第三十四話 討伐なら得意だし
銀山のあるヤルルク岳へ。
クシャナたちの道中は、まさに坂を転がる石のようだった。
道中、各地の討伐依頼をこなしつつも境壁に護られた領地で過ごす時間は少なく、七割は野宿だった。通常なら迂回して領地に留まり夜を明かすところだが、今回は安全策よりも移動時間の短縮を優先した結果だった。
「稼ぎも最低限だから、銀弾の補充はまだ後回しか。ちょっと心もとないか」
「大丈夫だよ、師匠っ」
クシャナのぼやきにナタリーが素早く反応する。
「目的地が銀の産地なんだから、産地価格で銀弾も割安で売ってるかもしれないよっ」
「仲介とか卸がないからってこと? いや~しかし銀弾はお高いでしょう」
「現地で安売りとかしてないかな」
「武器の類ではあんまり聞かないねえ、割引きセールって」
言葉を交わしつつも、二人の歩調はいつもより速い。今日も半日は移動のために足を動かし続けており、間もなくオドアセル山脈入り口だ。平原、山道、獣道を抜け、山脈の麓の小さな都市に通じる馬車道になると足を進めやすくなっている。
忙しないペースだが、とにかく一日でも早く銀山に向かいたかった。
資金が枯渇しているので銀弾の現物入手は難しい。だが銀弾に関する情報は欲しい。
〈七聖〉が巧みに存在の重要性を曖昧にさせている銀弾。銀の産地なら弾の売り場まで流れてこない情報もきっと手に入れられるはず。
この重要性にクシャナが目をつけたと知れば〈七聖〉が妨害してくる、という予感があった。
なので武者修行も兼ねてのんびり移動、というわけにはいかなかった。
ナタリーが剣を扱う機会を奪っているのは忍びないが──
「師匠、村が見えてきたっ」
馬車道の先に、こじんまりとした境壁を構えた村が見えてきた。
開かれている門の前にはこれから外を移動すると思しき馬車があるが、動きがない。
さらに近付くと、出入口を守る自警団と思しき大柄の男と御者の青年が険しい顔で言い合っている。
「──だから駄目だって! 丸裸で雪山登るようなもんだぞ! 死ぬ気か⁉」
「だぁから平気だって! オレ前も一人で別の山抜けたことあるんだってば。今回もいけるって」
「そりゃたまたま幼魔獣に遭遇しなかったからだろ! そもそも山ん中ってのは護衛もつけずに生きて抜けられる場所じゃないんだぞ──」
『…………』
離れた地点からでも拾えた言い合いに、クシャナとナタリーは顔を見合わせた。
「あのう、もしもし」
クシャナはのっそりと言い合う二人の間に立った。
「今からこの山を抜ける感じで?」
「あ? なんだおっさん……そうだけど。鉱山道なら馬車でも通行できるっていうから今から、」
「だからやめろって言ってるんだ」
青年の話を腕組した自警団の男が遮った。
「確かに馬車使ってこの山を抜けることは出来るが、護衛は絶対に必要だ。山脈の中腹は幼魔獣がうようよしてるんだから、」
「いや、そんなの靄を避けていけばいいだけだって。そうっしょ?」
今度は青年が自警団の男に割り込んだ。
「オレ、いつもその手法で移動してきたんだから。靄を避けて幼魔獣躱して、最短でブツを運ぶ物流のプロってね。護衛もつけずリーズナブルよ」
「無謀すぎるだろ!」
とうとう自警団の男が怒声をあげた。
「靄さえ避ければいいって問題じゃねえ! 森も山奥も幼魔獣の現界率はケタ違いなんだ! 今までその方法で通用したのが奇跡みたいなもんだぞ⁉」
語気は強いが、言っていることは至極まっとうだった。が、その心知らず青年は露骨な迷惑顔で舌打ちまでする。
「ちっ、んだよオッサン。オレの自由だろ。そう言って自警団を護衛につけて高い金請求しようってつもりじゃねえだろーな?」
「こっ……この……っ! バカ若造……っ! なんでこんな話通じねぇんだ……!」
ますます険悪な二人を、クシャナは半眼で見比べる。
青年はおそらく運び屋として馬車ひとつで各地を回る配送を生業にしているのだろう。本来なら領地間の移動で必ず雇うべき護衛を付けない身軽さを武器に。
しかし今回は自警団の言う通りで、青年の行動は無謀にもほどがある。
森や山奥は幼魔獣に遭遇しない方が珍しいくらい危険度が増す。平原や馬車道ほど走行の環境も良くないし、靄を避けるルートにも限度がある。
青年は山中の移動経験がないからこそ、これまでの経験から妙な自信に基づいてひとり山脈に向かおうとしていた。
はっきり言って、死出の旅である。
とそこに、しゅるん、と黒髪がなびいて場に割り込んだかと思うと。
憮然としている青年の顔面に「たあっ」と手刀を叩き込んでいた。
「っっ、でえ⁉」
「死にたいのかっ!」
ナタリーだった。
顔面を押さえて呻く青年が目を白黒させている正面で、ふんすと腰に手をやって仁王立ちする。
「な、なにしやがんだ──」
「あんたが死にたかろうと死にたくなかろうと関係なく、そんなんで山に入ったら死ぬっての! そんな死ぬのが確定の行動を見過ごすほど、あたしはお人好しじゃないっ!」
びしっと指を突きつけ──すぐにはっとする。
「あ、間違えた! お人好しじゃなくて『人でなし』だ! あたしは人でなしじゃない!
……って言いたかったの! とにかく危ないからダメっ!」
ぐだぐだだ。
しかし空気は幾分か緩んだ。
手刀を打たれ顔面を押さえていた青年もポカンとし、自警団の男も目を点にしている。
「えーと、失礼」
クシャナが再びのっそりと会話に割り込んだ。
「輸送の仕事で山を抜けるんだよね? ちなみにどちらまで」
「え? あ、西の端だよ。ヤルルク岳のトルケンって村──」
「ヤルルク岳⁉」
ナタリーがぴょっと小さく跳び上がる。
「師匠っ──」
クシャナは目配せと小さな頷きを返し、青年を見た。
「実は俺たち、流れの剣客でちょっとした用があってヤルルク岳に向かうところなんだ」
「え、剣客? おっさんらが?」
青年はクシャナとナタリーへ胡乱な視線を巡らせる。
「それで──まさか護衛に雇えって話じゃないだろうな」
「そのまさか」
「はあ? だからいらねーって。適当な脅しこいて高い護衛料ふっかけようったってそうは──」
「お代はいらないよ」
『……はあ⁉』
青年と、自警団の男まで声を上げる。
「な、オイ、いくらなんでもお人好しすぎるだろ! こんなバカもう山に放り出しとけばいいのに」
「誰がバカだ! オレが若いのに付け込んで金せびるつもりじゃ──いや、代金いらないって……は? なにどういうこと?」
「ヤルルク岳に向かいがてら馬車の護衛をするよ。お代はいらない。その代わり──」
突飛な申し出で視線を集めたクシャナは、へれっと笑う。
「荷台に乗っけてくれない? 正直、足の移動が続いてへっとへとなんだよ」
傍らで、うんうん、とナタリーが大きく頷いている。
かくして自警団の心配は解消され、輸送業の青年は金銭面の負担もなく、馬車はオドアセル山脈を進むこととなった。
クシャナとナタリー。二人の剣客を荷台に乗せて。
「おわー、けっこうこじんまりした荷台だね」
「小回りが利くねえ。なるほどこれで一人でも身軽に馬車を扱ってきたわけか」
「お、おい荷台の物に触るなよっ。汚したり濡らしたりすんなって言われてんだから」
のそのそと荷台に乗り込んだ二人に、青年がすかさず声を挟んだ。
「ご心配なく。いや~、久しぶりに座れたわ~」
「やったあ、足を動かさなくても移動できるー!」
荷物とともに詰め込まれ、ごとごと揺れ続ける環境はお世辞にも快適とは言えないはずだが、剣客二人は露天風呂か高級ベッドにでも飛び込んだかのような歓声を発している。
「……な、なんだこの剣客たち……?」
無料で護衛につくと言われ受け入れたものの「変なやつら」であることに遅れて気付く。
戸惑う青年に、ナタリーはぴしっと山脈の方角を指で指し示した。
「じゃあさっそく出発しよう! 最短でブツを運ぶ物流のプロって言ってたでしょーが。あたしたちも急ぎだから、一蓮托生! さあ行こうっ!」
「お、おう」
ぺし、と馬に鞭を打って、青年はさっそく馬車を動かした。
背後では、「大丈夫かあいつら」と顔面の皺で表現している村の自警団の男が遠ざかっていく。
どうも、とクシャナは彼にぺこりと会釈を残し、あらためて長々と一息を吐く。
「は~快適だ」
「まったくもって同感! 馬さんと荷台の車輪にも感謝したいくらいっ」
「いや……あんたらそんなんでマジで大丈夫なんだろうな? 幼魔獣に遭遇したら動けるのかよ」
荷台でくつろぐナタリーたちに、青年がまだ心配そうな視線を向けて来る。
「大丈夫だって!」
ナタリーが力強い笑みで即答する。
「小走りで移動して今だけ疲れてるけど、いざって時は心配ないよ。討伐なら得意だし!」
「…………あ、うん、はあ……」
自信たっぷりに言い放たれ、青年は視線を前に戻す。
妙な事になったと、このとき青年は後悔しかけたのだが。
山中に入ってほどなく青年は考えを大いに改めることになる。
なにせ山脈を抜ける道で、三度も幼魔獣に襲われたのだ。
そのすべてはナタリーによって討伐され、青年は馬車ともども無傷で山を越えることができた。
靄も薄れ、幼魔獣の気配も消え、幾重の山道を越え、日が暮れかけたころ──
ついに馬車は最西端の目的地に辿り着く。
ヤルルク岳の中腹にある小さな村・トルケンに




