第四十九話 魔獣の撃破①
フルガラは境壁の上を歩いていた。手元には、境壁の外側から回収済みの銀弾が数発分転がされている。こんな金属が魔獣を斥けるなんて今も信じがたい話だが、現に銀弾を除去した部分の境壁へ黒い巨体は緩慢に接近している。
「やれやれ、やっとご到着? なぁんかやけにトロくない?」
フルガラは魔獣がようやく石垣を両腕で破壊し始めた光景を、少し離れた地点から眺めやる。
「やっぱり二等ランクの幼魔獣を強引に魔獣にするとそれなりなのかな? 二足歩行もぎこちないし……大丈夫かねキミぃ? そんなんで村の人に恐怖を与えられる~?」
腕組しつつ、からかい混じりに独り言ちる。
とはいえ、魔獣の破壊衝動は上等で、叩き崩した石垣を掴んでは村に向かって投擲し始めていた。飛来する岩が村のあちこちを破壊していく。
ふんふん、とフルガラは満足そうに鼻を鳴らした。
「こんだけ暴れれば、上々だよね……おや?」
突如、境壁の外側から銃声が起きた。衝撃音が魔獣から境壁を伝いフルガラの足元にまで伝播する。
かなり手痛い一撃だったようで、魔獣は動きをとめて音のする方角へと顔を向けていた。
「……ははーん。ナタリーだね? あれで死んでないの? 感心しちゃうしぶとさだ」
さだめし、あの一撃が銀弾によるものなのだろう。並みの火器や武器の威力をもってしても通用しない魔獣の肉体に、たった一発で動きを止めるほどの威力を与えるとは。
〈七聖〉が銀弾の使用者を危険視するわけだ。
「ナタリーはどうでもいいけど、銀弾はジャマになるかぁ……」
フルガラは指先で弄んでいた銀弾をポケットに突っ込むと、刺突剣と短剣を抜いた。
邪魔な要素を排除すべく、地を蹴り境壁外へ駆けようとする寸前。
「──フルガラ!」
と、足元から声。
見るとセオドールがこちらを見上げている。
「あれぇ、セオドールだ。どう? クシャナとお話できた?」
「何をしている。こんなところで」
険しい表情は暢気な態度に対するものではなかった。強い疑念を露わにするセオドールに、フルガラは屈託なく答えた。
「お仕事の経過を眺めていたんだよ」
「魔獣を討伐せず眺めていることが仕事だと」
「そう」フルガラは頷く。「だってあの魔獣を現界させてこの村で暴れるよう仕向けているのはフルガラだもん。〈七聖〉のお仕事としてね」
軽やかに答えたフルガラは境壁の上から降り立つと、驚愕露わに動けずにいるセオドールへと歩み寄る。
「………………なんだと……」
「そろそろセオドールも知っておいた方がいいのかもよ? 〈七聖〉はキミを清廉潔白な剣聖の象徴として扱いたがっていたけど、後ろ暗いことが山のようにあることはさすがに察してるでしょ?
〈七聖〉はね、あの手この手で大陸世界を支配統治しているんだよ」
フルガラが語った真実はセオドールが想定していた以上に「後ろ暗い」ものだった。
〈真髄〉を持つ剣聖による組織〈七聖〉だからこそ成し得る支配。その仕組みには、魔獣にあえて都市を潰滅させその脅威を持続させるという所業も織り込まれていた。
アーノルドがエーベンで剣聖として成そうとしていたことがまさにそれだ。
セオドールはようやくクシャナが見出し、〈七聖〉が有していた真実を知るに至った。
「──この村に魔獣をけしかけるのも、潰滅が目的なのか」
セオドールは抑揚のない声で問う。真実と衝撃によって感情がどの境地に至るか自分でも定められない。「魔獣をけしかける」と自ら口にしている言葉も受け入れがたかった。あの魔物まで〈七聖〉はコントロールする手段を有しているというのか。どうやって──
混乱が迸る一方だが、今は順に理解することが先決だった。感情を押し殺す。
「んーん。この村は壊滅させないよ。ただちょっと、知ってもらうだけ。幼魔獣と魔獣って恐ろしいよね~、〈七聖〉がいないと命はないよね~って。特に銀弾を製造している関係者には骨身に沁みて思い知ってもらわないと。
セオドール、銀弾のヒミツはクシャナからもう聞いた?」
〈真髄〉に匹敵する、魔獣すら斃せる力をもつ武器──無言で頷くとフルガラは満足そうに笑う。
「それじゃフルガラがヒミツにすることはもうなくなったね。よかった。今後セオドールと話すのがだいぶ気楽になるもん」
剣聖になって僅か二年でありながら、フルガラはセオドール以上に〈七聖〉の真実を把握し立ち回っていたのだ。
〈七聖〉による剣聖への扱いの違いに不当と疑問を感じることはなかった。納得すらしている。フルガラは〈七聖〉にとって有能だからだ。暗殺の指令を受けても村人の避難を優先する自分とは違い、フルガラは任務を優先する。人の犠牲を厭わず、殺しすらも躊躇わない。
「いろいろと気分は複雑だよね? セオドール」
硬い表情を、フルガラが柔らかな笑みを寄せて覗き込んだ。
「でも今までこの大陸世界は上手いことまとまってきたじゃない? 幼魔獣や魔獣っていう人類にとっての絶対的な脅威が存在し続けることでさ。もしもこの均衡を崩すような、勝手な真似をする輩が現れたら──排除するのが普通じゃない?」
セオドールの表情は動かなかった。こちらの感情を抉って覗き込もうとするフルガラの眼差しを防御するように。
沈黙は長くなかった。背後──破れた境壁の向こうから轟音が立て続けに起こったからだ。
先にフルガラがぱちくりとまばたきして、何かを思い出したように口を開く。
「そうだ。この村に『剣聖がいてくれないと困る』ってとこまで認識させるのが仕事だから、魔獣は討伐しないといけないんだった。首獲りに行こ、セオドール」
会話中抜き身で携えていた刺突剣と短剣をそのままに、フルガラはくるりと踵を返し──ぴた、と立ち止まる。
「その前に銀弾の実力ってやつを見せてもらおっかな。セオドールも見てみたくない?」
フルガラは肩越しにセオドールを誘う。




