第三十八話 『八人目』と『六人目』の再会②
いつかセオドールと会うことがあれば、どんなことを話すつもりだったか──
この十年の間に、考えなかったこともない。
しかしとにかく、まず思うことは──
「生きててよかったよ」
その一言につきた。
「十年も剣聖として過酷な戦場に身を置いてきたってことだろ? いや十年か……やっぱりセオドールは稀代の剣客だったんだなあ」
しみじみとじじむさい思いを率直に口にすると、セオドールは小さく笑った。照れ隠しのささやかな笑みは、剣聖選抜で実力をほめちぎった時にも見たものだ。
「十年だろうと上には上がいるから。俺は古い順に四番目だし、実力も──周りに及ぶとは思えない」
「相変わらず謙遜するねえ」
ふとクシャナは剣聖の顔ぶれを思い出す。
この十年で剣聖も半数が代替わりしている。クシャナが風の報せで把握している剣聖のうち、セオドール以上の古参は『一人目』のノウマン、『二人目』のあの女性、そして『三人目』のアーノルド──だった。
クシャナはセオドールに向き直る。
「再会は奇遇でもなさそうだし、むしろ喜べない類のものかもしれんな」
思い出話を中断するが、セオドールは動じることなく重々しく頷いた。
「……ああ。俺たちはクシャナの行方を追ってここまで来た」
「ちなみに、俺がここにいるって情報はどこから」
「アーノルドの元徒弟だった剣客──ベアトリクスから聴取した。クシャナがヤルルク岳に向かっていると」
「そうか」
──答えたのは土地名のみで、その目的までは話に上がらなかったのか。ベアトリクスが自分達をかばうような受け答えをせずに済んだのならよかった、と内心安堵しつつ、
「わざわざこんな山奥まで俺を追ってきたのは──アーノルドの件だろ?」
単刀直入に問うと、セオドールは硬い表情になる。
「エーベンの魔獣討伐で、アーノルドを斬ったのはあなただという話が上がっている」
そんな提言をしてくるとしたら〈七聖〉の使いだろう。討伐には使いが一人随行していた。
使いは真相を確かめるため、セオドールとフルガラを仕向けてきた──
だとしたら、悠長にしている時間はない。クシャナは口を開いた。
「俺が斬った」
真実を告げ、疑惑を肯定する。
〈七聖〉による大陸世界の支配の仕組みと、ノウマンが提唱する世界維持の最適解を否定するため。
アーノルドを斬ったのは、自分だ。
セオドールの見開いた目が乾いていく。ある程度の予感と覚悟を抱いていたようだったが、絶望を決定的にされた衝撃がある。
「なぜそんな真似を」
「〈七聖〉の支配に依らない戦い方を見つけたんだ」
クシャナは静かに答える。
「俺は十年前、戦いを丸投げしてセオドールに押し付けた、剣客の端くれにも置けない卑劣漢だった」
「あれは……!」
否定しようとするセオドールを振り払うように、続けた。
「それでもやっぱり、〈真髄〉を生み出すあの方法を俺は許せない。〈真髄〉を軸にした〈七聖〉のやり方も。あの支配の仕組みを知った以上は、なおさらだ」
その瞬間、セオドールの目元が揺らいだ。
なんだ、とクシャナに怪訝が過る。
〈七聖〉が敷く支配──それは〈真髄〉を生み出す方法を独占することで剣聖だけが魔獣を斃せる世界の確立だけではない。
魔獣を世界の脅威に据えるためあえて人を殺戮させているという非道の手段だ。
剣聖であるセオドールは、この非道の真実の方を知らない……? いや、まさか。
クシャナはここであらためて問い質さなかった。村人の行き来もある場所で、軽々しく口にする内容ではないと思い直し、話を戻した。
「俺は弟子をとって、新しい戦い方を見つけることができた。それは〈七聖〉が望まない力を使う。でも〈七聖〉に背こうと、俺はこの力で剣客として生きることにしたんだ。この道を選び取るためには、あの場でアーノルドを討つ必要があった。だから斬った」
「…………」
セオドールは絶句したままクシャナを見つめている。
新しい戦い方を見出したから〈七聖〉に背く。アーノルドを斬ることは必然であったと。
信じた難くもまごうことなき意志の表明を前に、動けずにいた。
「セオドール、今のお前さんは剣聖として生きる身だろう。アーノルドを斬った俺をどうするか、〈七聖〉で話がまとまっているのなら剣聖として動いてくれ。……ほら、下手にかばうとお前さんが〈七聖〉で気まずくなっちゃうだろ」
クシャナの覚悟はとうに決まっていたので、空気を緩和させようとする余裕すらあった。セオドールは反射的に首を横に振る。
「納得ができない。どうしてそんな一方的に──教えてくれ。なぜあなたがアーノルドを斬ったのか」
「〈七聖〉とは違う戦い方をするためだ」
クシャナはそれだけきっぱりと告げた。
「〈七聖〉を否定して、背いて、敵に回ることになる戦い方だ。だからいずれはお前さんとも斬り合うことになる。それでも、これだけは譲るわけにはいかん」
「……!」
はっきりと〈七聖〉との敵対を宣告する。物腰も口調もあのころと何も変わらないクシャナからの、突き離す明言に、セオドールは次の句を完全に失う。
クシャナは取り繕うことなく、その目を見つめ返した。
──本当なら、再会して早々ここまではっきりと言う必要はなかったのかもしれない。
思い出話で時間を潰し、互いが健在であることを讃え合い、セオドールが何のためにクシャナの行方を追っていたのかも適当にはぐらかして、本題に切り込む時間を引き延ばせた。
だが、そんな悠長な時間はないのだという、不吉な予感があった。
セオドールと同行していた『七人目』の剣聖・フルガラの存在だ。
あの──未だに彼とも彼女とも断定し難い──少年少女は、クシャナがアーノルドを斬ったのだと確信している。もしかしたら、〈七聖〉への叛逆に通じる理由も含めて把握しているのでは。
根拠はない。しかし村に入るや自分を見つけたフルガラの目は、すでに何もかもを知っているような含みある光を帯びていた。下手な誤魔化しや隠蔽を許さない、鮮烈な眼光。
むしろ率直にぶつかり合うことを望んでいるかのような、好戦的で凶暴な気配。
フルガラは、危険だ。
理屈とは程遠い感覚的な判断だ。だが確信はあった。
だからクシャナは直接セオドールに真実を告げることにしたのだ。すべて見透かしたフルガラから軽薄に明かされるくらいなら、自分自身の言葉で。
クシャナはそこで改めて訊ねようと口を開く。
──一瞬怪訝を覚えた反応があったからだ。セオドールは〈七聖〉が敷く仕組み──大陸世界を支配するため魔獣の脅威をあえてのさばらしていることを、知っているのか否か。
と。
鈍い轟音が空気を震わせた。
周囲にいた者が一斉に顔を上げる。轟きで震えた方角には、資材倉庫と思しき建物があった。事故か、資材が崩落でもしたのか、周囲の人々はその場で顔を見合わせている。
──そういえば、ナタリーを連れたフルガラはどこに向かったのか──?
その疑問がクシャナを掠めるよりも僅かに早く、
セオドールが音のする方へと向かっていた。音もなく駆ける姿を追って、クシャナも走る。




