第三十話 弾丸のごとく、直行で②
クシャナがベアトリクスと寺院跡に立ったときには、ナタリーと幼魔獣三体による戦闘が繰り広げられ、あっという間に三体目の斬馘が済んでいた。
「すごい……!」
ベアトリクスは圧倒され、しかしすぐに周囲に視線を巡らせる。
「中心部に四体目が!」
目の前の瘴気を銃剣で振って掃うと、すり鉢状の空間の底辺である中心部に先程の三体より二回りほど大きな幼魔獣が通路の穴の一つから姿を現していた。
長大な胴体で地を這うたびに、巨大な尻尾で周囲を削り薙いでいる。獣というより沼地にひそむ鰐を彷彿とさせた。
幼魔獣が咆哮する。幾重も連なる棘のような牙を剥きだし、瘴気と衝撃波を拡散させた。
凶暴に怯んでいる暇はない。
ナタリーは傾斜を蹴り、一気に底まで駆け下りた。落下に等しい加速で幼魔獣の懐へ。
「! とぁっ⁉」
同時に突進してきた幼魔獣が、突如方向転換するように巨大な尻尾をぶお、と薙ぎ払ってきた。相手の真正面に立つつもりが、真横から迫る尻尾を迎えざるを得ない。
「──くぅっ」
宙で身体を捻り、迫る尻尾を刀身で受ける。巨木のような尻尾で叩き潰されることは回避したものの小さな身体はバットで打たれたボールのように弾かれてしまった。
旋転し、着地。勢いよく打ち上げられたせいで、底辺の幼魔獣と大きく距離をとられた。
「次は斬ってやるっ」
左から右に銃剣を構え直す。肩上で刀身を水平にした突きの攻撃態勢。
──くっそぉ、宙空で瞬発の判断が遅れた。
尻尾の攻撃に受け身をとるんじゃなく、流れを見て斬ればよかったんだ。銃の威力を加算すれば斬れた。引き金を引くタイミングも全然だめだった──
先ほどと同じく、飛び込みのように幼魔獣の地点まで駆け降りようとしたが。
幼魔獣が巨体をうねらせ、穴のなかに引っ込んでしまった。
「って、ああー! 逃げんな!」
ナタリーの怒声を無視して、幼魔獣はずるりと穴の奥へ。廃墟の造りは不明だが、この空間のあちこちにある穴が裏の通路で繋がっている可能性は高い。どこかの穴から、狙い澄まして出てくる可能性がある──
ナタリーはすり鉢状の空間を臨める高さにいるベアトリクスに声を張った。
「ベアトリクス! 気を付けて! どっからか奴が出てくる!」
「はい! ですが、地下まで逃げる恐れが──」
「俺が追い出してくるよ」
穴に潜んだ幼魔獣との持久戦が危惧された矢先、クシャナが太刀を手に進み出た。
石造りの階段も削れ、砂礫と化した斜面を難なく滑り降りる。
「え⁉ 師匠、穴入るの? だったらあたしも──」
「ナタリーはここで待機」
クシャナは鞘から太刀を抜くと、駆け寄ろうとしていたナタリーの動きを止めた。
穴の奥がどのくらいの広さか不明だが、クシャナの太刀が充分に振り回せる空間だとは思えない。
しかしクシャナは簡単にこう告げた。
「俺がどっかの穴からほじり出すから、ナタリーはとどめを頼む」
「──了解!」
任されたとあって、反射的に力強く応じる。
だが、クシャナは狭い通路で幼魔獣とどう相対するのか──幼魔獣が逃げた底辺の穴に姿が消え、二拍分ほどの呼吸の間の後。
周囲に通じる穴から、幼魔獣の絶叫が響き渡った。
「──⁉」
構え直して、周囲に気配を研ぎ澄ませる。
通路を残響するのは、幼魔獣の絶叫と、鋭く硬い剣戟──いや、硬い鱗を間断なく斬りつける凄絶な刃物の嘶きだった。
光の届かない穴の奥で、どれほどの斬撃が繰り広げられているのか──
やがて切羽詰まったような轟音が近づいてくる。
悲鳴も交えた巨体の足音──来る。
「ナタリー! 四時の方向です!」
ベアトリクスがいち早く穴から吹き付ける空気の変化に気付いた。
ナタリーは地を蹴り、特定された方角へと跳ぶ。
斜面を踏み込むたびに身体を加速させ、落下の勢いを相乗させる。
自身を弾丸にして、正面の穴に向けて迫るとナタリーは銃剣を頭上に振り上げた。
「うぅおりゃあああああああああっ!」
気合が迸る。
次に目の前の穴から出現したのは、身体のあちこちから瘴気を噴き散らしながら絶叫する幼魔獣だった。満身創痍──なんてものでは済まない。身体中の鱗が削られ、斬り刻まれている。幼魔獣の咆哮はもはや威嚇の片鱗はなく、痛みに泣き叫んでいるようだ。
穴の奥に潜ろうとしていた幼魔獣を外に追い出すためとはいえ──師匠の刃は情け容赦なかった。
作り出された絶好の機会を逃すわけにはいかない。
ナタリーは宙でエビ反りになるまで銃剣を振り上げ、落下の勢いとともに振り下ろす。
絶叫とともに外に飛び出たばかりの幼魔獣。そのうなじに刀身が触れた瞬間引き金を絞り発砲、重力と斬撃と火薬の爆発とが刃に集束。
ナタリーの銃剣は一太刀で巨大幼魔獣の首を斬り落とすに至った。
幼魔獣を穴から追い出すことに成功したクシャナが、抜き身の刀を手にぶらりと外に出る。
「おお、とどめ一発で決めたか」
「うん!」
穴を出るとさっそく首を斬断された幼魔獣の骸と、銃剣を手にしたナタリーに出迎えられる。
骸の斬断面を見ると、クシャナは感心するように顎に手をやった。
「やるねえ。だいぶ銃剣の切れ味も増してきた」
「よっしゃあ……! て、その前に師匠!」
褒められ喜ぶ、のを中断し、ナタリーはずんずんとクシャナに迫った。
「どうやって幼魔獣を穴の中から追い出したの? 師匠の太刀は狭いところだと使い勝手悪そうなのに、幼魔獣ズッタズタだったじゃんか!」
「そこはまあ、突きで何回か斬りつければなんとか」
刀身が一メートル近い太刀は、洞穴など狭い場所では武器としての機能を根本から封じられる。
が、状況に応じて斬り方を変えればいい話だ。
上下左右でなく、前後の空間さえあれば太刀でも突きの攻撃が可能だ。
使い慣れた得物の使用を優先して突きの連撃を見舞わせ、幼魔獣を外に追いやったわけだ。
「そんなん言うけど、狭い場所で幼魔獣相手にあんなにたくさん斬りつけられるものなの……?」
簡単に説明したせいか、ナタリーは納得いかない表情でクシャナと足元の幼魔獣とを見比べている。
「──見事な御手並みでした」
戦闘の観測をしていたベアトリクスが、静かに二人の元に近付いた。
「これほどの短時間で決着が付くとは」
「この辺に出る幼魔獣ってこの四体だけでいいの? まだいる?」
銃剣を携えたまま、ナタリーが問うとベアトリクスは首を振った。
「おかげさまで、このエリアの脅威とされていた幼魔獣は掃討できました」
「そうなの? よかった!」
「お見事でしたね、ナタリー。わたくしが僭越に物申すのもはばかられますが」
「ううんっ。あたしはまだまだだよ。一手防御に回ってしくじったし、とどめを刺せたのだって師匠のおかげだもん」
小難しい言い回しで賞賛するベアトリクスに対し、ナタリーはきょとんとしつつさっそく反省を始めていた。
「もっと瞬発で動きたいし、攻撃手段も増やしたいし……師匠みたいな突きの連撃、あたしも使えるかな」
「いずれね」
クシャナは太刀を鞘に納めた。
すっと空気を鳴らした納刀の音に、ベアトリクスが何かを悟ったように居住まいを正した。
「──行かれるのですか」
「ああ。この足でそのまま南西のオドアセル山脈に向かうよ」
──南西。オドアセル山脈の最西端にあるヤルルク岳。銀山へ向かう。
「山脈……てことは、銀山の場所ってこと?」
昨晩寝落ちしてしまったナタリーだったが、山脈という言葉から察知する。
銀弾の究明のためにも探していた土地──
「おふたりとも、ご武運を」
ベアトリクスは丁寧に二人へと一礼した。
二人の旅に同行することは叶わずとも、その行く末の無事を願っている。
クシャナにとっては、その気持ちだけで充分だった。
「また助けられたよ、ベアトリクス。銀山の情報──大切に活用させてもらう」
「ありがとう、ベアトリクス! ティグルスの領土騎士のお仕事がんばって!」
「こちらこそ。お二人とも、お気をつけて」
武器を手に、命を懸けて幼魔獣や魔獣と戦って人を守る──剣客を生業にする者として。
次に会うときまで生きていようと約束するように、挨拶を交わす。
「またね! ベアトリクス!」
「はい。必ず、また──」
明るく笑顔で手を振るナタリーに、ベアトリクスも微笑を返した。
廃墟の幼魔獣の後始末を地元の領土騎士であるベアトリクスに任せ、クシャナたちはその場から南西へ。目的の山脈地帯に向かっていく。
森の獣道に二人の姿が消えるまで、彼女は見送ってくれた。
最後に一度だけ振り返ったクシャナは小さく頷くと、ベアトリクスも小さく応じる。
そこに悲壮な別れはなく、互いを激励し合う真っ直ぐで力強いものだった。




