第四十六話 強くない剣客①
フルガラは「うーん」とその場で伸びをした。
一仕事終えた軽い達成感を滲ませる──破壊の魔物を存在させた、その所業には見合わない屈託のなさとともに。
「──おっとぉ、フルガラはまだ達成項目があったよ。村の境壁に飾ってる銀弾を没収しなくちゃ。あれがあると魔獣が村に入りにくいからね」
「……!」
フルガラの口から銀弾という単語が出てきたことに、ナタリーは肩をぴくりとさせる。
「フルガラは……知ってたんだ……銀弾が魔獣にも効く力があるって──」
「もっちろん」
直後、魔獣が天を衝く咆哮で辺りの空気を震わせた。風が渦巻き、その身から噴出する瘴気を拡散させていく。昼下がりの空が墨を零したような黒に滲み、視界が一気に淀んでいく。
間近の大音声に、小指で両耳を塞いでいたフルガラはやれやれと手を下ろしてナタリーを見やる。
「フルガラは知ってるよ。銀弾には幼魔獣だけでなく魔獣をも致死に至らしめる効力がある。すっごいよね? でもダメじゃない? だって〈七聖〉が苦労して〈真髄〉のありがたみと剣聖の凄みで組織を築いてきたのに、銀弾があれば誰でも魔獣が斃せちゃうなんてさ……困るよねえ?」
「……だから、銀弾は御守代わりだって、意図的にそういう扱いにさせてたの……?」
「ヘンに根絶やしにすると、かえって怪しまれるからね。『無関心』の案配が絶妙でしょ?」
フルガラは含み笑いする。
「クシャナが何のためにこの村に来たのかも、フルガラにはお見通しだよ? だってここには銀山があるもん。銀弾のこと調べてたんでしょ?」
ナタリーはぐっと押し黙った。フルガラの推測が何となく見えてくる。
──エーベンでは、アーノルドは討たれ魔獣も討伐されている。アーノルドが都市を破壊する前の魔獣を斃すわけがない。ならばアーノルドの下手人は魔獣も討伐したということになる。
〈真髄〉なくして魔獣を討伐しうる手段──まず出てくるのは銀弾だ。
下手人として限りなくクロとして〈七聖〉に追われているクシャナが銀弾を所有・使用してその力を掌握するつもりなら。まずは銀弾の力の秘密を探るべく流通や製造関連を辿るはず。
大陸世界にある銀山のいずれかにクシャナが赴く可能性は高いと〈七聖〉側は見ていた。
案の定、クシャナが銀山を擁するヤルルク岳に向かった──
そこでナタリーは黒い予感にびくっとした。
「っ、まさか、銀弾のこと探ってたから、あんな、魔獣を現界させたっていうの……っ?」
「ぷっ、秘密を知った者への制裁ってヤツ? まっさかぁ! ちょっと突いたからって大騒ぎするようなダサい真似するわけないでしょ?」
フルガラは顔の前でパタパタと手を振って笑う。
「もともとこの村の銀弾製造は前から〈七聖〉に目を付けられていたんだ。御守代わり、実弾代わりにしては本格的に造り過ぎっていうか……ライフル弾まであるんでしょ?」
──ナタリーは今朝の銀弾製造の風景を思い出す。
丸形弾と尖頭弾。御守なら丸形だけで充分で、狙撃用の尖頭弾なんて実戦における需要がなければ作られないはず。
「ちょっと、おイタが過ぎるかなって判断らしいよ? だからまあ、軽い警告? 人は生きるために〈七聖〉の剣聖がいてくれないと困るよね? って銀を扱ってる村全体にも浸透させるためかな? だから魔獣には適度に村で暴れてもらったら、ちょうどいい頃合いでちゃんと討伐するよ」
「……そんなんで魔獣に村を襲わせるんか⁉ 人が……死ぬんだぞ⁉」
クシャナを追った先で、厄介な要素を持つ村に警告を与えておく──ことのついでのように。
おぞましく邪悪なマッチポンプだ。そんな事務的な処理で、人を殺して村を破壊するのか。
暢気に語るフルガラに耐えられず、ナタリーは立ち上がった。右手からはまだ血が滴っている。銃剣を握る左手はぶるぶると震えていた。恐怖なんかじゃない。怒りだった。
「〈七聖〉にとって都合が悪いことをしてるだけで魔獣をけしかけるのか⁉ あんたらが! 幼魔獣を魔獣に転化させてたんだな!」
狙った地点に幼魔獣を招き寄せ、人を喰わせた幼魔獣を魔獣に転化させた仕組みは不明点まみれだ。
だがここで明らかになったのは、〈七聖〉が意図的に幼魔獣を操作し、魔獣に転化させる術を持っているということだ。
「んー、状況によりけり。ケースバイケースって言うのかな?」
フルガラはすんなり認め、
「でも、世界に存在する魔物全部が〈七聖〉のせいじゃないからね? 〈七聖〉はね、ただこの世界の仕組みを人より多く知ってる。それを上手に効果的に使うことに長けている」
黒く墨濁る空を背景に、純度の高い無邪気な笑みをたたえる。
「それだけだよ?」
「……っっ!」
歯を強く噛みしめ、ナタリーは地を蹴った。
目で追えない、認識が追いつけないフルガラの戦闘を目の当たりにしたばかりなのに。
簡単に人を殺した、目的のために躊躇わず殺した、ただそれが許せない。
剣を振るうには充分な理由だった。
「えひ」
研ぎ澄ませた気配で迫近するナタリーを前にフルガラの笑みが転じた。残忍な、牙を見せる笑みに。
次にナタリーを襲ったのは目の前のフルガラではなく、背後からの衝撃波だった。
二足で佇立した魔獣が歩行を始めたのだ。濁った瘴気、突風が一気にナタリーの身体を殴りつけ、浮き上げる。
体勢を崩したナタリーの耳元にぽつりと声が差し込まれた。
「じゃあね」
と同時に背中に鋭い衝撃が打ち込まれた。背骨を砕く勢いの、強烈な一撃。
また蹴りやがっ──!
痛みとも痺れともつかない衝撃と破壊が一瞬以上の間ナタリーの全身と神経をめちゃくちゃにした。
顔面から地面に激突し、強烈な力に振り回され、転がされ、引き裂かれて、千切れ飛んで──死んだかもしれない真っ白な意識の果てに、ナタリーは落ちて行った。




