第三十七話 ナタリーのつたない護衛②
──! まずいっ、
フッと浮き上がった身体を焦燥が襲う。
ナタリーは腕をひねり幼魔獣の爪に刀身を擦りながら胴を旋転、巨体に圧し潰されるのを宙で回避した。
着地した土を靴裏で削りながら、体勢を整える。
幼魔獣は巨体を大きく転がし、鋭い爪が地面に触れた瞬間土を散らしながら飛び掛かって来た。
「っせえ!」
罵声じみた荒々しい声が裂帛、下から上へ切上げの刃は幼魔獣の爪よりも速くその首に迫った。
刀身が頸元の鱗に触れる。迫近した幼魔獣の爪もナタリーの喉元に触れる、寸前。
ドン──ッ、と銃声。と同時に切上げの刃が尋常でないスピードと破壊力を伴い触れたものを斬断する。
銃撃との合わせ技が生む斬撃。
軽量級のナタリーと、俊敏が売りの銃剣とが獲得しうる最大級の攻撃技が文字通り炸裂。幼魔獣の首をたった一撃で斬断する。
首から上が失せた断面から血の代わりにゴフリと噴き出る瘴気を見届け、ナタリーは踵を返して先を走る馬車を追った。
距離は十メートルもない。だが荷台には後部にしがみついている幼魔獣が一体残ったままだ。眼前の馬車から迫る幼魔獣におののく採掘工らの悲鳴が上がっていた。
「させっかっての!」
気迫を凝らせて吼え、疾走をさらに加速させる。
馬車に追いつく。瘴気を噴きながら荷台に乗り込もうとのたうつ幼魔獣の背中が見えた。ナタリーは襲撃時の幼魔獣のように飛び掛かり、銃剣を幼魔獣の胴体にどすりと突き刺す。
短い悲鳴が幼魔獣の喉を灼く。
ナタリーは幼魔獣に刺した銃剣を軸にくるりと旋転、荷台に着地すると同時に剣を引き抜く。
迷いは許されない。
「弁償するから!」
ナタリーは誰にともなく言い放つと、両手持ちにした銃剣を幼魔獣に向かって振り下ろした。
同時に発砲。
どごんっ、という銃撃とも斬撃ともつかない重たい音が幼魔獣の頭部に落ちる。
雷のような衝撃が幼魔獣の頭部を割る。その威力は荷台の後部まで派手に吹き飛ばすに至った。
返す刀を一気に薙ぎ、ナタリーは幼魔獣の首を完全に斬り払う。
銀山に辿り着く前に、五体の幼魔獣討伐は果たされた。
一台目を護衛していたクシャナが三体を相手に、二台目の護衛だったナタリーは辛くも二体を斃した。負傷者はゼロだ。
無事銀山に到着するなり、ナタリーが深刻な表情で馬車の荷台を破損させてしまったことを詫びるが採掘工たちは気にした様子もなかった。
「あのくらいで済んでむしろ幸運だったよ。いや、本当に今回は護衛についてもらってよかった。五体の幼魔獣に襲われるなんて、この仕事で初めてだった」
「……あの、でも……」
「よくがんばったな、お嬢ちゃん」
表情を曇らせているナタリーに労いの言葉をかけると、採掘工たちは銀山の奥へ向かって行く。
あの先は職人たちの領域で、護衛役の剣客が踏み入る場所ではない。
採掘工たちの仕事中、馬車でしばし待機することになった。
ナタリーは自分がぼろぼろにしてしまった馬車の荷台をじっと見つめていた。その様子を背後で窺っていたクシャナが、のっそりと近寄る。
「帰り道も、同じように護衛につく予定だけど──いけそう?」
「っ、うん。もちろん。やる。ちゃんと、護衛するよ」
問いかけられたナタリーは大きく頷き返事もするが、声音の縁は萎んでいた。
大丈夫だと取り繕っているつもりでも、ぎこちなさが残る。
クシャナはナタリーが討伐の攻撃で破壊してしまった馬車の荷台をちらりと見て、
「護りのこと考えると、いつもの戦術使うのが難しくなるもんだよ」
慰みとも助言とも異なる調子で語り掛けた。
「剣客やってると、どうしても遭遇する状況だ。場数を踏んでいけばいい」
ナタリーが得意とするのは、幼魔獣との直接対峙戦。つまりは攻勢だ。いかに相手が巨大であろうと多数だろうと、怯まず攻撃を仕掛けにいけるし応用も効いて戦術展開も多彩だ。
その長所は攻撃に集中できるからこそ発揮できる。
今回のような護衛では、行動は攻撃に限られない。護るべき者たちの安全を意識しつつ、最適な攻撃を瞬時に取らなければいけない。
初めての状況判断で、引き金への躊躇があった一瞬。
あそこから調子が狂ってしまった、いや、もっと前──十年前の、魔獣襲撃を思い出してしまったときから、動きも判断も鈍ってしまった気がする。
とにかく大失態だ。無様な討伐。怪我人が出なかったという幸運で辛うじて成り立った護衛だった。
身の裡で自分を詰る言葉がぐつぐつと煮詰まっていく。苦しくなって、堪らずナタリーは硬い声を吐き出した。
「こんなんじゃ、あたし駄目だ。全然、師匠みたいにはなれないよ……」
「そう自分のことを決めつけるもんじゃないよ」
クシャナの声はただの励ましでもなく、客観的で冷静だった。
しかしナタリーはぶんぶんと強く首を横に振る。
「あたしひとりで突っ走って、勝手に強くなってるって思ってるだけだった……」
「そんなことはないからな」
クシャナは否定するが、ナタリーの表情は晴れないままだった。
職人たちの読み通り、その日も大量の銀が採掘できたらしい。
銀山から戻って来た採掘工たちはホクホク顔で銀のつまった容器を抱え、馬車の荷台に積み込んでいく。
夕刻を迎えた帰り道。薄暗い山道は靄とは異なる視界の悪さに警戒したものの、道中幼魔獣が襲撃することは一切なかった。
──これも銀の効果なのだろうか。ここまで往復で状況が変わるなんて。
荷台の採掘工たちは、復路は銀があるから安全だと荷台で緩んだ雰囲気になっていた。
銀には魔物を斥ける力がある。銀弾の御守としての力は本物であると。村の人は認識しているのだ。
復路の道中は護衛のお役御免だった。無事に村に辿り着き、境壁の内側に入る。
わいわいと採掘した銀を検めたり、仕分けしたり、重たいのでまずは荷車に乗せよう、などと採掘工たちが作業に勤しむなか。
「どうやら護衛は勤め上げたらしいな」
頭にタオルを巻いた厳つい大男──鋳物師のガルダンが、採掘工らが作業を進めている境壁門扉前に姿を現していた。
復路で護衛に務めつつも物静かだったナタリーに代わり、クシャナが会釈する。
「やあどうも。おかげさまで」
「ステフ──採掘工のリーダーやってる奴にも聞いたぞ。怪我人一人も出さずに護衛したってな。合格ってことにしておいてやろうか。馬車の荷台がぶっ壊れてるけど」
何気なく馬車に目をやったガルダンの言葉に、ナタリーがぴくりと気まずそうに反応した。
クシャナはへれっと身を乗り出しながら、
「いいじゃないですか。器物の損壊については特に話してなかったんで」
「けっ、ちゃっかりしてやがる」
ガルダンは鼻を鳴らすが、気を悪くした風でもない。
「じゃあ明日、朝一で作業に入るからよ。見たけりゃ見に来い」
「ありがとうございます。明朝そちらにうかがいますよ」
「……ったく、あんな作業いちいち見るなんて物好きな剣客だな」
ぶつぶつ言いながらガルダンは工房のある方へと歩き去っていく。
これで銀弾製造を直に見ることができる。本来なら順調なことの流れを喜ぶべきなのだが、ナタリーは沈んだ気配のまま無言だった。
ちらりと視線をやるクシャナに気付き、ナタリーははっと背筋を正した。
「う、ごめんなさい、師匠。いつまでも落ち込んでたら駄目なのに」
「駄目なことはないよ」
「うーっ、でもだめだめ! これはあたしの反省なんだから……! あたしが自分でなんとかしなきゃなのに、もう……っ! ──やあー!」
突然、ナタリーは両手で勢いよく自分の頬をバシーン! としばいた。
「ぉお⁉」
容赦ない破裂音に傍らのクシャナが悲鳴じみた声を上げてしまう。
「こらこらこら、ナタリー! いくらなんでも力入れすぎだって! 歯、抜けたんじゃ」
「この程度で抜けないよっ!」
反射的に声を張り上げるナタリーだが、やはり痛かったらしい。掌で頬をぐにぐにと揉んで、ふうっと一息、きっと正面を見据える。
「これはあたしの反省で課題なんだから切り替えなくちゃ……っ。師匠、明日は工房で見学だよね!」
「ああうん。けど、顔大丈夫か?」
「平気だよおっ!」
ナタリーは己を鼓舞するように語気を強くした。
頬は宵を迎えた暗さでもはっきりと判るほどに赤くなっている。クシャナを見る目も涙目だ。
「とにかく明日はガルダンのとこで銀弾の製造工程を見るんだっ。銀の秘密が掴めるかもしれないんだから──」
そのとき。背後で門扉が軋む音が起こった。
作業をしていた者も含め、その場にいた一同がおや、と顔を上げる。
採掘工らも戻り、村に訪れるものはこれで最後だと閂がかけられていたはずだった。
見ると門番があわてた様子で開門の作業をしている。
「──なんだあ、こんな時間に村に客か?」
不思議そうに採掘工が口にしていると。
「邪っ魔すっるねー!」
黄昏の視界に、くっきりとした声が飛び込んでくる。
門番に大急ぎで門扉を開けさせたのは、たったふたりの来訪者だった。
旅の者のようだが目立った荷物はない。軽装で、乗り物もなしにオドアセル山脈を越えて村まで来たということになる。
その姿はたちまち注目を集めていた。
フード付きケープ姿の華奢な少年──いや、少女ともつかない年若いひとりと。
長身で細身の、静かなたたずまいの青年。
クシャナは目を見開いた。
遠目で薄暗くとも判る、忘れようはずもない存在はあの時と変わらぬ雰囲気のままだった。
「セオドール……」
思わず名前が口を衝く。
一方で来訪者たちも油断なく巡らせていた視線をぴたりと一点に留めていた。
彼らは、同時にクシャナを見とめている。
──唇を引き結び表情を硬くするセオドールの傍らで、フードを被った少年少女はやわらかく微笑んでいた。
「みっけ」
見るものを魅了する天使のような微笑。にも拘わらずクシャナの肌は粟立つ。
自分を捉えるその瞳には、刃物のような光が凝っていた。




