第三十六話 住所不定、身銭少なし、流れの剣客②
ぐるる、と獣だったら威嚇していそうな顔つきでクシャナを見ている。
話を続けてもいいとみて、クシャナは口を開いた。
「さっそくなんですけど、ええと──テリーゼさんのお父さんは」
「ガルダンだ」
鋳物師・ガルダンはぶっきらぼうに名乗った。
「間違ってもお父さんなんて呼ぶんじゃねえ。殺すぞ」
もちろんだ。命は惜しい。
「ガルダンさん、俺たちが銀弾の性能について知りたいのは、この弾丸を実践で使ってみたら予想外の効果があったからなんです。世間では普及していない弾丸なので情報があまりない。ですが無視できない効力でした」
──魔獣を斃せるほどの。
とまで口にすることは止めておいた。「銀弾で魔獣が斃せる」という事実は、迂闊に話にできる内容ではない。荒唐無稽なデマと片付けられればまだいい方で、事実を知った者に〈七聖〉が何をするかわかったものではないからだ。製造者が何も知らずに造っているのなら、なおさら。
ガルダンは探るような眼でクシャナを見ている。への字口は動かないので話を続けた。
「ちょっと興味があるので、製造過程とか拝見できたら嬉しいなーと思ってまして。
そこで銀の産地で銀弾を製造されているガルダンさんのところにやってきた、というわけです」
「フン……そんなに興味があるんなら、それこそ都市で現物買えばいいだけだろ」
「地道に手には入れてるんですけどね。武器屋によっては取り扱いがなかったり、あったとしても数が少なかったりで収集に一苦労なんですよ。あと、お高いでしょ?」
「文無しの剣客は辛ぇなあ」
ガルダンは他人事のように相槌を打つ。
「いやほんとに。銀弾を手元に確保するのは、今後も討伐の報酬でやりくりしながら続けるつもりなんですけど、そもそもこの弾丸ってどうやって造られているのか興味がわきまして」
「それでどうやって造ってんのか、知りてぇって? 人の仕事見学してぇって話か?」
「そうなんですよ、ぜひ」
へれっとクシャナが頷くと、ガルダンは大きく息を吸い、言い放った。
「いいわけねぇだろ断るに決まってるだろうがボケー!」
『えええええ』
怒声には慣れてきたが、あまりに取り付く島もない。クシャナとナタリーはほぼ同時に呻いていた。
「なんでえ? 企業秘密なのっ?」
「見学料なら出しますんで」
「そういう問題じゃねえ! イヤだろ普通に人が真剣に仕事してる様なんて見られたら!」
「あ、製造工程が企業秘密で見せられない、とかじゃないんですね」
「別に普通だ! 銀を鋳って弾頭にして火薬仕込んで弾丸と同じ形に仕上げてるだけだ!」
「じゃあどうして見学しちゃダメなの?」
「うるせえ、だって恥ずかしいだろうが! じろじろ見られたらよお!」
食い下がるナタリーにガルダンは浅黒い肌をカッと上気させて吼えた。遠目にも頬を赤らめている。
これにはクシャナもナタリーもぽかん、としてしまう。
「もうー、お父さんってば……厳ついくせして無駄にシャイなんだから」
父親とクシャナたちとの会話中、購入した銀をトレイに広げていたテリーゼが溜息をついた。
おそらく鋳造作業で必要な作業なのだろう。小石サイズの銀を淡々と指で一つ一つ摘まみ、仕分けをしながら喋る。
「いいじゃん。作業見せるくらい。クシャナさんたちは鋳造の工程を知りたいだけじゃない。父さんがどんな顔面で作業してるかなんて興味ないよ。そんな長時間見ていたい顔でもないし」
「なっ、」
さりげなく父親の顔面について厳しい評価が織り交ざっていたので、ガルダンとしてはそちらの台詞が効いている様子だった。ちょっと眉毛が下がっている。
「決してガルダンさんのお仕事の邪魔はしませんので」
クシャナはやんわりと話を戻すことにした。
「いつも通りお仕事していただければ。俺たちはただ見学させてもらえればありがたいので」
そもそも弾丸の製造過程について知識があるわけではない。ナタリーもだ。
ただ、作業工程や素材を知っておきたかった。銀弾の何が魔獣にも通用する力を生み出しているのか──その答えに繋がる情報を増やすために。
ガルダンの様子からして、鋳造作業に特別な工程があるようにも思えなかった。ただ、他の銃弾のように製造している。だから〈七聖〉は銀弾を重大に扱わなかったのでは。
特別扱いして「製造禁止」にした方が怪しまれる、と。
どうやら製造方法は普通らしい──それが知れただけでも、大きな収穫と言えた。
「……ぬぅ……」
「どう、ガルダンさんっ、見学しても──」
「ダメだ」
「えええええー!」
もう一押し、と身を乗り出していたナタリーが失望の声を上げる。
「なんでなん⁉ 別に師匠はテリーゼをナンパしたりしないよ⁉」
「あたりめえだろ! ナンパなんてしたらぶっ殺す!」
さようなら、ヒューゴ君。……ではなくて。ガルダンの厳つい顔は当初のやたら頑ななものに戻っていた。
「こちとら鋳造に命かけて生業にしてんだ! 文無しの剣客の興味本位なんて道楽じみた見学につきあってやる義理はねえ!」
「むっ、べつに道楽で頼んでるわけじゃないよ!」
ナタリーも眦を尖らせて反論する。
「あたしだって命かけて引き金引いて討伐してるんだよ。だから武器は大事だし、弾丸を扱う以上きっちり知りたいって思ってるの。それのどこがダメなん⁉」
「見られるとオレが恥ずかしいからだーっ!」
とうとうガルダンはいい年した大人とは思えない恥ずかしい台詞を絶叫した。
「……ぐぬ……」
じゃあしょうがないか、と納得するにはあまりにも不充分な理由にナタリーは呻いてしまう。
──こりゃ出直すしかないかな、とクシャナが諦めかけたそのとき、
「もう父さーん」
なだめる声に少し柔らかいものを足して、テリーゼが父親を見上げた。
「そんな断り方することないと思うよ。クシャナさんとナタリーは、その銀弾? の作り方知りたくてはるばる山脈こえてこんなちっちゃい村まで来てくれたのに。きっと父さんに期待してたんだよ。それを恥じらいだけで断るのってどうなの」
「ぐぬ、テリーゼ……いや、オレはだな、ただ……」
「そうだ、何か条件をくれませんか」
娘に諭されもごもごするガルダンに、クシャナは助け船を出してみた。
「条件だとお?」
「ええ。命懸けの鋳造作業を拝見するからには、こちらも相応のことをするべきだと思うんで。
お店の手伝いなり、力仕事なり、娘さんの護衛なり──剣客としてのお力を提供させてもらえれば。交換条件ってやつです」
恥ずかしいなんて駄々をこねていたガルダンの発言を水に流してしまうつもりだった。
いわゆる仕切り直し。
ガルダンもまばたき一つ、なにやら話が整っていると見受けて「ふむ」と腕組みをする。
「なるほどなあ……交換条件か。じゃあ相応の働きを見せてもらおうか、根無し草の剣客どもよ」
「なにをえらそーに」
一部始終を見てきた娘が白けた声を挟むが、とにかく話は進んだ。
ガルダンは試練を提供するゲームマスターのように、さっそく言いつけてきた。
「では、キサマらに明日の銀山採掘の護衛をしてもらおうか!」
「銀山採掘の、護衛?」
ナタリーのおうむ返しにガルダンは鷹揚に頷く。
「ああ。昨日大量に採れた現場に明日再度向かうってステフが言ってたからな。村から銀山までのルートに最近幼魔獣が大量に現界してるらしくて、昨日も大変だったらしい。あのバケモン、銀には近寄らねえから採掘後の復路は安全なんだが、往路が危険なんだよ。御守代わりの銀弾にも限度がある。キサマら、採掘工をひとりも傷つけずに護衛して来い!」
「わかった!」
挑戦的な条件内容に、ナタリーは力強く即答した。
「幼魔獣が何体現界しようと、師匠とあたしで斃す! そしたら採掘工も無事だし、見学もできるんだよね!」
「フン、威勢いいじゃねえか」
挑むように見上げるナタリーに、ガルダンはニヤリとする。
「無事だったかどうかの判断は採掘工の連中にしてもらうからな。
せいぜい連中のご機嫌を取っておくんだな小娘!」
「ねえ父さん」
テリーゼが再度声を挟んで来た。
今までにない、冷えて鋭い声音だった。
「女の子のこと『小娘』呼ばわりするのやめてって前も言ったよね? 私そういう口のきき方する人間ってほんとにムリなんだけど。人として終わってる」
「……っ、な、ぁがっ……!」
一撃で致命傷を喰らったガルダンのうめき声が零れる。
テリーゼの無情な視線に、ガルダンの顔面は蒼褪めていく。
「ちょ……、まってくれまってくれテリーゼ! 今のはちがう、言葉の綾だっ、俺の考えがなっていなかった、いや、待って待って、反省する、済まない、申し訳ない、いや、ちょ、テリーゼええ!」
銀の仕分け作業を終えてすたすたとその場をあとにしようとするテリーゼ。
去り際にクシャナとナタリーにぺこりと会釈し、だが縋るガルダンの方は見向きもしない。
「──よしっ。話はまとまったね師匠!」
目の前で絶望しているガルダンはさておき、とばかりにナタリーは店の扉をぱっと開けた。
「明日の護衛に向けて今日は休もう。撤収!」
「そうしますか」
クシャナは弟子のいざないに従うことにした。
ガルダンは放置するが、父子の問題において剣客は無力。出来ることは何もないのだ。
──護衛の仕事。願ってもない条件だった。
ナタリーの剣術磨きにもなるし、採掘工の役にも立てる。張り切って臨もう。
カラン、とドアベルが綺麗な音色をたてて閉ざされ。
店内には無神経で娘に嫌われた、ちょっとかわいそうな父親だけが残された。




