第三十話 弾丸のごとく、直行で①
翌日には討伐に出ることになった。
クシャナとナタリーはティグルス北部の森のさらに奥にある廃墟へと向かう。
数十年前、幼魔獣の襲撃により潰滅した廃村地域はほとんどが森に呑まれ、小高い丘に石造りの朽ちた寺院を残すのみ。辺りはうら淋しさと草木の生命力に覆われて久しかったのだが、最近になって再び幼魔獣の目撃情報が寄せられたという。
森の獣道を北上していると、すんすん、とナタリーが鼻を鳴らす。
「──ん? 瘴気……? 近いのかな」
「さすが鼻が利くねえ」
殿をつとめていたクシャナが感心する。
二人を先導して歩いていたベアトリクスが振り返った。
「廃村の寺院まではあと二百メートルほどです」
彼女の他に領土騎士はおらず、三人だけ。
というのも、クシャナたちへの討伐依頼がベアトリクス個人によるもので、正式な仕事としてランクに応じた騎士の追加などができないからだ。領土騎士が公的機関であるがゆえに、報酬が発生する依頼手続きをとると時間もかかる。
結果、ベアトリクスは偵察として目的の廃村へ。クシャナとナタリーはその手伝いとして同行することとなった。
生真面目な性格ながら、ベアトリクスはなかなか柔軟に行動してくれる。
「先に潜む幼魔獣は集団化しており、総じて二等ランクの討伐と認定されています」
獣道の草木が薄れ、視界が開けた。
クシャナとナタリーもすぐさま目的地を確認できる。
僅かな傾斜の果てにある丘に、欠けた石の支柱を所々に残した寺院がある。
数十年前の廃村ならば木々に覆われ緑に沈んでいるはずなのだが、目の前の廃墟は灰色に濁った空気に覆われている。
幼魔獣の棲息を示す瘴気だ。
猛毒ではないが長く摂り込むと人体にも影響する。現に瘴気の汚染で寺院周辺の草木は枯れ腐り、寺院を覆っている蔦や蔓は不気味な赤紫に変色している。
「わたくしたち領土騎士が手こずっている理由は、寺院を根城にする幼魔獣たちが連携を取っているためです。前回も囮を使った誘い出しにやられ、四名が重傷を」
集団化した幼魔獣は一気に厄介になる。群れで連携し獲物を手際よく狩る知恵を付けるか、共食いして凶暴な一体を作り出してしまうからだ。
命からがら討伐隊は撤退したのだが、再度の出陣は慎重になる。複数相手となるとこちらも数を揃えなければならず、作戦を立てる時間もかかってしまう──
「今日中に片付けよう。ナタリー、銃剣はまめに構え直しを忘れずに」
寺院を見据え、そこに潜む気配を探りながらクシャナが言うと、ナタリーは頷く。
「了解。連携する幼魔獣、二等ランクだね。任された!」
背中の銃剣をさっと片手に携える。
瞬時に集中を高めると、ナタリーはたっと地を蹴って駆け出した。
その背中を見やりつつ、クシャナはベアトリクスに淡々と告げる。
「俺がサポートするから、ベアトリクスは全体を見て観測を頼むよ」
「え? あの、三人で連携では……?」
一人は突然駆け出し、一方はのんびりと指示を出す──ナタリーと自分とを見比べるベアトリクスに、クシャナは手短に付け足した。
「俺の弟子に任せて」
ナタリーが丘の上まで一気に駆け上がると、目の前にすり鉢状の空間が広がっていた。
劇場や広聴の舞台を思わせる半球は砂に朽ちてもはや巨大な蟻地獄の巣に近い。大勢が出入りする通路と思しき穴がところどころにあった。
「なるほど、あれを使って奇襲を──」
独り言ちていると、手前の穴からぬっと気配が出現する。
体長はクマほどだった。全身鋼色の鱗に覆われた四肢の獣。だが「生き物」とは一線を画す禍々しさに満ちていた。その気配を可視化するかのように唸りを漏らす顎から瘴気を噴き零し、周囲を濁している。
異界の魔物──幼魔獣。
この世界に現界して破壊の限りを尽くし、生きとし生けるものを悉く喰らう。捕食を重ねて巨大化し、その果てには進化体である魔獣へと転化する。
現界の理由含め、転化の原理も不明。並大抵の生命力ではなく、銃剣や火薬を投入した戦闘を重ねることが必要となる。
着実に仕留める手段は、斬馘。
首を落とさねばならない。
魔獣の首を斬り落とすことは〈真髄〉にしか叶わないが、進化前の幼体である幼魔獣であれば剣客らの汎用武器でも可能だ。
こちらの姿を正面に捉え、瞬時に殺気を発する幼魔獣を向かい合うと。
ナタリーはさっそく前に踏み込んだ。
小さな身体が空気を切り裂き、一足で間合いを縮める。
「ふっ──!」
瘴気を零していた顎が開かれ、何かを吼え叫ぼうとしていたところだった。
息をつめたナタリーが黒い刀身を縦に振り上げ、斬閃が迸る。
次には閃きの軌跡をたどるように、幼魔獣の顎から頭頂部が縦に割れていた。
ナタリーは頭上に伸びた刀身を次にはくるりと翻し、横に薙ぐ。
刀身が通過した一瞬後。
どづん、と重たい音をたてて割れた頭が足元に落ちた。首を失った幼魔獣の身体から瘴気が一気に噴き出す。
直後、左右から同じサイズの幼魔獣が躍り出てきた。一体を犠牲にしたうえでの挟み撃ち。
「──っ」
ナタリーは鋭い呼気で腹腔を固めると、その場で刃を斜め左下から右上へと振る。
ひゅっ、と刀身が囀るような音をたてた。剣先が浅く宙を疾る。
軽く裂かれた刃の鋭利が研ぎ澄まされ、
剣先が左右から迫る幼魔獣を掠めた。
左から迫る幼魔獣の顎下を削り、右から迫る幼魔獣の鼻先を斬り飛ばす。
斬られた顎と鼻先から瘴気を噴きながら二体の幼魔獣が同時に叫ぶ。
交差して着地した幼魔獣たち。しかし顔を向けた地点にナタリーはもういない。
頭上から、黒く閃く刃が落ちる。
真っ直ぐに振り下ろされた銃剣の刃が、真下にいた幼魔獣の首を斬り落とした。
自重も使った斬撃が頭と胴を繋ぐ髄を綺麗に断つ。
ドウッ──と水道管が破裂したように、瘴気が噴いた。
墨色に濁った視界で、残り一体の幼魔獣が叫ぶ。
地面すれすれまで刀身を振り下ろしたナタリーは手首を捻るように柄を構え直すと、次には絶叫の方へと銃剣を振り上げた。
踏み込みと腕の力だけでの斬撃では、幼魔獣の首は落とせない。
刀身の硬度と銃弾の飛び道具とが売りの銃剣には重みによる威力が加算できないのだ。おまけに使い手である小柄な少女の膂力にも限度がある。
しかしナタリーは構わず切り上げの動きをとる。
凶暴な幼魔獣の爪と顎が届く寸前。
彼女の手にする銃剣の刀身が相手の首筋の鱗に届く。
刹那。
ナタリーは引き金を引いた。
ずどん、と無骨な重低音。銃口が幼魔獣に負けじと咆哮し、その頸元で発砲、強烈な火薬の威力がナタリーの繰り出す斬撃に重さと速さを付加して大剣並みの斬撃を実現させた。
ずぉ──、と黒い刀身が火薬のなかで閃き、地から天を力強く切り裂く。
相手の間合いで怯みなく首筋を狙い定めたナタリーの斬撃によって、幼魔獣の首は高々と宙を舞う。




