第四十四話 突然終わる平和①
クシャナが村の商業店が並ぶ通りに辿り着くと、背後から声がかけられた。
「あれ、クシャナさん、ですよね」
振り返ると、そこには採掘工のステフがいた。今日は朝にも顔を合わせている。これからガルダンの金物屋に向かうわけだから、鉱物の扱いで村の外からの卸売業者の相手もしているという彼と遭遇する確率が高くなるのも必然か。
「今日はよくお会いしますね」
のほほんと穏やかに手を振って近付くステフに「どうも」とクシャナは会釈する。
見るからにへとへとの顔なせいか、心配そうにのぞき込まれてしまった。
「どうしました? なにか──あっ、村の宿泊施設に虫が出たとか?」
「いえいえ。快適に眠れましたよ……て、虫出るんですか?」
「詳しくは口にしませんけど、あの宿古いんで、どこかの部屋では枕元で小さい虫が一斉に孵化してバーッと寝ているお客さんの頭に……なんてことも」
「それは……眠れなくなりますなあ」
トラウマになりそうな光景をさらっと口にされてしまった。村生まれ村育ちと思しきのどかなステフの顔には一切の悪気はない。
「お疲れのようでしたら何かお手伝いしましょうか? 昨日は護衛でお世話になりましたし」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。ガルダンさんのとこに寄り道するだけなので」
「ガルダンの? ああ、銀弾の鋳造を見学されるとか」
「そうなんですよ。見学させてもらった後、いろいろ詳しくお話聞いてみたかったんで」
「ほー。我が村の銀にご興味が!」
「ええなんとなく。さすがにお高くて早々購入できないので、知識だけでも身に付けたいなーと」
なんとも適当に、銀への関心を曖昧に答えるとステフが人のいい笑みを向けてきた。
「それなら私の方で、お答えできることがあれば伺いますよ」
「えっ。いいんですか?」
「はい。なにせ銀を採って、素材を販売して、加工した商品も卸しているわけですから。売った先がどういう用途で使っているのかも知ってる範囲でお答えできますよ」
「なんと」
それは願ってもいないことだった。銀弾のみならず、素材の銀が村からどのように流通しているのかは、後ほどステフに訊ねようと思っていたところだ。クシャナはずいと一歩前に進み出る。
「今日の卸売でも銀弾は出荷したんですかね? どちらの業者に渡したんでしょうか?」
「あ、はい。──とその前に」
ステフは何かを思い出したように視線を横に逸らした。
「すみません。ちょっと雑用思い出したので、村の中心にある広場で待っててもらってもいいですか? いつも卸業者とやりとりしているところです。村の外から来た業者とは大抵そこでやりとりしているんで、今も賑やかなはずです」
「わかりました。そこでお待ちしてます」
クシャナは頷き、ガルダンの店からルートを変えて村の中心広場に向かった。
外から来た人間とも直接話が訊けるかもしれない。仕入れた銀をどこの誰に卸しているのか。銀弾の需要がある場所も判るかもしれない。
手がかりの気配は濃厚だ。
──と思ったら、思ったより閑散としていた。
「……おや」
村人が行き交うが雑踏と呼べるほどの賑わいはない。
もしや、業者はもう村の外に出てしまった後か?
「あれー、クシャナさんだ」
気楽な声に振り返ると、そこにいたのはあのお調子者にして配送業者のヒューゴだった。
「おおヒューゴ君、久しぶり。テリーゼのナンパ失敗の現場で見て以来かあ」
「あああそういうイヤなこと言うんすかァ⁉ 大人げないっすよクシャナさん!」
ヒューゴは電光石火の勢いで噛みついてきた。
「すまんすまん。ところでこの辺に村の外から来た卸業者がいなかった?」
「あ、それならけっこう前に村出ましたよ」
ヒューゴは頭を掻きながら即答する。
「色々物資詰め込んで、ちゃっちゃと取引完了して『幼魔獣に気を付けて』とかって手早く引き上げてました。北部の近道ルート突っ切っていくとか」
「あれ、そうなの……そんなに早くに」
話が違うじゃないかステフさんよ、と内心クシャナは嘆く。せっかくガルダンに訊ねる時間をこっちに回したというのに。ただでさえゆっくりしていられる時間はないのに。
しかし今文句を言ってもしょうがない。クシャナが気を取り直していると、
「いやー、オレもちゃっかりそのタイミングで村出ようとしたんすけど、業者の護衛してる奴に止められましたよ。『オマエ無関係だよな。護衛しねーぞ』って。非情すわー」
「それは悪質な便乗だからねえ。あと、ヒューゴ君そこで村出ようとしてたの? 俺たちを置いて?」
「それに後で気づいたんで、村に留まっているというわけですよ!」
「何を威張っているのだ、きみは……約束守ってよ?」
これが若者のバイタリティというやつだろうか? 恐るべき抜け目のなさだ。
「そんなヒューゴ君に朗報だ。今日明日には村を出るから、準備だけしてもらっていいかね」
「おっ……! 了解っすわ! すぐに準備します──と、その前に」
自前の馬車に向かいかけて、ヒューゴはさっとクシャナに身を寄せて声を潜めた。
「……テリーゼちゃんって今、どこにいるんすかね? ほらあの、この村イチの美人!」
「お仕事中じゃない?」
「あっ、その反応は場所知ってる感じですよね、クシャナさん。教えてくださいよー。テリーゼちゃんのお仕事現場。オレ、出発前に偶然を装って話しかけて蜜月タイムといきたいんですよ」
「……いけるかなあ」
「オレを信じてくださいよ~」
「信じてどうすんのよ」
「テリーゼちゃんのいる所に行きたいから教えてください!」
「いいのかね? 虎の口だぞ」
「トラ? あっはは、大丈夫ですよ。跳ねっかえりの美人の相手も慣れたもんすから!」
ナンパ野郎はとびっきり陽気な笑顔で親指を立てて見せた。
大いなる誤解をしている青年を、クシャナはしばし見つめた。
──いやいや、きみが今頭から飛び込もうとしている虎の口とは戦場で最も苛烈な地点を意味するぞ。お目当てのテリーゼの職場の主は彼女の父親であるガルダンだ。ナンパ野郎は「ぶっ殺す」とか意志も強めに宣っていなかったか。そんな戦場に手ぶらで向かうとは……死ぬ気か。
「さあさあ、出発迫ってるなら早く教えてくださいよクシャナさん、はやーく!」
ばたばたとその場で足踏みして今にも走り出しそうなヒューゴ。
これも人生経験か、とクシャナは妙な納得をする。
「えーと、そっちの商業店が並ぶ通りの、金物屋さんだよ。店の扉に綺麗な銀のドアベルがある」
「クシャナさん、センキューソーマッチ! 行ってきますわ!」
ヒューゴは高らかに言い放つと、あっという間に駆け去ってしまった。
──俺もあの店に用事があるから一緒に向かえばよかったか、と少しして思い当たる。でも今行ったら入店するなりガルダンの父性に基づく鉄槌の餌食になったヒューゴがいるだろう。今の自分にガルダンを止めたり、場をフォローする体力があるだろうか。
フォローといえば。
ナタリーとフルガラの村の外部での討伐状況も気になっていた。
無事、だとは思うが同時に危険であるとも感じ取っている。何かが起こりそうだがどうにも集中力が散漫で、予感は明確に像を結ばない。
クシャナは疲れた首をぐるりと回した。
「……どうにも思考が弛んでる」
自分の現状を声に出して耳で聴き取って、自覚する。
やはりセオドールとの霊剣による交戦はただでは済まなかった。あの場で気絶してもおかしくなかったのだ。無理して動いている反動が、気怠さとなってじわじわ全身を襲っている。
これは良くない。むしろ今から緊張しなければならないのに。
──ぺしんっ、とクシャナは自分の頬を掌で叩いて自らに喝を入れる。年甲斐のない鼓舞だが、自身を奮い立たせたナタリーに倣って自然とそうしていた。
刺激で気を仕切り直して、クシャナは歩き出した。
向かった先は村全体を一望できる物見櫓だった。村の人に頼んで登らせてもらうと、境壁の外に目を凝らす。
北部で靄──瘴気が蠢いている地点があった。濃度からして幼魔獣が現界しているようだ。
たしか村の外から来た業者が北部ルートを通っているはず。護衛も付いているし、フルガラとナタリーが討伐に出向いているのでまずは安全だろうが──
「…………ん?」
クシャナはさらに靄の奥の気配を探ろうと櫓から身を乗り出した。
望遠鏡もないので肉眼恃みだが、靄に揺らぎが見える。その奥で。
稲妻が迸った。
「──!」
黒い靄が膨れ、墨色の積乱雲と化す。さらなる膨張を誘うように稲光が幾重も発生し、靄に罅を走らせる。
次には轟音が大地を貫く。
黒い靄に、ひときわ大きな雷が一条迸った。
割れた空間を引き裂くように両手が黒い靄を押しやり、身を乗り出し巨体が世界に現れ立つ。
二本足で。佇立している。
「魔獣……!」
愕然と口走ったクシャナに呼応するように、直後それは巨大な咆哮を天に向かって轟かせた。
なんの前触れもなく、突然、魔獣は現界した。




