第三十九話 挨拶代わりの①
ナタリーはフルガラに誘われて資材倉庫の前まで歩いていた。
跳ねるような足取りでケープの裾を揺らす背中を眺めていると、くるっとその身が翻る。
「キミはクシャナのお弟子さんなんだよね?」
「う、うん」
あどけない顔立ちが気さくに笑いかけてくるが、なぜか気圧されたナタリーはぎこちない。
目の前の存在が『七人目』の剣聖であるからか。
「あはは、緊張してる? 気楽にやろうよ。年も近いんじゃないかな。フルガラは十八だよ」
「えっ、そんなに若かったのっ?」
「うん。ナタリーは?」
「あたしは十七。えっ、じゃあ剣聖になったのは──」
「二年前だよ。今はフルガラが剣聖の最若手。みんなの後輩として可愛がってもらってるんだー」
「そっ⁉ じゃあ十六で……⁉ うわわ、すごいねそれは」
「でしょ? 働き者だから信頼もある。今回も〈七聖〉の使いの頼みで討伐以外のお仕事してるの」
「!」
驚異的な経歴に衝撃を受けていたナタリーに不意の緊張が走った。
剣聖が討伐以外で〈七聖〉に遣わされる仕事──思い当たるのはエーベンの魔獣討伐の一件だ。
そこで師匠と〈真髄〉ではない力で魔獣を斃し、剣聖・アーノルドを討った。
〈七聖〉に目をつけられるには充分な理由だ。
クシャナはナタリーには〈七聖〉関連についてあまり言及しない。不安を煽らないためだろうか、あくまで「魔獣を斃し得る新しい力・銀弾の究明」を旅の目的にしている。
でも──追手の気配を気にしてはいるはずだ。休む暇もないヤルルク岳までのペースからそれを察したナタリーは、修行がてら師匠のペースについて行っている。自分もクシャナの弟子として、〈七聖〉と向かい合うつもりでいるからだ。
……つい先程の討伐で、少々自信は減退したものの。
ひとり挫けている場合ではない。ナタリーは緊張感を高めてフルガラを見た。
「討伐以外の仕事って、なに?」
「知りたい? でも……なーいしょっ!」
潤んだ果実のような唇に人差し指を添え、フルガラは魅力的におどけてみせた。
「セオドールと一緒だからね。フルガラが勝手にお仕事のこと言いふらすわけにはいかないよっ」
「そ……それもそっか」
相手を探るつもりが出鼻をくじかれ、しかし素直に納得してしまうナタリー。
あらためて、目の前のフルガラを観察する。
十六で剣聖になり、はや二年になる『七人目』
その情報だけで、想像を絶する天賦の剣客であると断定できる。
弾ける愛嬌を振りまく、自分と同じ背丈の──少女……いや、少年だろうか?
愛らしい顔立ちや無造作に伸びた金髪──この辺りは男女どちらでも通用しそうな要素だ。
太腿まで見える足の細さからして女の子と見受けられる。
一方でしっかりした首筋の線には同世代の少年に通じるものがある。
ケープから上半身がちら見える。華奢で、胸板は薄くて、腰の細さは女性的で──やはり見た目のどこをとっても、男女を決定づけるものがなかった。
そこでナタリーははっとする。
揺れた裾の奥で、フルガラの腰にある得物に気付いた。
刺突剣と短剣。
獣の牙でも見つけたような気分になる。
「どしたの?」
寄せていた視線と内心を見透かすように、フルガラが小首をかしげて見せた。
「フルガラのことじろじろ見ちゃってさ」
「あっ、ごめん。えっと……あの、失礼だったらごめんなんだけどっ」
ぱちんと勢いよく両手を叩き、お詫びするように手を合わせる。
「フルガラって女の子なの? どっちかわからなくって、それで、じろじろ見ちゃってた。ごめん」
素直に思っていたことを白状し、合わせた両手越しにちらりと窺うと、一瞬目を丸くしていたフルガラが、「ぷっ」と噴き出した。
「そんなに気になる? フルガラのこと」
「うん。剣聖で、年も近くて、かわいいくてかっこいいし」
我ながら素朴な感想をそのまま零していたら、フルガラがぽんっとナタリーの頭に手を乗せてきた。
「えひひー。ナタリーってば、ピュアな感想だねえ。素直でよろしい」
なでなでと、馬でも労うような手つき。意外と大きい手だった。髪の毛越しに指の硬さを感じる。剣を手にする者特有の皮膚の感触だ。
ナタリーは髪の毛がくしゃくしゃになるくらい、強めに撫でられていた。
「えひ。フルガラは男子と女子どっちかな? でもさあ、たいして重要なことじゃなくない? どっちか判ったところでフルガラはフルガラだもん」
「……それもそっか」
にこにこと愛想よく断言され、再びナタリーは素直に納得した。
なんといっても、男女関係なく十八歳の剣聖なんて問答無用の規格外なのだから。
「ごめん。失礼なこと聞いて」
「ぜんぜん。キミの質問なんてまったく気にしてないよ。そんな価値ないもん」
──ん? とナタリーは引っかかる。ところでフルガラはいつまで自分の頭を撫でまわしているのだろうか。
「じゃあフルガラも質問していい? キミの師匠で元・剣聖のクシャナのことなんだけどさ」
「師匠の?」
「そ。あの人さあ、アーノルド殺した? フルガラはそれを知りたいんだよね」
「──!」
息を呑むナタリーに、フルガラは目を細める。
「フルガラはね、手っ取り早いのが好きなんだ。ごちゃごちゃ探り合ったり駆け引きなんてめんどい。だから知りたいことはすぐに訊くの」
ナタリーを撫でる手が停止する。自分と真正面で向き合わせるように、その指はナタリーの頭を静かに掴んでいた。
「ねーナタリー、知ってたらフルガラに教えてよ」
フルガラは無邪気に訊ねた。ナタリーの頭を掴む手は、力がこもっているわけでもないのに異様な圧力を頭上から与えている。質問に答える以外の選択肢はないと思わせるほどに。




