第三十六話 住所不定、身銭少なし、流れの剣客①
村の一角には、いわゆる商業の建物が列をなしているエリアがあった。
服や日用品、金物や農具、武器、といった具合に各種一、二店舗ほどが軒を連ねており、ショーウィンドウでその営みを覗き見ることができる。小さな村にしては品揃えも豊かで、山脈の奥地でもこの村だけで充分に独立できているのだと窺い知れた。
店舗の一つに、まだ窓から明かりを零している場所がある。
先を歩いていたテリーゼが、その店の扉を開けると、カランと涼やかな音が響く。
クシャナは音につられて扉を見上げた。鈍い銀光を放つドアベルが付いている。
「ただいま。父さん、追加の素材買ってきたよー。──さ、どうぞ」
テリーゼは室内に声をかけながら、クシャナたちを中に誘ってくれる。
足を踏み入れると、一気に空気が変わった。金属が火で燻されて醸す、独特の焦げた臭い。微かな熱気がどこからか零れている。製造から販売までする金物鋳造店だった。
すると金物が並ぶ店内の奥から、のっそりと大男が現れた。
「おお、悪かったなテリーゼ。今日の採掘で銀が大量だったってステフの野郎が」
テリーゼの父はタオルを頭に巻いた鬚面で、猪首から肩にかけての幅広さが山の裾野のようだった。屈強と野性味をその身ひとつで立派に体現している。
娘と共に入って来た二人に目を留めるや言葉を中断、ぱちっとひとつまばたきした。
厳つい顔つきだが、目だけに注目すると愛嬌がある。さながらクマのよう──
「誰だオマエはぁああ⁉」
突如クマから愛嬌が消え失せ、猛獣と化した。クマも立派な猛獣であることを思い出す。
頭のタオルをむしり取ると、ぼさぼさの髪の毛を振り乱してクシャナに指を突きつけて来る。
「キサマ、テリーゼと一緒に店まできたのか⁉ フザけやがってえ! 娘と連れ立って歩いてたってことじゃねえかこのヤロウ! どういう意味かわかってんのかコラあ! 殺されてえのか⁉」
「え、あーいや」
「父さん、この人たちお客さんだよ」
初対面の相手に剥き出しの殺意をぶつけられてたじろぐクシャナ。そこへテリーゼが慣れた様子で呆れ混じれの声を挟んだ。
「父さんに用事があってこの村まで来た剣客さんなんだって。たまたまそこで会って、案内したの」
「なにぃ⁉ そんなテキトーな理由つけてテリーゼに近付こうってつもりかあ⁉」
「ちがいます」
「なんだと、違うのかよ! じゃあ何の用だ! 娘はやらんぞ! 手ぇ出したらタダじゃおかねえ」
「もう父さん、会話してよー」
店内にビリビリと響き渡る父親の怒声を平静に流し、テリーゼは両手で抱えていた紙袋をどさりとカウンター台に置いた。
「過保護がすぎるのよ。私が男の人と会話したくらいで大騒ぎしないでっていつも言ってるでしょ。いい加減子離れしてほしいんだけど。大きい大人がわあわあ騒いでるの、見てられないって。そろそろ他人のフリしたいんだから」
「なんだとお⁉ ちょ、え、離れ……、他人……、それはダメだぞ!」
「そう思ってるなら、人の話聞いて。はい、お客さんだよ」
さくさくと話を進めていくテリーゼ。やっと父親が大人しくなるまでのテンポは軽快で、猛獣のしつけみたいだった。
「ヒューゴ、あのままナンパ続けてなくてよかったね」
「命拾いしたなあ」
ナタリーがクシャナの横でぽそぽそ耳打ちしてきたので、クシャナも思わず呟いた。
テリーゼに水を向けてもらったので、ふたりは揃って会釈する。
「どうも。クシャナといいます」
「ナタリーですっ」
娘絡みで相当警戒心が強い様子なので、まずは素性を簡単に説明することにした。
「剣客をやっておりまして、」
「剣客だと? どこの領地のもんだ?」
「流れの旅の者です。各地で幼魔獣を討伐しています」
「フン、根無し草か……剣客は定職とは言わんぞ。おおかた討伐の報酬で食い繋いでる輩だろ」
「仰る通りで」
「住所不定、ほぼ無職……フン、おととい来やがれってんだ」
「父さーん」
テリーゼが語気を強めて声を挟む。クシャナたちを見る目は「すみません」と告げていた。
討伐の旅をしていると、会話相手の厳つい強面も不愛想な態度も慣れたものだ。クシャナもナタリーも一向に気にしていない。
「こっちのナタリーが銃剣を扱ってましてね。そちらで製造している特別な弾丸のことでお訊ねしたいんです」
「ああ? 特別だ? 特殊装甲弾のことか? そんなのデカい都市の店に行った方が品揃えあんだろ」
「銀弾についてです」
ぴくりとテリーゼの父が目元を反応させた。
「銀を採掘しているこちらの村で、銀弾も鋳造されていると知ったもので。銀弾の性能について、確かめたいことがありまして。お話できますか?」
「キサマ……」
クシャナは丁寧に訊ねたつもりだったのだが、相手はみるみる目つきを険しくさせていく。
いまにも飛び掛かってきそうな殺気が、陽炎のように立ち昇っている。
「ただの流れの剣客じゃねぇらしいな」
見当違いの発言ばかりしてきた過保護な父親は、ぴたりと相手を見定めて低い声で唸った。
鋳物師の職人は、さながら刃物のような眼光を目に宿す。




