも魔獣の圧倒的な蹂躙に、人は対抗することが叶わなかった。
理不尽で強い破壊の権化。人が戦える手段が、今、ここにある。
ドン────! と目の前で銃声が吼えた。
魔獣の右肩が爆散する。銀弾が魔獣の体内で開花、爆発の火炎が膨れ上がって咲き乱れる。黒い身体は内側から抉られ、大概の攻撃なら無慈悲に弾ける鱗すらも吹き飛ばしてしまう。
被弾地点から見るに、ナタリーが魔獣の斜め後ろ──高地を取ったことが判った。
魔獣の口蓋から大音声が吐き出された。鼓膜を破る勢いの悲鳴とも怒号ともつかない轟。
クシャナは動いた。
ナタリーも臆さず引き金を絞っていた。銃声が吼えると同時か一瞬前、クシャナはナタリーの弾丸の気配を感じ取っていた。さらなるダメージを与え続けて身動きを止めるのではなく、優位な地点を取ったのならば、相手をいたぶらずに確実に急所へ銃弾を喰らわせると。
討つために狙うとしたら、ここだ。
魔獣の首、右側面で銀弾が暴虐を炸裂させた。
頭部に向かって跳躍していたクシャナは、猛烈な爆風を浴びながらも刃を横に薙いだ。
真正面から首を縦に切り裂く。皮膚を破られ、鱗の鎧を失った箇所を刃で裂くことは容易かった。真一文字に引かれた斬閃から、一拍遅れて大量の瘴気が血飛沫の代わりに噴出する。
──長く尾を引く絶叫が上がった。
前のめりに倒れた魔獣は切り裂かれた首を押さえ、身悶えしつつ立ち上がろうとしていた。斬断した右脚を無理矢理地面に突き刺して、ぐっと上体を前方に傾ける。一息に立つ気だ。
「させっかぁああああああ!」
高地からナタリーが疾駆で突っ込んで来た。
刃が届く高さに伏せた魔獣の首を獲るには今しかない。
飛ぶように山の斜面を駆け降り、走りながら銃剣を掲げる。
立て続けに三発。全力疾走しながら。
その三発はすべて魔獣の身体に命中した。背中に二発、すでに抉れている右肩にも一発。
銀弾は被弾するや魔獣の黒い身体を炸裂する炎で包み込んでいく。いや、やはりこの作用は──
喰らいついている、と言った方がよかった。
銀弾はただ破壊を炸裂させているというよりも、上質な好物を得て炎で齧りつき呑み込んでいる。
それは疑いようもなく、銀弾が魔獣の天敵であることを確信させる光景だった。
ずがんっ! とひときわ強烈な一撃が轟いた。
その一発は魔獣の頭──いや、頸部にヒットしていた。頭を丸ごと包み込む炎が繚乱、ついには魔獣の悲鳴すらも爆音で掻き消してしまう。
「ぅう終わりだぁああああっ!」
一喝で全身を鋭くさせたナタリーが大きく跳躍、銃剣を頭上に大きく振りかぶった。
クシャナも魔獣の懐で地を蹴り、刃を振り上げた。
両刀による斬撃がほぼ同時に魔獣の首に接する。
斬る、という両者の意志が伝播したかのように。
次には閃きが交差し、ふたりの身が飛び違えになる。
ナタリーが先に魔獣正面の懐に着地。クシャナは魔獣背後に降り立つと、すぐさま背後を仰ぎ見た。
そこには原型を失った形に大破した魔獣の、首が飛び失せ、骸と化したものが大山のようにそびえていた。




