第四十七話 〈七聖〉の使いとの攻防②
ガルダンはクシャナとともに工房から出てきた。
「父さん!」
それまで店の方でガルダンを説得するクシャナの様子を見守っていたテリーゼが駆け寄った。
「もう早く逃げるわよ! いつまでも籠城するつもりなら頭から窯にぶち込むところだったんだから」
「わ、悪かったテリーゼ」
本気ともつかない娘の剣幕に、普段は厳ついガルダンもたじろいでいる。
それを傍で見守っていたヒューゴに至っては「テリーゼちゃんこわい」と若干怯えている。
これであとは避難するだけ、というところで。
ドアベルが鳴った。
「何をしてるんですか、ガルダンさんたち!」
ぜいぜいと息を切らせて現れたのは採掘工のステフだった。
「──ステフかよ……お前もよくやるよな……」
おせっかいを感心するようにガルダンが呟いていると、ステフは店にずいっと進み出る。
「もうこの辺りの人はみんな逃げてるんですよ! 早く南へ」
避難を誘うその手がすっと手前にいたテリーゼに伸ばされた。
瞬間。
クシャナは動いた。鞘走る。
瞬きすら欺く須臾の間に、斬閃が疾る。
一歩踏み出した体勢でクシャナが鞘に触れ、鞘に刀を収めるまでの合間を、誰も見切ることはできない。
時が止まったような間を経て。
ごと、と落ちたのはステフの右手だった。
手首から先が綺麗に斬断されている。
「え? なに──」
テリーゼがそれを理解するより先に、ガルダンが太い腕で娘の視界を覆い身体を使って庇う。
「………………は?」
店内に立っていたヒューゴも、その光景にただ茫然としている。
「…………」
ただ、ステフだけが無機質に、手首から先を失った自分の右手を眺めていた。
飛び散った自分の血を頬に付けたまま、ステフはビー玉じみたつるりとした目を動かした。
刀の柄に手を添え、納刀直後のまま微動だにしないクシャナへ。
クシャナは右脚を前にした前屈立ちを維持している。獲物に飛び掛かる寸前の獣。鞘に収められている爪牙のごとき刃よりも鋭い目が、じっと相手を見ている。
これまでにないほど、冴え渡る冷たい眼光で。
「……これは恐れ入りました」
無機質な顔面のステフから零れた声は、微かに震えていた。
「いきなり、斬るなんて」
「人殺しを止めない理由はない」
クシャナは厳然と言い放つ。
床に落ちたステフの右手。転げて明らかになった手の中には、小型ナイフがあった。
掌に収まる小型ナイフの刃の鋭さにガルダンが目を剥く。
「ステフ、てめえ……」
彼はナイフを隠し持っていた右手をテリーゼに伸ばしていた。刃を殺すために向けていたことは間違いないだろう。
おそらく不意打ちでテリーゼの喉を掻き切り、次いでガルダンを殺すつもりだったか──
「脅したり人質を取ったりする時間がないもので。魔獣が村に迫っているんですよ?」
殺人未遂を暗に認め、ステフは平然と言い放つ。ガルダンが堪らず吼えた。
「ざけんな! 今までも親切装ってあれこれ探ってきやがったろが⁉ どういうつもりだ!」
「とにかく危険人物だけはこの混乱に乗じて始末すべきなので」
その声がにわかに変質する。声色が変わったというべきだろうか。採掘工を生業とする素朴な村人ではなく、舞台役者を思わせる明瞭な発声。
上品ぶった喋り方は、クシャナの耳に憶えがある。
「あんた、〈七聖〉の使いか」
「さようです。元・剣聖殿」
ステフは鷹揚に頷いた。手首から血が滴り続けているのに、何事もないような佇まいで。
その異様にガルダンだけでなく茫然としていたヒューゴも表情を強張らせた。
クシャナは構えを維持したままガルダンを見た。扉へと促すようにふっと視線をやる。
ガルダンは黙って頷いた。テリーゼを全身で覆うように抱えながら、おそるおそるクシャナと、彼に牽制されて動かずにいるステフとの横を通り抜けて外へ出た。はっとしたヒューゴも追いすがる。
カラン、と乾いたドアベルの音が店内に響き渡った。
空間が二人だけになったところでクシャナは口を開く。
「──ガルダンさんはもう銀弾は作る気はないそうだぞ」
「本当ですか?」
「疑うのなら気が済むまで見張っていればいい。一つ確かなのは、もし今後彼を殺すのならいらない疑惑を撒き散らすってことだけだ」
「なるほど。元・剣聖殿はどうやら彼が殺されぬ状況へと話を運びたいご様子で」
「当たり前だ」
たんたんたん、と皮膚を叩き合わせる音が鳴った。
ステフが左手と、手首から先のない腕とで無理矢理拍手をした音だった。
思えばこの男が「行商がまだいる」と広場に誘導しなければ、自分はガルダンのもとに直行していたのだ。銀弾の情報などもろもろ掴めたはずだったのに、気のいい村人の態にまんまと騙され、時間を浪費させられた──
喰えない野郎だ。まさしく〈七聖〉の使いに相応しい。
「さすがでございます、元・剣聖殿。強引な論法を押し切り、奇も衒いもなく意図を明かす。稚拙の誹りを免れませんが、それだけの気迫で仰せになられると……〈七聖〉としては従わざるを得ません」
「話が解ったのなら失せろ」
「そういうわけには」
慇懃でありながら、〈七聖〉の使いは「元」剣聖への無礼を隠さなかった。
緩やかな佇まいが突然、しなる。
左手がクシャナに伸びる。袖口でなにかが閃く。刀剣だ。蛇のように刀身を揺らす小型の蛇腹剣。
疾る刃を掠めるように受け流し、クシャナはステフに迫近する。
その手は太刀の柄に触れず、拳の形になってステフの鳩尾を刺す。
「! ……っごっ、ぉ……!」
くの字に折れたその後頭部に、クシャナはだめ押しの肘鉄を喰らわせた。
ステフは次のうめき声すら出せずに、床に突っ伏して動かなくなる。
それを確認するとクシャナはさっさとその場を去った。
魔獣の脅威が迫るこの状況下で放置しても、そう容易く死なない手合いだということは知っている。
ガラン、とドアベルの乾いた音が店内に響き渡る。




