第三十一話 人探し、してるんだ①
廃村の寺院に巣食っていた幼魔獣の集団を討滅し、ベアトリクスがティグルスの領土騎士として後片付けや報告を済ませたのは四日後のことだった。
領土騎士が束になっても手厳しい討伐になるだろうと思われていた一件をたった一日で片付けてしまったことに、やはり周りは驚愕していた。
偶然、流れの剣客の助力を得ることができ討滅できたと、ベアトリクスはやや強引ともいえる話を押し通し、仕事の一つとしてさっさと片付けてしまった。
〈七聖〉との関係を考えると、彼らのことをあまり吹聴しない方がいいという判断もあったが。
あの凄まじく鮮やかな討伐を、見たまま伝えても信じてもらえそうにない──
ひとりでも微塵も臆さず戦いに臨むナタリーと、斬跡だけで次元の違いを物語るクシャナの剣技を前に、ベアトリクスは時折夢でも見ていたのではないかとすら思ってしまう。
ティグルス領は周辺の幼魔獣の脅威を排除したことで周辺領地との交易も徐々に再開していた。近隣領地間の輸送の護衛や治安の維持など、討伐以外にも領土騎士としての仕事はひっきりなしだ。
忙しなくも安定した日常が馴染んだ矢先。
剣聖が現れた。
突然ティグルスを訪れた剣聖は領土騎士の事務局へ丁重にもてなされた。
剣聖の用向きは、ベアトリクスに会うことであった。
「『三人目』の剣聖・アーノルドは彼が守った土地であるエーベンで埋葬しました。まずそれをお伝えしておきます」
「──謹んで御礼を申し上げます」
元・徒弟に、わざわざ弔いの詳細を伝えてくれるなんて──
平身低頭のままベアトリクスが応じると、剣聖は少し困ったような気配になる。
「そう畏まらないでください。あなたに話があって突然呼び出してしまったのはこちらの方ですし」
やんわりと促されたベアトリクスは、ようやく硬い表情の顔を上げた。
目の前に立つのは、彼女が先生として仰いだ剣聖・アーノルドよりも年若い男だった。
線の細い長身。黒い髪と銀色の双眸は穏やかな微笑と相俟って静かな夜を思わせる。繊細な佇まいだが、腰には微かな反りをもつ太刀を佩いており、自然と目を引く。
鍔や目釘は色鮮やかな紅。鞘に収まっている刀身が目を引く白であることを彼女は知っている。刀剣を見ているはずなのに、骨と血を思わせる異様な迫力を帯びた意匠は唯一無二の特徴だ。
この世界で剣聖だけが手にする武器──〈真髄〉。
アーノルドが手にしていた身の丈に近い長剣とは違えど、至上の刀剣が醸す気配には威厳すら感じる。先生を前に常に抱いていた緊張感に近い。
目の前の物腰柔らかな青年から、剣聖と〈真髄〉という威圧を受けたベアトリクスは、みるみる強張っていった。
「申し遅れました。剣聖『六人目』のセオドールです」
剣聖の青年は名乗った。
「ベアトリクス。アーノルドの徒弟であったあなたに二、三お訊ねしたいことがあるんです。
まずはエーベンでの魔獣討伐直後のことを」
アーノルドと師弟関係を解消した事実と理由について、ベアトリクスは正直に話した。
魔獣討伐の最中、彼女は〈七聖〉の使いから、剣聖が担う世界均衡のための工作──彼らが「最適解」と口にした真実を知ったからだ。
だが、剣聖を前に「あなた方が人殺しも任務の一つにしていたからだ」とは率直に言えず、
「わたくしには〈七聖〉の、剣聖が担う責を、到底受け入れることができませんでした。ゆえに先生からの離反を決めたのです」
と曖昧に答えていた。
するとセオドールが怪訝そうに目元を翳らせた。
「剣聖の責──受け入れがたいこと、ですか……。それはアーノルドの魔獣討伐に関わることでしょうか?」
「……?」
その反応に今度はベアトリクスが目を瞬かせる番だった。
魔獣に都市を潰滅させ人々を殺戮させる──
それは〈七聖〉の使いから告げられた、剣聖の務めのひとつのはず。
目の前にいるセオドールが、剣聖である彼が、まさかその真実を知らない……?
ふたりが互いに訊ねるような視線を合わせた、そのとき。
「邪っ魔すっるねーっ!」
バン、と勢いよく応接室の扉が開かれ、溌溂とした声が飛び込んで来た。
ぱっと軽やかな足取りで登場したのは、十代後半──ナタリーと同い年くらいの少年だった。
いや、少女だろうか?
フード付きのケープに包まれた華奢な体躯。ショートブーツから伸びる白く長い脚は太腿まで露わだ。フードからこぼれる長い金髪が眩しいほどの輝きを放っている。
「遅れてごめんね。寄り道しちゃった!」
フードを下ろして露わになったのは、つぶらな碧眼に艶やかな唇が象る眩しい笑顔。一瞬にして人の目を惹く愛嬌が弾けていた。
明るい声はあどけなく、少年なのか少女なのかますます判らなくなってしまう。
「フルガラ」
セオドールが少し咎めるような声音で少年──あるいは少女を見る。
「話の途中だったんだよ」
そのマイペースぶりは慣れたものなのか、セオドールは大きな音をたてて登場したせいでベアトリクスを驚かしたと、乱入者を諫めている。
しかしローブの少年少女もまた諌言に慣れた様子で肩をすくめた。
「ごっめーん。小腹が空いちゃってさぁ」
反省の感が乏しい言動。おまけにちろりと舌まで見せておどける。
「ちょっとそこの出店でお菓子食べてから来たんだ。いいよ。お話続けて。ねっ。
エーベンの魔獣討伐にまつわる調査でしょ? やることは山積みだし、どんどん進めよっ」
セオドールとベアトリクスに親し気な笑みを寄せると、話を促し自然と場を取り仕切っている。あっという間に場の中心に存在していた。
セオドールは小さな溜息混じりに、
「話は続けるけど、その前にフルガラも挨拶を」
「え? あ、そっか」
すでに人懐っこい笑みをベアトリクスに寄せていたのだが、少年とも少女ともつかない存在はケープの裾を翻し、注目を集めるように両手を広げた。
「はじめまして。フルガラだよ。『七人目』の剣聖になって二年目の十八歳! よろしくねっ」
目元にピースサインを寄せてウインクまでつける。
ふざけた挙動だが、笑顔や声は問答無用に華やかだ。
さながら舞台の注目を集める看板役者のごとき立ち居振る舞いだった。




