第三十五話 すかんぴんで村巡り①
ヤルルク岳中腹にある村・トルケンは、どっしりした石垣の境壁と木製の門扉で来るものを出迎えた。
境壁の規模から察するに人口五千人ほどか。都市には及ばずとも山奥の村としては栄えている。
「! みてみて、師匠っ」
馬車から身を乗り出して、ナタリーが境壁の外に吊るされた小さな飾りを目聡く見つけた。
──銀弾だ。
「あっ、壁のあっちにも──もしかして、境壁全体に銀弾を吊るしてるのかな」
「そうみたいだなあ」
クシャナは薄暗くなってきた空のもと目を凝らす。確かに境壁には一定距離で銀弾がドアチャームのように吊るされていた。
「ここで銀を採掘して、銀弾も製造してるってことで間違いなさそうだ」
銀弾はもともと「魔物を斥ける力がある」という昔話に登場するアイテムだった。およそ百年前の幼魔獣と魔獣の現界で混沌を来した当時の大陸世界で、銀弾は慰みの御守として扱われるようになる。
あくまでその存在は「逸話のアイテム」であり「おまじない」だった。
弾頭に銀を施し、火薬を詰めて実弾として製造され細々と供給されていたことなんて剣客であるクシャナは知る由もなかった。銃剣を使うナタリーが偶然手にしていたことで初めて知ったのだ。
銀弾という存在が人々の関心の埒外に置かれてきたのだと、クシャナは身をもって体感している。
だが、実戦で魔獣を斃せた力を知った今は、究明するまでだ。
この村なら〈七聖〉の介入なく直に情報を手にできる、はず。
「到着したぞー」
半日かけて一気に山脈を抜けた馬車の御者こと運送屋の青年はげっそりとした声で荷台を振り返った。道中で三度の幼魔獣の襲撃に見舞われ、心身ともに疲弊しきっている。
出発時点の「大丈夫だって」と護衛なしの山越えに啖呵を切っていた姿は見る影もない。
「ありがとう! 荷台に乗っけてくれて助かったー!」
一方、三度の襲撃をたったひとりの大立ち回りで返り討ちにしたナタリーは元気に挨拶する余裕まである。ぴょんと荷台から飛び降り、馬にもお礼を告げている。
「ありがとな、ヒューゴ君。おかげで今日中に村までたどり着けたよ」
山中での討伐はナタリーに任せ、荷台の荷物の無事を維持していたクシャナも幾分余裕だ。
座りっぱなしだったので、荷台からおりて「うーん」と身体を伸ばしていると、
「あのよ、おっさ……いや、クシャナさん」
馬車の運送屋・ヒューゴがもごもごと話しかけてきた。
「こ、この村にはいつまでいるんすかね?」
「特に決まってはないよ。ちょっと調べものがあるんだ」
「ええ、ちょ、じゃあオレこの村あての荷物渡したら、明日、帰り道どうするんすか? オレひとりでまたあの道戻るとかムリなんすけど」
「護衛を雇うとか──かなあ」
ぼやくようにクシャナは答えた。彼が何を言わんとしているのかは概ね察しがつく。
「んな薄情なこと言うとかアリぃ⁉」
案の定ヒューゴは馬車を飛び降り、迷える子羊、というか丸焼き待ったなしの家畜じみた切羽詰まった表情で迫って来た。
「ちょ、無理なんすけど! 今さら護衛雇うとか! この村で幼魔獣撃退できる腕のある剣客を今から探して護衛してもらうってこと? え、いや無理だって! どうすりゃいいのオレぇ⁉」
すがる涙目にクシャナは思わず身体を反らす。
「こういうときは往路の時点で麓の剣客を雇えばよかったんだよ。自警団のおじさんもアドバイスしてくれてたでしょ」
「だって護衛って高くつくんすよお⁉ せっかく割り増しの配送引き受けたってのに、これじゃ儲けギリギリになっちまうって!」
「配送料は送り先の環境とか、護衛とか、もろもろの諸経費も考えないと」
「ふ、ふええええええー!」
ついにヒューゴは大人げない泣き声を上げた。
「これじゃオレ、この村から出られないよお! 頼むよクシャナさん護衛についてぇ! 命あっての配送業だよお、お願い護ってぇ!」
「……ちゃんと反省はしようね?」
情けない声で縋りつくヒューゴの肩を、クシャナはやんわりと叩いてなだめる。
「わかったわかった。帰り道もヒューゴ君の馬車の護衛するから。
その代わり、こっちの調べものが済んでからでいいかね? しばらく村に逗留することになるけど」
「もっ、もちろんすよ! こういう場合勢いで単独行動する奴って早死にするのが相場っていうし!」
「それはどこのお約束展開よ」
「いやいや、とにかくオレと一緒に戻ってくれるんすよね! ひゅー、よかったぁ~」
現金なもので、ヒューゴはすっかり安心して涙目だった表情を緩めている。
「そうと決まれば村あての荷物届けないと。ついでに配送依頼引き受けてやろっかな」
なかなか商魂たくましく、配送業の仕事をさくさくと遂行しはじめる。ある意味前途有望な青年だ。
さて、と視線を巡らせるとお世話になった馬への挨拶を終えたナタリーと目が合う。
「探索といきますか」
「了解っ。──へへ、師匠、上手いこといったね」
「なんの話?」
「復路もヒューゴの馬車を護衛することになったから、帰り道がラクできるでしょーがっ」
「まあ成り行き上ね」
狙ってはいなかったが、結果的にちゃっかりと帰りの足を確保できた。ふたりは目を合わせ同時ににんまりとする。
さっそく村の賑わいを目指して歩き出した。
とっぷりと日は沈み、食事処辺りが賑やかになる時間をむかえていた。
村をぐるりと巡り歩き、おおよその地図を頭に刻んでいくと。
小さな村で野宿は悪目立ちするだろうということで、宿を取ることになった。
宿泊所は村にひとつ。旅の者に向けた施設というよりヒューゴのような運送業や行商が村を訪れた際に夜を明かすための簡素なものだ。
「おふとんだー!」
あてがわれた個室に飛び込むなり、頭からベッドに飛び込むナタリー。
クシャナは開けっ放しの部屋から顔だけ覗かせて、
「ナタリー、お疲れ様。今日はゆっくりしておきな」
と自室へ。小さな窓から臨める村の様子は、穏やかなものだ。
──〈七聖〉の気配も、ない。
まずはこの村で銀弾を製造しているのか、そうであれば製造の職人と接触したい。
村の人に訊ねて工房を探すか。今夜のうちに当たりを付けるか。
長時間の移動でナタリーは疲れているだろう。どれ、自分だけで探索を──
「師匠ぉー!」
個室のドア越しに、ナタリーが声を張り上げてきた。ノックもなしに。
「……道場破りかと思ったぞ」
長距離移動の直後とは思えない元気な弟子に、扉から顔を出したクシャナは静かにね、と人差し指をたてて見せた。ナタリーはぶんぶんと勢いよく頷きながら、
「師匠、準備できた? 急ごうよっ」
「いやいや、お前さん今日はもうゆっくり、」
「それはまだいいって! だって銀弾の秘密をあたしたちが調べてるって知ったら〈七聖〉がタダで済ますとは思えないよ。出来るだけ早く、大急ぎで、速やかに、調べていくべきでしょーが」
「……おっと」
クシャナは思わずまばたきする。
〈七聖〉の存在を意識して行動を急いでいたのは事実だが、内心ナタリーの剣術修行が疎かになっていることも気になっていた。弟子を自分の目的に振り回してはいないかと。
が、余計な気遣いだったみたいだ。
ナタリーは自分が思っている以上に状況を共有してくれている。
師匠と弟子という関係ではあるが、クシャナとナタリーは銀弾を鍵に新たな魔獣討伐方法を見出すために動く──運命共同体でもあるのだから。
その頼もしさと底抜けの体力に感銘をうけ、クシャナは頬を緩めていた。
「仰る通りで。じゃあさっそく行こうか」
「うん!」
ナタリーは跳ねる足取りを先頭に、ふたりは村に繰り出していく。




