第四十一話 見学と覗き見と睨み合い①
「ふぅううううううう……っ」
ベッドに横たわり、ゆっくりと呼吸を繰り返すナタリーを、傍らでクシャナは見守っている。
「鼻血は止まったみたいだ。よかったな」
「よくな……っ、うぅ痛たたたたぁ……!」
反射的に起き上がろうとして、しかし腹部の激痛に悶えパタンと仰臥する。
そのお腹にクシャナは氷嚢をぽすん、と置いてやった。
「応急処置だけど、まずは冷やそうか」
「う、ひええ……お腹が冷たい、風邪ひきそう……っ」
「これはジレンマだなあ」
打撲の患部であるお腹周りを冷やすと、臓器が冷えて体調を崩してしまう。
だがここは外傷の応急処置を優先すべきだろう。クシャナは呼吸のたびお腹の痛みに耐えているナタリーに代わって腹部の氷嚢を支えていた。
「しかしまあ、よく凌いだね」
「ぅぐ……っ、一生の不覚だよ、あんな攻撃モロに喰らって……くそぉ」
「回避が難しい攻撃だったと思うよ。それを喰らって怪我で済んでることを褒めたいね」
「ぐぅ……そんな無理に慰めなくてもいいよ……」
「いや本当に」
はっきりとは言わないが、クシャナは内心で本気の安堵を覚えていた。
──よく死なずに済んだ。
鼻血が出ていたのは、咄嗟の防御に顔を両腕で覆ったからだろう。よくぞ反応したと思う。
腹部への強烈な打撲で済んだのも、ナタリーが無意識に蹴られた方向に自ら飛んだからではないか。
そんな詳細を評価しても、今のナタリーは悔しがるばかりなのでここでは黙っておくことにした。
「ああ、今日のあたしは、さいあくだ……」
ただでさえ、今のナタリーは気が滅入っている様子だった。腕で目を覆って力なく呻く。
護衛での手際に納得できず、不甲斐なさに落ち込んでいた矢先に初対面の剣聖に猛撃を喰らった──すべては自分の至らなさだと。
「ナタリー」
「……ぅん……」
「明日のガルダンの工房見学だけど、無理はするなよ」
「大丈夫だよ師匠。あたし、明日は普通に動ける。そういうイメージは完璧だから」
「それは頼もしい」
「師匠の弟子だから」
ナタリーは痛みに顔をしかめながらも続けた。
「あたしは、師匠みたいな剣客になりたいの。もう何もできないのはいやだ」
ぐっときつく閉じた瞼から、一筋だけ涙がこぼれる。
「……師匠、これは眠たくて出た涙だからね。あたしは簡単に泣くほどヤワじゃない」
「わかってる。もう夜遅いからね」
「早く寝なきゃ……ガルダンのやつ、工房で仕事するの何時からとか、言ってなかったような……」
「なんとかなるでしょ」
うわごとのようにあれこれと呟くナタリーに、クシャナは緩い受け答えを続ける。
そうしてナタリーが眠りにつくまで、氷嚢を支えていた。
クシャナとナタリーは鋳物師ガルダンの店前に立っていた。
「たのもー!」
仁王立ち、腕組み姿勢のナタリーの放つ声が朝の空気を割り、クシャナは苦笑する。
「道場破りみたいに言うねえ」
──朝、宿の部屋の前でナタリーがいつもの装備でいつも通りに佇んでいたので、クシャナは驚いたものだ。
『怪我は大丈夫なの?』
『大丈夫っ』ナタリーは大きく頷き『この通り、身動きも取れるしっ。ほら師匠よく言うでしょーが、筋肉痛って身体動かした方がかえって回復するって』
『言うっけ? 逆ではなく? あとナタリーのって筋肉痛じゃなくてシンプル打撲傷だから』
『そんなことより見学だよ、師匠! 早くガルダンのツラを拝まないとっ』
『不穏な言い方よ』
クシャナの心配をよそに、銃剣を背負ったナタリーは意気揚々と工房に向かう。一応確かめたが、剣聖の二人が追ってくる様子はなかった。
道中で、昨日の護衛で世話になった採掘工のステフとすれ違った。今日も銀山へ向かうのかと思ったら、「今日は銀の出荷作業の手伝いでね。村の外から来る卸業者と商談さ」と気さくに答えた。
小さな村なので、採掘以外にも仕事を兼任して銀の取り扱い全般を担っているようだ。
──ステフにも銀のこと訊いてみるかな、とクシャナは考えた。
〈七聖〉のセオドールたちが今後どう動くかによるが、やっと探り当てた銀弾の製造地まで来たのだ。拾える情報は収集していきたい。
そういえば、セオドールとフルガラは自分達が銀弾の秘密を探っていることまでは知らないはずだよな……?
「──たのもー! ……あれ? たーのもー!」
「うるせえええええええ!」
店の扉がバーン! と開かれ中からタオルを頭に巻いた大男が、鳩時計のハトより勢いよく飛び出してきた。
「朝っぱらからなんだようるせえ! 迷惑考えろバカヤロー! 何の用だあ⁉」
「どうもおはようございます。見学ですー」
「ああん⁉」
「ガルダンさん、銀弾造るところ、見せて見せて!」
「ちいっ! まったく剣客ってのはつくづくヒマなんだなあ! こんな朝からよ」
ガルダンは露骨に顔を顰めてて見せた。クシャナはその険しさをへれっと受け流す。
「まあまあ。明朝から製造するとおっしゃっていたのでさっそく伺いました」
「父さんうるさーい。ご近所さんの迷惑考えてよ、もう」
と、店の奥から腰に手をやって父親を叱るテリーゼが現れた。朝の開店準備をしていたらしい。
父親に向けていた冷たい視線が一転、にっこりとクシャナたちに
「おはようございますー、クシャナさんとナタリー。昨日は護衛お疲れ様でした」
「おはよう。朝からすまないね」
「テリーゼおはようっ」
「さあどうぞ、入って入って。こっちの五月蠅いのはしまっちゃいますからねー」
「おいっ、テリーゼ、ちょ」
テリーゼはクシャナたちを店内に迎え入れた。
娘に押し退けられたガルダンの切ない抗議は宙に消える。
「──ガルダンさん、銀弾って毎日製造してるんですかね?」
店内を見回しながら、ふとクシャナは訊ねた。
「弾丸の製造って日にどのくらいで?」
「なんだてめえは! そんなこと訊いてどうする⁉」
「あ、いや、色々知りたいなーと思いまして」
「毎日弾丸ばっか造るわけねーだろ! こちとらそんなヒマじゃねえ!」
「なんかすみません……」
なぜか怒られたので、思わず謝るクシャナ。
「いやあ、さっきお店に来る前に採掘工のステフさんに会ったんですよ。てっきり彼が昨日採った銀を今日もお店に提供しに来た、とか、日頃頻繁なやりとりがあるのかと」
「ああ? ステフだと……チッ、あいつも毎日よくやるよな」
ガルダンは面倒そうにがりがりとタオル越しに頭を掻きむしった。
「別にステフは店に来てねえよ。たまたますれ違ったんじゃねえか? あと、弾丸は注文あったときと素材が手に入れられた時にちょこちょこ製造してる。銀弾はたまにだ。なんか知らねえが銀弾は高ぇからな。小遣い稼ぎになるんだよ」
「なるほど」
鋳物師のガルダンに「特別なものを製造している」という意識はないわけだ。そう考えると、武器屋に並ぶまでの流通ルートの関係者も同様かもしれない。
銀弾はあくまで「高価な弾丸」で「ただの御守」の認識であると。
「ぐだぐだ質問してねえで、とっとと造るぞ! 邪魔はすんなよ!」
「はい。もちろん」
話を切上げ、ずかずかと店の奥の工房へと向かうガルダン。クシャナとナタリーも大人しくその後に続く。




