第三十五話 すかんぴんで村巡り②
宿の手前に広がる露店には、緩やかな賑わいがあった。
パンや串焼きを購入して食べ歩き、といきたいところだが旅費がかつかつだ。
二人はあちこちで立ちのぼる焼きたての匂いを鼻腔から摂取しつつ、通りをうろつく。
「……出発前に何か軽く食べておけばよかったかね」
「お米とか、干し肉のこと? うっ、師匠やめようよ、今ゴハンの話すると胃袋にくるっ」
「ごもっとも」
このコンディションで露店を探り回る、というのは悪手だったか。
しかし露店で屯したり、酒盛りで盛り上がっている場所は押し並べて美味しそうな食材がある。
空腹状態で調査するには辛い。
とそこへ。
「へいへーい、キミ、地元の子? トルケンにこんな可愛い子がいるなんてオレってばラッキー!」
……すごく聞き覚えのある軽い声が、賑わいの一角から耳に届いた。
見る、と、やはり見覚えのある青年の背中があり、相対する少女が話しかけられたことにやや緊張した面持ちになっている。くせのある赤毛を三つ編みにしており、ナタリーよりは年上に見える。
買い物と思しき紙袋を両手に抱えている。
「え……あ、はい……地元ですけど……」
「オレ、今日配送業でこの村に初めて来たんだぁ、ヒューゴっていうの。よろしくなっ」
「どうも、よろしく、テリーゼです……」
「テリーゼちゃん! かんわいい名前だね。もう名前からかわいいね。えへへ、どうこれから一緒にご飯でも」
「あ、すみませんまだ用事が」
「ええー、もう夜なのにまだ働いてるの? いいじゃない、今夜くらいさ、オレとの出会いを」
「うわあ、ナンパしてるー!」
それまで二人の会話を黙って観察していたナタリーが突然声を上げた。
ナンパ青年ことヒューゴが、ぎょっと振り返る。
「う⁉ オマエはナタリー、と、クシャナさん」
「よう、ヒューゴ君。ナンパ中すまんね」
クシャナはへらっと手を挙げて、のそのそとナンパの現場に近寄った。
「いやあ、最近の若者はこうやって女の子に声をかけるものなんだねえ」
「な、なななんすか、いいじゃないですか別に。オレが村の可愛い子を食事にお誘いしようと! そんでもっと仲良くなりたいなと思っていようと! オレの自由なんすから!」
「用事がある人の邪魔になってたみたいだけど」
やんわり水を差すと、ヒューゴはむきになった。
「そんなことないって! ねえテリーゼちゃ」
「あ、用事があるのは確かですので、ええと、その──」
ちょっと食い気味にテリーゼと名乗った少女が答えた。語尾が消えかけているのは、単純に気まずいからだろう。つまりは──
「邪魔だってさっ」
ナタリーがデリカシーなしにキッパリと結論を直訳する。
「……わーん!」
ヒューゴは情けない声を上げて、その場を走り去ってしまった。
別にナンパは悪行ではないので、あんな悲しませるつもりはなかったが──
傍目からもテリーゼが困っているように見えたので、思わず介入してしまったのだ。
ヒューゴが露店の向こうに消えると、テリーゼはぺこりと頭を下げた。三つ編みが小さく跳ねる。
「すみません。ありがとうございました。よく知らない人がめちゃくちゃ頭悪そうな誘い文句でナンパをしてくるので、ちょっと困ってて……消えてくれないかなって思ってたところでしたので」
口調からして内気なのかと思ったら……なかなかの毒舌だった。
「そんなにも迷惑だったのか、彼は」
クシャナは目を点にしつつも、ちょっとヒューゴが気の毒になった。
一方ナタリーはテリーゼに同意するように腕組して頷いている。
「あれは相当うっとおしいよ!」
「あはは、ありがとうございます。助かりました。デカいハエくらいイヤでした」
テリーゼの表情の強張りはすっかり拭われていた。もうヒューゴはいないのに、追い打ちも強烈だ。明るく笑うその腕のなかで、紙袋の中身がチャリ、と金属音をたてる。
てっきり食べ物と思いきや──
ナタリーも耳ざとく紙袋を指さし小首をかしげる。
「ん? その中身ってなに?」
「あ、これは銀だよ」
『………………銀⁉』
ナタリーとクシャナはほぼ同時に単語を発声していた。
その反応にテリーゼがびっくりして肩をすくめている。
「え、そうだけど……この村、近くの山で銀を採ってて。これを使ってうちの父親が鋳物を」
「銀使ってモノづくりしてるの⁉」
さらに驚くナタリーに、テリーゼはこくりと頷いた。
「私の父、鋳物師だから。銀を鋳造して武器とか弾丸も作ってるの。
この村の境壁の周りに飾ってる魔物除けの銀弾、あれ父の手作りなのよ」
「なんと」
「……師匠……っ!」
思いもよらぬ話の流れにクシャナとナタリーは顔を見合わせた。
先行き多難と思われた銀弾製造の関係者に、偶然にも接触することができるとは。
小さな村だからいずれは行き当たるとは思っていても、一日目、初回の探索でこの流れは幸運と言わざるを得ない。
クシャナはひとまず、テリーゼにしょっぱくあしらわれたナンパ青年に感謝の思いを馳せた。
──ありがとう、ヒューゴ君。きみのナンパがへたくそでよかった……!




