第三十二話 見つけたら斬ろうよ
それまで黙っていたセオドールが口を開く。
「フルガラ、今はまだ調査の段階だ。早計を口にするべきじゃない」
「ええー、いいじゃん。見つけたら斬ろうよ」
フルガラはおどけて肩をすくめてみせた。
「状況証拠からしてほぼクロだよ。〈七聖〉の使いも断言してなかった?」
「決まったわけではない」
セオドールは聞き流さなかった。
「そのための調査だ。剣聖アーノルドの死であるからこそ、慎重に扱わなければ」
「はーい。憶測でモノを言ってはいけないってことだね」
フルガラは素直に頷くが、唇には好奇心に満ちた笑みが浮かんでいる。斬る気はそのままに。
何か言いたげなセオドールを笑顔で抑え、ベアトリクスに向き直った。
「こんな感じでね、〈七聖〉の使いからアーノルドの死に関わる調査を言いつけられてフルガラはセオドールと元・剣聖の行方を探してるんだ。
ベアトリクスはここで領土騎士になったばかりなんだよね? 最近クシャナは来なかった? 会ったとしたらどこに行くとか喋ってなかった? 彼の行方に関する情報教えてくれない?」
「……」
ベアトリクスは開きかけた唇を呼気で乾かせていた。
目の前にいる者に嘘はつけない。
「四日前に」乾いた声が喉から上る「クシャナはティグルスにいました」
目元をぴくりと反応させたのはセオドールの方だった。
「ここには……何の用で」
「討伐です。その日まで領土騎士が手を焼いていた集団幼魔獣の討伐をわたくしが依頼したのです。彼は各地で討伐の旅をしており、ティグルスで再会したのも偶然でした」
「ふんふん」
答えるベアトリクスをじぃっと大きな碧眼で見つめながらフルガラが相槌を打つ。
──嘘はないね、と認めるように。
「それでそれで?」
「その日のうちに北部の廃村に巣食っていた集団幼魔獣の討伐を済ませると、すぐに別の土地に向かって行きました」
──ティグルスは財政面の問題で依頼報酬を出せないことから、もっぱら討伐は領土騎士が行っている。旅の剣客にとって稼ぎが悪い土地だという事情も言い付す。
「別の土地か……」
セオドールがぽつりと呟いた。
クシャナの行方を探す一方で、見つけ出すことを躊躇っているような複雑な声。
ベアトリクスは翳りを帯びた彼の銀眼をそっと伺う。
『六人目』──そうだ、この方は『八人目』だったクシャナとともに剣聖になった──
「それでクシャナは何処にいったの?」
ふいっとベアトリクスの視界にフルガラが割り込む。
「クシャナが討伐したその足で次の土地に向かったって、忙しないよねぇ。大急ぎで大事な目的地に向かった──みたいな感じ」
「だとしたら、その目的は何だ」
セオドールの言葉でベアトリクスの脳裏に過ったのは銀弾だ。銀山付近で製造されているとも言われている〈真髄〉に代わる魔獣討伐の武器。クシャナとナタリーはその力を究明しようとしている。
ベアトリクスは彼らの目的まで聞いている。
よもや剣聖に心を読む異能はあるまいが、眼前で自分を窺うように見つめるフルガラに嘘は通じないことは明白だ。
──ここで、どう答えるのが正解なのか。
銀山のことを伝えたことを言うべきか。クシャナたちは銀弾の秘密を調べようとしていることまで。
「どうでもよくない? 目的なんてさ」
じっくりとベアトリクスの身体の隅々に緊張感が行き渡ったタイミングで、フルガラは話を割った。
「流れの剣客が何のために旅してるのかなんて、フルガラたちにはどうでもいい話だもん。
ねえベアトリクス、クシャナがどこに行ったのか知ってる? 教えて」
「……っ」
まただ。
ベアトリクスに真実を答えるよう圧迫しておきながら、何を答えるのかは操作してくる。
──ここではっきりしているのは。
剣聖フルガラが「口にしろ」と促しているのは「クシャナが次に向かった場所」だ。
何のために、何をしようとしているのかなどは喋る必要がない。
それは今後も口にするべきではない、という再びの封殺でもある。
ベアトリクスに、発言の小細工など許されなかった。
「…………ここから南西の、オドアセル山脈です」
「山脈? 具体的にはどのあたりだろ?」
「最西端にあるヤルルク岳です」
セオドールの目元に怪訝が浮かぶ。
「ヤルルク岳にクシャナが? ここから距離がある山奥だ。一体何のために──」
「なるほどオッケー!」
フルガラが勢いよく諸手を掲げた。
ぱっと翻るケープから覗く華奢な体躯。男女判別し難い身体のラインで、腰には刺突剣と短剣が装備されていた。
──二刀流?
〈真髄〉の意匠をベアトリクスが確かめるよりも先に、ふわりと布の奥に隠れてしまう。
ちらりと見えた柄には、〈真髄〉特有の紅い彩りは見えなかったが──
「クシャナの行き先が判明したねっ! ヤルルク岳ならフルガラ詳しいよ。ここから距離はあるけど、十日もかからないんだ。セオドール、さっそく向かお」
「……そうだな」
セオドールは胸中に何かを決めたような表情になっていた。
場所が明らかになった以上は、動くしかない。
クシャナに会うことは避けられない。
──口数少ない剣聖の心中をベアトリクスが察していると。
「じゃあねバイバイ、ベアトリクス。フルガラたちは迅速に去るよ」
「えっ」
驚いて目を丸くする彼女に手を振って、フルガラは軽やかに去ってしまう。
そのままヤルルク岳に向かうつもりの足取りで。
迅速、というよりとことんマイペースだ。室内に取り残された形になっていると、セオドールが場を取り繕うようにベアトリクスに軽く頭をさげた。
「ベアトリクス、調査協力に感謝します。今後も領土騎士のお仕事に励まれますよう」
「はい。務めてまいります」
深々と頭を下げ返す。
顔を上げたとき、一瞬だけセオドールと目が合った。優しく、しかし翳りのある銀色の眼は月を思わせた。クシャナの名前が出た瞬間に滲んだ複雑な色味は気のせいではないはずだ。訊ねても許されるだろうかとベアトリクスは唇を開きかけるが、一瞬の躊躇いのうちにセオドールはすでに立ち去ってしまった。
部屋の外に待機していた領土騎士たちが、剣聖たちの去った室内をこわごわと覗き込んで来た。
「け、剣聖様は……このままお帰りになられるのか? ご挨拶やお見送りなどは──」
ベアトリクスは首を振って「そんなものは不要だ」と答えた。
接待や追従など無用──〈七聖〉が領土騎士を取り仕切る立場と強さを大陸世界で盤石にしているからこそ、剣聖はむやみに人の上に君臨し力を誇示する必要などないのだ。
人はただ剣聖を畏れ、敬う──その存在たるや、まるで神だ。誰がそうすべきと定めたわけでもないのに、大陸世界はその認識を不文律で共有している。
剣聖たちに恙無く対応できたという安堵に、領土騎士たちはほっと顔を見合わせていた。
──内心、ベアトリクスもその場にへたりこみたかった。
二人の剣聖が放つ威圧と凄みに一人で相対していたのだ。自身の心身が圧迫されていたことを時間差でようやく実感する。
特に『七人目』
もはや恐さや凄みといった単純な気配ではない。
『──ウソはなしだよ?』
発言を巧みに操られ、嘘偽りを許されず、あの剣聖が求める正確な情報だけを答えさせられていた。
あの人は──
「ベアトリクス? 大丈夫か……?」
「………………あ……」
声を掛けられ、ベアトリクスは我に返る。
応接間の真ん中で、床にへたり込んでいたのだ。気が緩んだ瞬間に。
「……大丈夫です。問題はありません」
そう答えはするものの、すぐには立ち上がれなかった。
その性質を善悪で定めることは難しい。
ただ、怖かった。
『七人目』の剣聖。
フルガラ。
その強烈な気配に自分は生きたまま丸呑みにされ、気まぐれに吐き出されたことでこうして生き残ったのだ──その事実にようやく気付く。指先は痺れたようにずっと震えていた。




