第四十八話 決意②
魔獣が投げつけた石垣が山の地形を大きく崩していた。雨のように巨大な石を叩き込まれた斜面の一部が土砂崩れを起こし、辺りに土煙も発生する。
土砂に反応した魔獣は、手元の木を引き抜いてはそちらに向けて投げ込み出していた。どうやら派手な音や動きに反応するようで、今は土砂崩れと轟音を攻撃対象としているようだった。
──幸いにも、ナタリーたちの転げた地点とは少し離れている。若干なら時間が稼げた。
クシャナは口に混じった土をぺっと拭いつつ立ち上がる。
「ナタリー、助かったよ。村に入り込もうとしていた魔獣をここまで引き付けてくれて」
そう言って、その場にへたり込んでいるナタリーに手を差し伸べる。
「立てるか?」
「…………」
「ナタリー?」
「……また……あたし……だめだった…………」
俯いて、力なく開いた唇から零れたのは、決して声には出すまいとしていた弱音だった。
「師匠、あたしは…………師匠の弟子にはふさわしくないよ……」
言ってしまった。
不安なまま、それでも負けるかと戦うことで不安を振り払ってここまできたけど──その事実はナタリーにずっとずっとこびりついたままだった。
「あたしはただの、剣が使えて、戦えるだけのやつなんだ。師匠みたいになりたいって、師匠くらい強くなるって言ってるだけの」
そこまで言うと、堰を切ったように目から涙が溢れて零れていった。
「弱くて、ダメで、ひとりじゃ何もできなくて……くやしい…………っ」
握りしめていた銃剣から指を離し、その手で乱暴に目をごしごしと擦り続けた。
くやしい。自分に対する怒りや不甲斐なさ、情けなさ、失望が体中を駆け巡っていた。今日までの失敗の数々が、下手をうった攻防の一つ一つが、記憶から噴き出して止まらない。
自分を追い込むつもりで「師匠の弟子だ」と振る舞って来たのに。
武器を手にする力すら出せない、今の自分の無様はなんだ。
「あたし……っ、こんな弱い自分は嫌だよ。強くて、人を守れて、道標になる師匠が傍にいてくれてるのに……あたしは、それに見合うような剣客じゃない……なんにもない、ぜんぜん出来ない……」
どうしようもないくらい駄目なんだと、自分に言い聞かせているような気分だった。
ずっと自分に抱いていた不安だったから、一度溢れ返ると止まらない。
「ナタリー」
クシャナは嗚咽を繰り返すその肩に、手を置く。
「なんだ、お前さんそんなこと気にしてたのか」
慰めるというよりどこか安心したような声音だった。
「それは当たり前だろ。ナタリーは弱くて普通の、ただの剣客なんだから」
「──」
「まだね」
瞬きも忘れて丸くした目で固まるナタリーに、クシャナは一拍遅れて付け足した。
「ナタリー、お前さんが俺に弟子入り志願してくれたのは、敵なしで負けなしの完璧な剣客になるためじゃなかったろ。まあそもそもそんな手合いなら、俺の弟子にはならないか」
ふと思い出したように、クシャナは緩く笑ってみせる。
「言っておくけど、お前さんの実力は本当に大したものなんだぞ? 俺は剣とって十五年でやっと剣聖選抜のお眼鏡にかなったくらい、長年地味でさえない、しくじりまみれの剣客だったからさ。十七でこれだけ戦えるって尊敬してるくらいなんだから」
「……そんなわけない」
「嘘じゃないって」
頑ななナタリーの目を、クシャナはじっと見る。
「もしかして、年の近い剣聖の実力を見せつけられたから気弱になったのかね。あんなんと比べることない……って言うのも難しいか。確かに俺だってイヤになるよ。自分が十七、八の頃なんて実力もないくせにサボろうとしてたしょーもない輩だったからさ。惨めさだけが浮き彫りになる」
「……そんなん、うそだ」
「本当だよ。いやまあ、これ以上自虐で振り返るのは止めておくか」
情けない過去を語る中年なんて見ていられないよなぁ、とクシャナはぼやき、
「ナタリーが今の時点で実力がないって自分を見切る必要はないってことだよ。悔しいって思うことは、先々の見込みがある証拠だ。師匠としてはますます頼もしく思うぞ」
「見込み……?」
「そう。ナタリーは『なんにもない』って言ってたけど、それってこの先いくらでも、どんなものでも持てるってことだ。悔しいって思いが本物なほど、その可能性はでかくなるよ。
ナタリーも言ってたじゃないか」
『もしもあたしに可能性を見出してくれたなら、師匠の弟子にして!』
「──俺はナタリーが強くて、討伐の戦力として使える有能な剣客だから弟子にしようと思ったんじゃないよ」
「……」
「お前さんはこの先もっと腕を磨いて、最高で最強の剣客になる。俺はそうしたいって思ってる」
「……そうなの?」
「そうだよ。なんだよもう、自分でそう申し出ておいて今さら聞き直すかね?」
「ごめんなさい」
ナタリーはしんなりした声で俯く。いつになく素直でしおらしいのでクシャナは笑ってしまった。
「とにかく俺はさ、ナタリーみたいな可能性の塊が『クシャナみたいになりたい』って弟子入りしてくれたから、師匠になれたんだよ」
そう言って、クシャナは立ち上がった。
ナタリーの傍らに転がっていた銃剣を拾い上げ、土を払ってすっと前に差し出す。
へたり込んだままのナタリーはそれを見上げた。
「ナタリー。俺はこれから本格的に〈七聖〉を敵に回しながら戦っていく道を行くことになる。俺がアーノルドを討ったことと銀弾の力を使ったことはセオドールに知らせたから。
それでも俺の弟子でいてくれるのなら──俺が師匠としてお前さんを最高の剣客にしてみせる」
──胸を詰まらせたナタリーの裡で、熱いものが湧き上がり一気に膨れる。
涙と言葉になって露呈した弱さを含め、自分の全てが認められたような気がして。
それと同時にクシャナの言葉はナタリーへの誓いと決意でもあった。
過酷になることが約束された道だ。世界を敵に回すも同然の。
だが、何があってもナタリーを「最高の剣客」にする。「クシャナみたいになりたい」と剣を振るう弟子へ、師匠としてできる最大限の答えとしてクシャナは明言してくれた──
ナタリーは立ち上がった。がしり、と銃剣を掴む力でその言葉に応じる。
反射的に伸ばしたのは刺されていた右手だったが、血の滲む手には自分でも驚くほどの力が漲っていた。剣の柄を掴み、目の前に立つ師匠に真っ直ぐ掲げながら、
ナタリーも決意を口にする。
「やる。戦う。あたしもその道を行く。師匠の弟子として」




