第四十一話 見学と覗き見と睨み合い②
工房は少し気温が高かった。窯の火は絶やさず維持されている。クシャナたちでは名称のわからない鋳造のための器具が作業台にずらりと並んでおり、売り物を並べている店頭とは異なる迫力があった。一見煤けて見えるが、足元や作業場に塵や埃はなく神聖な仕事場という印象だ。
「じゃあ仕事するからな! 黙って見てろよ! 自分が覗き見してるって自覚しやがれよ。作業中にテキトーな話してきたら窯に放り込むからな!」
「そんなことしたら逮捕してもらうからね、父さん」
やたらと厳つい発言ばかりするガルダンに、後ろからテリーゼが呆れ混じりに釘を刺す。
「物騒なことばっかり言ってるけど、そんな態度で職人として威厳が付くとかないんだよ? どうしてそんなワンワン吼えるの?」
「……しょうがないだろ! 口が悪いのは生まれつきだっ」
「はい開き直らないでー」
娘はぴしゃりと父をいなすと、木製の椅子をクシャナとナタリーに差し出した。
「父の作業中はどうぞこちらに。話しかけられたくないのは集中してるだけなので、作業の後にでもお訊ねしたいことは聞いちゃってください」
「テリーゼありがとうっ。後で質問してもいいの? なんかすごいイヤそうに答えてるけど」
「めんどくさいオヤジなのよ」
ナタリーに耳打ちするテリーゼの顔はすっかり慣れたものだった。
「自分の仕事に興味持ってる人なんて、しかも村の外から来た人なんて嬉しいに決まってるのに、照れたりカッコつけたがって、あんな山賊みたいな反応ばっかしてるの」
「山賊とまで言うかね」
身も蓋もない父親評だ。
思わずたじろぐクシャナに、テリーゼは笑いかける。
「でも嬉しいのは本当ですよ。一昨日仕入れた銀だって、今日の出荷に合わせて昨日のうちに製造してもよかったのに、クシャナさんたちが見学したいっていうから作業延ばして見学に合わせて待っていたんですから」
「え、そうなん」「それはそれは」
「言うなよそれはぁああああ!」
クシャナとナタリーが意外そうな目で見ると、ガルダンは耳を真っ赤にして叫んできた。
「オイ、なんですぐそういうこと言うんだテリーゼ⁉ オレがシャイで照れ屋みたいになるだろ!」
「だって事実父さんはシャイで照れ屋で素直じゃないんだから。お客さんとのフォローの一環よ。ほんとに生前の母さんの苦労がしのばれるわー」
テリーゼは父親の迫力ある抗議などどこ吹く風だった。
父子で営んで来た職人のやりとりは、騒々しくも微笑ましいものがある。
まだワンワンと騒ごうとするガルダンに、テリーゼはパチンと手を打って場を仕切った。
「ハイッ、じゃあ作業開始! いつまでもクシャナさんたちを待たせないの。頑張って父さん。いつものカッコイイ姿見せればいいのよ」
娘の激励に、父は素直に従って作業に入る。
ガルダンの作業の邪魔にならないよう、クシャナとナタリーは作業の様子を静かに見学していた。
銀を溶かして、型に流し込み、弾頭を作っていく。ガルダンの機敏な動きは機械仕掛けのようで、初めて見る作業でも一切の無駄がないことが窺い知れた。
一瞬、ちらりとこちらを見て、弾頭を作る型の形が見えるようにしてくれた。よく見ると、型は二種類ある。
「……師匠、あれ丸形と尖頭だよ」
ナタリーがクシャナに聞こえる声でこそっと耳打ちした。
「あたしがいつも使ってるのは丸形なんだけど、狙撃銃の場合は飛距離がでる尖頭弾が多いんだ」
「狙撃銃のための銀弾まで造ってるのか……」
「使う人がいるってことだよね」
御守の用途だけなら、広く普及している拳銃向けの丸形さえあればいいようなものだ。武器屋で目にすることが珍しい銀弾だが、狙撃向きの尖頭弾はさらに見たことがない。
狙撃銃向けの弾丸をわざわざ作っているとしたら──実際の使用者が存在するということになる。
──銀弾を実践で使用する狙撃手か……
あらためて、ガルダンに訊ねてみたいことが一つ増えた。
午前中のうちに、銀を使った弾丸造りの作業を一通り見学することができた。
溶かしたばかりの銀は型にとって冷やす時間を要する。しかしガルダンは事前に造っていた弾頭をざらっと並べ、手回し式で動く弾丸製造専用と思しき縦長筒状の機械を持ち出した。そこに薬莢をセットし、カラカラと手回しレバーを動かしていく。薬莢は底部に豆粒のような雷管を装着、次に火薬がセットされ、仕上げに銀製の弾頭が蓋のように付けられる──専用機械の小さな筒の中で流れ作業が行われ、一発ずつ弾丸が出来上がっていく。
「これで仕上げだ」
『おお……』
作業は素早いのに丁寧で見応えがある。まさに職人技だ。感動したクシャナとナタリーが神妙な表情でぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
「銀弾ってこんなふうに作られてるんだー!」
「別に作業工程は普通の弾丸とまるっきり一緒だぞ。弾丸部分の素材の違いだけだ」
どうやらそのようらしい。特別な製造工程はない、ということは魔獣にすら有効な破壊力は銀の素材そのもの──それが確かめられただけでも収穫だった。
ガルダンは作業直後の少し疲れた表情で、しっしっと二人を手で払う仕草を見せる。
「もういいだろ。あとは箱詰めして業者に売ったりするだけだ。卸業者のことはオレぁ知らん。
作業は終わったんだから、店の方行ってな」
「はーいっ」
「では後ほど、二、三お訊ねさせてください」
「ああ⁉ なんだよまだ何か訊くつもりかあ⁉」
「いやあすみません。興味が尽きないもので」
「チッ、物好きがよぉ……後でな!」
へらっとするクシャナを、ガルダンは悪態とともに工房から追い出す。しかし応じてくれそうだ。
ふたりは素直に従い、店の方に戻る。
「何訊くの、師匠っ? ガルダンに直売してくれるように頼むとか?」
「それも頼みたいところだけど……怒られないかなあ」
「ガルダンってどこで怒りのスイッチが入るのか、よくわからんよねえ」
扉を開け、店頭にいるであろうテリーゼにもお礼を告げようとした矢先。
「へえええー! これ全部キミのところで造ってるの?」
店内を見回す明るい声。店内の中心での軽やかな回転にふわりとフード付きケープが揺れる。
「……ぅぐ⁉」
ナタリーが鳩尾を殴られたような声を漏らす。
クシャナは内心の驚愕を押さえるのに必死だった。
──居場所を探られたとして……いつの間に居たんだ……⁉
こんな凶暴な気配、近付けば工房の方からも察知できそうなものなのに。
扉を開け、店内からの声を聞くまで全く気付くことができなかった。
視界に入った瞬間、その存在は一層強烈なものになる。
「金物屋さんなんて初めてなのに、すっごい居心地いいねっ。やっぱり匂いかなあ。フルガラ、鉄の匂いだーい好きっ」
花畑でも散歩しているかのような朗らかさを撒き散らしているのは、フルガラだった。
回転をぴたりと止めると、ちょうど店内に戻って来たクシャナとナタリーと向かい合う。
「ね、クシャナもそう思わない?」
そこに居たのはお見通し、とばかりに問いかけてきた。




