第四十話 探り合いも悪くない②
資材倉庫の周辺は、未だにざわついている。
倉庫に開いた大穴、衝撃で崩壊した資材の残骸が地面に散らばるが、誰も近づけない。
その中心部に、二人の剣客が立ったままだからだ。
ひとりは怒気を押さえた険しい表情で、もうひとりはにまにまと相手をからかうような眼差し。
一触即発のにらみ合い──と判断するには異様な状況だった。片や静かすぎて、片や無邪気すぎる。
気づくと村の人々が大きな輪を作って恐る恐る剣客たちを環視していた。
「フルガラ、まずは答えろ。なぜこんな真似をした」
「ナタリーを蹴ったら思ったより記録が出来ちゃったんだ。ボロい倉庫まで派手に吹っ飛んじゃってさぁ。人ってあんなに飛ばせるものなんだね」
「なぜそんな真似をしたんだと聞いている」
「弱すぎるから」
唐突に、フルガラの声音が刃物の危うさを帯びる。
「フルガラの〈真髄〉で斬る価値もない。あーあ、元・剣聖の弟子っていうからどれだけ見込みあるのかなと思ってたのに。お話にならないや」
「それが理由なのか」
「他にあると思う? ああでも死ななかったね。それはすごいかも?」
とぼけた眼差しを斜め上にして、、顎には人差し指をそえている。
「……アーノルドの件に、彼女は関係ないはずだ。二度と手を出すな」
「関係ないことはなくない?」
咎めるセオドールに、フルガラはきろりと目を向けた。
「クシャナの弟子として魔獣討伐にもいたってことでしょ? 無関係と判断する方が難しいって」
「俺たちが判明させるべきなのは、アーノルドを斬った存在だ。疑わしいものや関係者に暴力を振るうことではない」
「ねーセオドール、もうこの問答やめにしない?」
フルガラは、どこか宥めるような口調でセオドールに詰め寄った。足一つ分ほどもない間合いで二人は身体を突き合わせる。
「もう大体理解できてるはず。アーノルドを斬ったのは元・剣聖のクシャナだ。弟子のナタリーってのもそれを知ってる。下手人と目撃者──両方消し去る必要がある。そのためにセオドールとフルガラはここまで来た。でしょ? ねえセオドール、クシャナは白状した? アーノルド斬ったって」
最後の問いは、ただの確認だった。これからフルガラは口にした通りに動くつもりだからだ。剣聖殺しのクシャナとナタリーを斬る。決定事項を共有するための。
セオドールはフルガラと視線をぶつけ、一渺の揺らぎもなく答えた。
「…………言うわけがないだろう」
「──あれ? そうなのっ?」
フルガラは心底意外そうに、きょとんと目をしばたたかせた。見つめる相手の目に偽りはない。
──セオドールは嘘をついたらわかりやすそうなのに、そんな気配は微塵もない。
えひひ、とフルガラは口を横に開いて子どもっぽく笑った。
「そうなんだ。なぁんか意外。だってクシャナならセオドールが訊いたら正直に答えそうなのに」
「明日あらためて俺が訊く。フルガラ、あなたは余計な真似をするな。これは俺が責任をもって対処する」
「それはフルガラに頼んでいるってこと?」
ぐい、とフルガラは近すぎる間合いからさらに顔を寄せてきた。キスでもしそうな距離だ。セオドールは退くことなく距離を維持したまま真剣な表情で答えた。
「そうだ。頼む」
「──えひ。いいよ」
フルガラは満足したように頷くと、くるりと身を翻した。
「セオドールはフルガラと違って慎重だもんね。真相を明らかにするために、相手に訊ねて、出方を探る──時間はかかるけど、セオドールにとって今回はその方がいいもの、ねえ?」
セオドールは何も答えない。だがフルガラはとうに納得していた。
「いいんじゃなーい? 手っ取り早いのが好みのフルガラも、たまには探り合いってやつを楽しんでみるよ。退屈しのぎに最近幼魔獣がウヨウヨしちゃってるヤルルク岳をピクニックするのも悪くない」
フルガラは軽やかな足取りでその場を去る。
その背中を見つつ、ふとセオドールは思い至った。
──クシャナが回りくどいやりとりをせず、アーノルドを斬ったと自分に告げたのは、フルガラの危険なまでの好戦的気配を察知したからだろう。
フルガラはとうにクシャナを斬るべき存在と断定している。下手な小細工やごまかしはかえってフルガラを刺激する。周りを巻き込みながら、最終的にクシャナを斬るに至る。
クシャナはきっと、そんなフルガラの本質を見抜いている。だからこそ早急に標的を自分に絞らせるために「俺が斬った」と自ら宣言したのだ。
だが、フルガラの凶暴の方が先だった。
クシャナの弟子・ナタリーはその凶気の餌食となってしまった。死なずにいたのはほぼ奇跡だ。
──探り合いか。
セオドールは眉間を翳らせる。
クシャナもフルガラもそれぞれの理由でことを早く動かそうとしているが、自分には確かめなければならないことがある。
クシャナがアーノルドを斬った「理由」だ。
剣聖を斬り、〈七聖〉を敵に回すことすら決意させたその理由を。
セオドールはなんとしてでも明らかにしたかった。




