第四十七話 〈七聖〉の使いとの攻防①
境壁外に魔獣を視認したクシャナは、村にいる者の避難誘導に奔走した。
村の者は境壁の向こうに現界した魔獣を目の当たりにしても、抱くべき警戒を抱けずにいる者がほとんどだった。この村が魔獣に襲われるわけがないと長年で培われた無根拠な保障のせいともいえる。クシャナは村の人々を手あたり次第にどやしつけ、南部への避難を誘導する。
現界した魔獣は北部に立つ一体のみ。
この村には剣聖が二人もいる。対処はできるはずだ。
──よりにもよってこんなタイミングで、今まで幼魔獣の脅威ですら薄弱だった村が魔獣に襲われるなんて。出来過ぎたものを感じずにはいられない。
徐々にただならぬ状況を感じ取り「逃げた方がいい」と南に向かう人々の流れができ始めていた。
境壁外にいるはずの、ナタリーは──
魔獣が徐々に村へと近付いているのを見やり、クシャナが外に出ようとした矢先。
「クシャナさん!」
聞き覚えのある声。振り返るとテリーゼとヒューゴが二人して駆け寄って来た。合流している経緯はともかく──
「! 二人ともどうした? 今はとにかく南に、」
「逃げるんですけど、クシャナさん手伝ってください」
「父さんが、窯の火消さずに守るって、工房から出てくれないんです!」
テリーゼの泣きそうな声に、概ねを把握する。
ヒューゴがテリーゼに会うため金物店に現れた直後、魔獣が現界し避難する事態になった。しかしガルダンは窯を守るため工房に立てこもっていると。
魔獣による災厄でしばしば目の当たりにする状況だ。命に代えても何かを守ろうとして、結局その命ともども失ってしまうのだから。
逃げて生き延びることが何よりも大事だ。しかし非常事態に限って人はそのことを見失う。
「わかった。俺も行こう。ガルダンを引っ張ってでも避難させないと」
クシャナがさっそく動き出すと、テリーゼも涙目であとに続く。
「お願いします! もういっそ父の事はブン殴って動けなくするくらいなら全然問題ないので!」
「え」
「なるべくそうならないようにしよう」
テリーゼを思わず二度見するヒューゴも連れ、三人はガルダンの工房へ。
商業店の並ぶ通りも、村人は避難したらしく閑散としている。
遠くから魔獣の足音とおぼしきくぐもった音が遠雷のように響き渡っていた。
「うぅわ、やばいやばいやばい……」
魔獣に遭遇するのは初めてなのか、ヒューゴも北の方角を見て声を震わせ始めている。それでもテリーゼの父親の避難に付き合ってくれている。
「──父さんっ!」
ドアベルを激しく鳴らし、テリーゼが店に向かって叫ぶ。
すると店の奥、工房に通じる扉から罵声が上がった。
「馬鹿野郎テリーゼ! おまえは逃げてろって言っただろうが!」
「バカはどっちよ! 逃げるんだってば! 父さんも!」
「オレは窯の火ぃ守るっつってんだろ! 何度も言わせんな!」
埒が明かないし時間もない。クシャナは前に進み出て、工房にさっと入って行った。
「邪魔しますよ」
「──ああ⁉ んだよまたお前かよ⁉ 職人の聖域にホイホイ入ってくんじゃねえ」
窯の前で仁王立ちしていたガルダンが顔だけを向け、怒号を浴びせてきた。
「無礼は承知です。でもガルダンさん、職人も聖域も命あってのものでしょう。逃げますよ」
「ああ⁉ 説教する気かぁ⁉ お前も剣客ならオレの相手してねぇで外のバケモンをなんとかしやがれよ!」
「その前に避難しないと。あなたも魔獣の脅威は充分ご存じなんじゃないですかね」
「なんだと?」
「だから今もこの村で、実用的な銀弾を造り続けている」
「………………ああ?」
ガルダンが、窯に向けていた身体ごと振り返った。じっとクシャナを睨む目には、窺うような色味がある。クシャナはその目と向き合った。
「ガルダンさん、あなたは銀弾については御守代わりと認識し、小銭稼ぎで製造していると口にしてましたけど、本当はあれが魔獣に有効な武器だと知った上で製造しているのではないんですかね。実際に今も討伐で使用している人のために」
製造過程の見学をゴネつつも、無言で詳細を見せてくれた──表面上のやりとりはぶっきらぼうな職人そのものだが、本当は銀弾について知ろうとする者を探りつつ、こちらに情報を与えてくれていたのでは。
ガルダンは頭に巻いたタオルをむしり取って、静かな眼でクシャナを見る。
「……だったらなんだ」
「今、この世界で実際に銀弾を使用している人のことを教えてくれませんか」
ナタリーが弾頭の型が二通りあることに気付けたのは、ガルダンがあえて見せてくれたからだ。
一般に御守代わりとして普及している丸形弾だけでなく、尖頭弾の型を。
『使う人がいるってことだよね』
ナタリーが指摘した通り、実戦であの狙撃弾を使う者がいるのならば。
その存在を知る必要がある。今日までどうやって魔獣や幼魔獣と闘って来たのか。そして、いかにして〈七聖〉の支配に引っかからずにいられたのか。
ガルダンはクシャナの話をとくに否定しなかった。ただ、言葉を選ぶように黙考すると、
「……使用者を危険に晒すかもしれねえ」
「それを承知で頼んでいます」クシャナは強く切り込んだ。「でも俺の見立てでは狙撃弾を使う者が〈七聖〉に目を付けられるのは時間の問題です。現に製造者であるあなたは、やつらに危険人物扱いされているのでは。あなたは今も監視を意識して振る舞っていますよね」
「…………っ!」
ガルダンは顔をしかめた。臓腑でも殴られたように忌々し気に。
「そうだよ、くそ……こっちがバカのフリしてんのに……気味の悪ぃ探り方する奴がいるからよ」
なにかを思い出すようにガルダンはがしがしと頭を掻く。
監視しているのは十中八九〈七聖〉の使いだ。現況、ガルダンの銀弾製造はかなり際どい所業と目されているのでは。
クシャナは思い切って切り出した。
「ガルダンさん。狙撃弾を俺に渡してくれませんか」
「なんだと」
「使用者に俺が直接渡します。今からでも危険視される痕跡は排除していきましょう」
銀弾の力を知る者との接触のために。
それは情報の提供を意味していた。引継ぎと言ってもいい。〈七聖〉に目を付けられている現状で銀弾の製造を続けるのは危険すぎる。これまでどういう経路で狙撃弾を使用者に提供していたのかは不明だが、一旦その繋がりも途絶しておくべきだ。製造の様子見も含めて。
ガルダンが〈七聖〉に命を狙われる要素を、こちらから摘み取ってしまう。
クシャナが暗に示した提案も含めて、ガルダンは把握したらしい。
だが決定打がないのか、思考を巡らせる目線は慎重にあちこちを這っていた。
「必ず使用者に渡すことを約束します」
クシャナは最後に、自分が持つ唯一の手札を使うことにした。
「元・剣聖として」
「あ?」
「ガルダンさん『三日剣聖』ってご存じで?」
「え……あ⁉ 三日剣聖? クシャナ、まさかお前が、あの……⁉」
「それです」
クシャナはへれっとして見せた。個人名は知られずとも、不名誉な呼称は小さな村にも届いていたようでなによりだ。
「俺が約束できるのは、〈七聖〉の都合のいいようには決してしないってことです」
いうなれば、自分は剣客のなかで最も〈七聖〉と慣れ合う要素がない存在だ。
ガルダンは一秒ほどポカンとし、ふすっ、と気の抜けた息を吐いて小さく笑った。
「ああ……納得した。お前ならあの連中には降らねえか」
「どうして銀弾を製造してきたんですか。〈七聖〉に危険視されるのも解った上で、ですよね」
大切にしている娘がいるのに、なぜそこまでのリスクを冒すのか──
ガルダンは苦々しいものを顔面に滲ませた。
「……俺の妻はな、〈七聖〉のフザけた『取引』に巻き込まれて魔獣に殺されたんだ。娘を守るべきなのは百も承知だけどな……こればっかりは……譲れねぇんだよ」
詳細までは訊ねなかった。ただ、彼が〈七聖〉と戦う意志で銀弾を造ってきたことは確信できた。クシャナは小さく頷く。
ガルダンは作業着のポケットから弾丸入りの紙箱を手渡した。握手するようにクシャナはそれを受け取る。手元でがしゃりと金属の触れ合う音が鳴った。
「頼んだ。必ず〝あいつ〟に、直接手渡せよ」
そう言ってガルダンは、狙撃弾の使用者の名前と居場所をクシャナに告げる──




