第四十二話 気楽な討伐のお誘い②
「とぇ? 討伐? 剣客としてって……魔獣じゃなくて、幼魔獣の討伐ってこと?」
「そ」
意外な内容に目を点にするナタリーに、フルガラは頷いた。
「剣聖は魔獣だけを斃す存在じゃないからね。魔獣じゃなくても領土騎士や自警団では手に負えない手強い幼魔獣はたっくさんいるでしょ? 領主からの依頼とか、〈七聖〉の使いのお達しでフルガラたちが出向くこともあるんだよ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」感心するナタリーにフルガラは笑いかけ、「大陸世界の秩序と平和を守ったり助けたり──〈七聖〉の剣聖は日夜励んでいるってハナシだよ」
聞こえはいいが、それが言葉通り平和への貢献ではないとクシャナとナタリーは知っている。
圧倒的な戦力で幼魔獣や魔獣を討滅する力を持つ剣聖。
しかし剣聖は本来人では〈真髄〉を以て魔獣を制御し世界の脅威を維持しているという側面も持つ。
「剣聖がいなければ魔獣によって都市は壊滅し、人々は鏖になる」──この既成事実をまかり通すため、剣聖自らがその都市にいる無辜の人々を刃にかけることすらある。
アーノルドがエーベンで剣聖として果たそうとしていた務め──都市の潰滅と鏖──あの行いは、紛れもない事実だった。
フルガラは二人の反応に構わず話を続ける。
「この村まで来たついでに周辺の山中にいる幼魔獣を討伐しろって〈七聖〉の使いからお達しがあったんだ。人使い荒くない? ついでで頼むには大仕事だよ。そこでぜひ、ナタリーの力をお借りしたいって話なんだよねぇ」
「そうなんだ。まあ……そういうことなら」
フルガラへの警戒心は露骨に目と声に表しつつも、ナタリーは話の筋には納得していた。
「んふふー、話が早くて助かるよ。ナタリーにも悪くない話だと思うよ? なにせ現役の剣聖の腕前ってのをその目で見ることができるんだから。フルガラから目が離せなくなるよー? まあ目にできればのハナシだけどねっ」
きりっとピースサインを目元に添え、お茶目なポーズを決めて見せる。
「むぅ、見たいような、あんま見たくないような……」
修行に励む剣客としてまたとない機会ではあるが……フルガラが自ら口にするありがたみは素直に受け取れなかった。だっていきなり蹴ってくるような人だし。
そんな複雑な表情のナタリーの肩に、クシャナぽんと手を置いた。
「行ってみよう、ナタリー。たしかに村周辺の幼魔獣の現界は増えてるみたいだし、軽量級の剣聖から見て学べることはきっと多い」
「……! 師匠、」
「おっとっと、クシャナはお留守番だよ?」
「ん? 一緒に討伐するんじゃないのかね?」
制止させるようにぴっと掌を向けられ、クシャナが目を瞬かせる。
「言ったでしょ? フルガラはナタリーに頼んだの。クシャナにはセオドールから話があるんだって」
「セオドールが──」
「探り合いってやつかな」
思わせぶりな表情で、フルガラは微笑む。
「やっぱり昨日だけじゃ十年ぶりの再会で積もる話を消化しきれなかったんじゃない? 村でセオドールとお話しなよ。その間にフルガラとナタリーが村の周りをキレイにしておくからさ」
「師匠、あたしフルガラと行ってくるよ」
「……平気か?」
何か心に決めたようなナタリーに、クシャナは訊ねた。このフルガラという剣聖と行動を共にすること、万全ではない体調で討伐に臨めるのか、という懸念点を含めて。
「平気だよっ。ちょっと昨日は反省点も多かったから、今日の討伐でちゃんとさせてくる。
あと──コイツなら別に討伐で見殺しにしてもよさそうだしっ!」
びしいっ、と攻撃的にフルガラに指を突きつけると、指先に居る剣聖はきゃらきゃらと明るい笑い声をたてた。
「あはははは! いーねえ! 助けてくれないのぉ? 別にいいけどさぁ」
余裕ゆえか、ナタリーの負けん気を心地よく楽しんでいる。
「じゃあ一つだけ、いいかフルガラ」
「ん? なぁにクシャナ」
「ナタリーを斬るなよ」
だしぬけの率直な言葉はフルガラも不意を突かれたらしい。
大きな碧眼をぱちくりとしばたたかせている。
「無礼を承知で単刀直入に言うが、お前さんは信用ならない。討伐でナタリーの力が必要だっていうのが本当なら、彼女を戦力として扱ってくれ」
──今、ここでフルガラが自分たちに斬りかからないのは何か理由がある。利用するつもりなら、騙し討ちなんて真似はしない、はず。確認も兼ねて約束を取り付けると。
「えひ──いいよ、もちろん」
クシャナの意図を汲み取ったか、フルガラは屈託なくうなずいた。
「約束する。ナタリーを討伐に乗じて斬るなんてしない。まあ斬る価値もないしね」
「……うぅおおおおおおおおおっ!」
「待ちなさいてー」
背中の銃剣を掴みフルガラに飛び掛かろうとするナタリーを、クシャナはすかさず抑え込んだ。
じたばた暴れるのでやむなく羽交い絞めにすると、怒れる両脚が宙を掻く。
「ふぅぐおおおおおおっ! 止めないでよ師匠ーっ! こいつ……っ、絶対一発ぶった斬ってわからせてやるっ!」
「あははー、ナタリーにフルガラが斬れるかな?」
「よっしゃかかってこい上等だぅおらーっ! 剣聖がなんぼのもんじゃいーっ!」
クシャナに捕まえられているナタリーの前で、フルガラが面白がって煽っている。
「あーいいね、今のはなかなか楽しかったよ、クシャナ」
ふと、目の前で大暴れを空転させているナタリーの向こうに立つクシャナを、フルガラはじっと見つめてきた。
「お互い何を考えているのか、明確には掴ませないこのカンジ──探り合いの醍醐味ってやつかな? フルガラも学びを得たよ。いいね。ヒリヒリしてクセになりそう」
「何がいいのかは知らんが、これ以上ナタリーを怒らせないでくれよ」
「ええー、ダメ? しょうがないなあ。──じゃあナタリー、行こっか!」
「勝手に話を片付けんなあ⁉」
さっさと門扉に向かうフルガラを追うべく、クシャナから解放されたナタリーは駆け出した。
一度、くるりとクシャナを見て「師匠、村のこと頼むねっ」と告げた。
クシャナはしっかりと頷き、小さく開門された扉から外へと抜ける二人を見送った。
──二人が村周辺の幼魔獣討伐をこなしていくとして。
自分には、向かい合わなければいけないことがまだある。
クシャナはセオドールの姿を探すべく、踵を返し歩き出した。




