第四十六話 強くない剣客②
ナタリーが過去の記憶の奥底に沈め簡単に引き出せないようにしてきたのは、辛いからだ。
故郷を、家族を、友達を、思い出を──それまでの世界を根こそぎ奪い取られた、あのときのこと。
普通に生きていると、いつまでも辛く苦しい記憶に苛まれて殺されそうになってしまう。
だから剣を手にすることにした。武器を手に、戦う。剣客となってあの許し難く恐ろしい魔物どもと戦う生き方をすると決意した。過去の記憶は意識の奥底深くに沈めて。
剣の扱い方も闘い方も何も知らない。だけど導ならあった。
あのとき、全部失って、すべて終わって、死んだと思った自分を助け出してくれた剣聖だ。
瓦礫から、死にかけの自分を力強く引き寄せてくれた。
『よかった……!』
大事な剣を地面に置いて、両手で救い出してくれた。
『もう大丈夫、死ぬな──』
安堵の息が優しかった。それがどんなに救いになっただろうか。
あのときの剣聖の言葉が、生きていたことを喜んでくれた声が、自分だけ生き残ってしまった罪悪感を拭い去ってくれた。その後もずっと生きる力になったのだ。
意識を苛む恐怖と哀しみに打ち克つための答えにもなった。
剣聖の、ううん、クシャナのような剣客になろう。あの人みたいな、強くて優しい存在に。
ひとりで戦っていった。強くなっていった。
もう何もできない、あのときの無力な存在じゃないと自分自身に言い聞かせながら。
──ああ……でも……あたしは…………全然だめだった。
護衛では、不意打ちの光景に過去が蘇り、動揺のあまり護るべき人を危険に晒した。
師匠の弟子として、恥ずかしくない存在でいるべきなのに──無様が続いた。
頑張った、大したものだと師匠に励まされても、そんなの自分が平凡であることの証明だという思いが芽生えるばかりだ。そう、自分は普通なんだ。
『斬る価値もない』
つまらなそうに自分を見る、剣聖・フルガラの言葉が響き渡っている。
──あたしは強くない。
────師匠の弟子に見合う存在ではない。
──────師匠とともに剣聖と闘う価値なんて、ない。
大きな力に蹂躙されたナタリーは、落ちた意識の果てでそれを思い知る。
「………………っ! ぶはっ!」
息が詰まって血管が切れそうになる。じたばたと手足といわず首や胴体をうごめかせると、やっと圧迫が緩む。
ナタリーは咳き込みながら呼吸を繰り返した。口が、鼻腔がざらついている。ぺっと吐き出されたのは土だった。
「……っ、はーっ、はーっ……ぐぇっほ……くっそぉ、また、地面に生き埋めになってたんか……っ」
独り言は呼吸を取り戻しつつ意識をはっきりさせるための自助手段だった。
ナタリーは手をついて立ち上がろうとして──右手の痛みに呻いた。
「……くっそぉ……っ」
またしても悪態が口を衝く。
フルガラに突かれた手。血に濡れて痛みも続いている。
ナタリーは懐から苦々しい思いで布を取り出して手の甲に巻いた。その布は昨晩鼻血を止めるためにクシャナが使わせてくれた拭紙代わりだった。また師匠に補助された気がして惨めになる。
「……っ、行かないと」
辺りは低気圧に見舞われた空のように黒く濁り、ごうごうと物騒な風が吹き荒れていた。
少し離れた地点で、轟音。
ナタリーは辺りを見回すが、山中の木々で視界が悪い。まだ村は無事なのか。
そういえば──フルガラが村を囲ってる銀弾を没収するとか言ってなかったか。
『あれがあると魔獣が村に入れないからね』
ナタリーはきっと眦に力を籠めた。
「あんなんの思い通りにさせるか……っ!」
右手の痛みを振り払うように、ナタリーは声に力を籠めた。
ふらつく足を前に踏み出すが膝から力が抜け、べしゃんとその場に崩れ落ちてしまった。
まだ身体が均衡を取り戻せていない。どんだけめちゃくちゃに吹っ飛ばされたのか──いや今は考えるな。頭が、目が回っている。まずは自分の身体の感覚を取り戻す。手足から。
左手には──銃剣が握りしめられたままになっている。エーベンでの討伐で魔獣に吹き飛ばされた時も、根性で武器だけは手放さなかったことを思い出す。
右手は布で巻いて止血してる。脚は、左右とも無事。動く。力も入れられる。
弱いけど、剣聖にははるかに及ばないけど、それでも今は戦わなければ。
村の人を犠牲にさせるわけにはいかない。
あたしはもう何もできない無力な存在じゃないんだから。
「っ、ぅあああ、こんのっ、ちくしょうっ!」
ナタリーは自分の意識に、身体に鞭うつように吼えて立ち上がる。
その頭上で──
巨体の咆哮。蠢くたび発声する轟音。音は村のある方角へと近付いている。
はやく、いかないと……!
ナタリーは這うように山道を駆け上がった。村の手前で馬車道に立つ。ぜいぜいと息を切らせながら辺りを見回すと、自分と同じく衝撃波で大破した馬車の残骸が見つかった。
近くにはフルガラに殺された御者の遺体もあるかもしれない。ナタリーはぐっと唇をかみしめて、残骸に歩み寄った。
そこには村で仕入れた品物が散らばっている。形を失くし、原型もわからない品物も多い。
土塗れの木箱を見つけ、ナタリーは手をかける。予感通り、そこにあるのはあの村で製造された弾丸だった。トルケン村のガルダン製、とでもいえばいいのか。
「……! あった」
探るなかに、それはあった。
銀弾。小さな規制の箱にきっちりと収まった38発分。
「ほんとに、本当に、ごめんなさい……けど……っ」
ナタリーは近くにいるであろう亡き行商の男への誓いを声にする。
「使わせてっ! 必ず村を守るために使うから!」
腰の弾薬ポーチに突っ込むと、ナタリーは駆け出した。
轟音の方角、村に向かって一直線に。




