第三十九話 挨拶代わりの②
ナタリーは真正面でフルガラと目を見合わせたまま、口を開いた。
「教えない」
「んん?」
「だってフルガラの質問は師匠のことで剣聖絡みの話だから。そんなのあたしが一人で勝手に喋っていいわけないでしょーが」
咄嗟に誤魔化すでも否定するわけでもない。
ナタリーは嘘をつかないことを選択した。決定的な答えを回避する。
「へえ」
フルガラは細めていた目を片目だけ見開き、感心したように鼻を鳴らす。
「なかなか慎重なお弟子さんだね。お師匠さん思いだなあ」
「だってフルガラが師匠のこと斬りつけるかもしれないんだもん」
「あはは! なかなかいい読みしてるよナタリー。そう、斬るよ。当たり前でしょ?」
フルガラは滑らかに自身の意図を答えた。身構えていたナタリーが面食らうほど無造作に。
「剣聖を斬り殺すやつなんて、この世界に存在したらダメじゃん」
今まで見せてきたなかで最も無垢な笑顔で、フルガラは言った。
「剣聖よりも強い、剣聖ではないやつ──そんなの存在していいわけがない。この大陸世界でイチバンなのは〈七聖〉の剣聖。他はぜーんぶそれ以下。それが肝心──最強の剣聖もそう言ってる」
あーあ、とフルガラは溜息を挟む。
「アーノルドもさ、面倒なのに斬られちゃって死ぬなんて──なんてバカで弱いやつなんだろ。よりにもよって元・剣聖に殺されるなんて。流れ弾に当たって死んだほうがマシだって」
ねえ? とフルガラは小首をかしげてナタリーの目を覗き込む。夜にも鮮やかな碧眼で。
「──あ、でもまだ決まってないんだっけ? クシャナがアーノルドを斬り殺したのかどうか」
「そうだよ」
ナタリーは負けじとその目を見返した。青い目に力がこもる。
「それにもし──そうなんだとしても、あんたが簡単に師匠を斬れるわけがない。師匠は最強なんだから」
「……えひ」
ナタリーの目を見つめていたフルガラは、くすぐったそうに笑った。
「斬れないの? そっかあ。弟子はともかく、クシャナへの期待は高まっちゃう──かな」
ふっと頭上の重みが消える。
ナタリーの頭に置いていたフルガラの手が離れた。自重が不意に変わり、思っている以上の圧迫に耐えていたのだとようやくナタリーは気付いた。
目の前でぱあっとフルガラの笑みが切り替わる。剣呑は失せ、溢れんばかりの魅力的な笑顔でナタリーにすっと手を差し出してきた。
「それじゃフルガラはクシャナにも訊ねてみることにするよ。話はそれからだ。そうでしょう?
決めつけてケンカするのは良くないもん。だから今は仲良くしようよ、ナタリー」
「うん。そういうことなら」
あらためて挨拶の握手をするため、ナタリーも手を伸ばす、刹那、
身体の前で衝撃が轟いた。
胴体がなくなったのではと思うほどの強さに圧され、ナタリーの身体は簡単に浮いて、真後ろに飛び、背後にあった資材倉庫に突っ込んでいた。
腹部に次いで、背面を襲う強烈な衝撃。全身は一瞬にして感覚を失う。身体が千切れ飛んだと錯覚する。
周りの音が聞こえてきた。目を動かすと木造の倉庫の壁に大穴が空き、中に積まれている資材が崩れている。自分が吹っ飛んだせいで壊れちゃったんだ。沢山のものがひっくり返り物音ががなる。間を置いて、人の悲鳴と怒号もきこえてきた。音が、思考が、掻き混ざる。
「なんだどうした⁉」「爆発か⁉」
──まずい。やばい。
周囲の混乱がナタリーの脳内を忙しなくさせた。周りが大事になってる。どうして。
──フルガラの蹴りを喰らったからだ。
やっとそこに意識が至る。
腹に蹴り込まれたフルガラの蹴撃。
それを、まともに喰らったんだ。
──不覚、すぎる……!
いったん敵意を引っ込めた相手を素直に信じて、油断した。
悔しさに歯噛みした瞬間、激痛に襲われる。強烈な痺れも。全身の痛みで息ができない。膨張する血管を感じるナタリーの耳元に、弾けるような明るい声が飛び込んで来た。
「あっはははははははー! すっごい派手に吹っ飛んだねえ! 新記録だよナタリー!」
直線上、その先でお腹を抱えて大笑いしているのはフルガラだった。
何事かをまだ把握できずにいる人々に構わず、あやされた赤ん坊のように純度の高い笑い声をたてている。
「ナタリーってば、あんまりにも素直にこっちの言うこと聞いてくれるからさあ……! つい蹴っ飛ばしてぶっ壊してみたくなっちゃったじゃんかぁ!」
激痛のなか茫然とするナタリーに、フルガラはおどけるように片足立ち、ピースサインを顔に寄せてポーズを作って見せた。
「ごっめぇーん! わざとだよっ!」
詫びとは程遠い底抜けな陽気さで、フルガラはナタリーに言い放った。




