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ココロ・ノート ~死にかけたら「心の音」が聴こえるようになったので、不器用な騎士たちと世界を調律して回ります!~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第61話 エリーの追憶

 ((何故ですか!?))


 薄暗い部屋の中、エリーの怒号が響いた。

 険しい顔で年配の男性に詰め寄っている。

 その顔は険しく歪んでいて、握られた手が怒りで震えているのが見えた。


 ((戦地に行くより、困っている人たちを助けるのが、私たち調律師の使命のはずです!))


 あれから近くに漂う光の球に触れて、エリーの記憶の中に入り込んだら、薄暗い部屋にエリーと年配の男性が2人で対峙していた。

 とても友好的とはいえない雰囲気の中、お互いの音がぶつかり合って、激しい不協和音を奏でている。


 ((まぁ、落ち着きなさい。確かにそういった事も必要だが、君のような正式に『調律師』となった者達に、そんな些末(さまつ)な事をさせるわけにはいかんだろう))


 重厚なテーブルに座りながらエリーを見上げる年配の男性。

 困ったようにため息を吐きながらも、その顔には隠しきれない傲慢さが浮かんでいる。


 ((些末(さまつ)……?))


 エリーは信じられないという表情で、男性を見返した。

 壁の蝋燭が揺れて、2人の影が踊るように揺らめく。


 ((そうだ、当たり前だろう。《純音(プリモ・ノート)》を碌に扱えない民など、所詮は出来損ないの下民に過ぎない。我々のような選ばれし者の力を割く必要などないのだ))


 男性は、さも当然というように、エリーに向けて侮蔑を込めた言葉を投げた。


 ((なんて事を……))


 それ以上言葉にならないエリー。

 怒りで拳を震わせながら、悠々と椅子に座る男性を睨みつけている。

 対する男性は、そんなエリーの様子を歯牙にもかけず、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


 ((下民達の救いなど、調律師の『なり損ない』で充分。我々は、国のためにその身を捧げなければならない))


 コツコツと靴音を響かせながら、机を回り込んでエリーへと近づいていく。


 ((…………))


 険しい顔で男性を見ながら、その場を動かないエリー。

 わざと靴音を響かせる男性は、嘲るような笑みを浮かべながら、エリーの目の前で立ち止まる。


 ((納得出来ないと言いたそうな顔だな。残念だが、これが現実だ。国家の安寧のためには、多少の犠牲は覚悟するものだよ))


 男性の右手がスッとエリーの顔へと伸びて、エリーの形の良いアゴを乱暴に掴んだ。


 ((――!))


 ((歴代最高の能力値を持つ天才。それに中央から期待されている肝いりとはいえ、今は私の部下だ。指示には従ってもらう))


 そんな仕打ちを受けながらも毅然と男性を睨みつけていたエリーの顔色が、サッと青くなった。


 目の前にいる男性の雰囲気がガラッと変わったのだ。

 尊大な笑みが消えて、瞳の色がゾッとするくらい冷たい色へと変わっていく。


 ((君は確か、スローベル地方出身だったな。なるほど、下民に擦り寄るその思想は、彼奴に植え付けられたのだな))


 男性の内側から、ホルンの音色が響き出した。


 "っ――――!?"


 その音色は、地を這うように低く《絶望》のうねりのように粘着質な音。

 その音が響いた瞬間、胸の奥を直接掴まれたような感覚に襲われた。

 呼吸が浅くなり、心臓が嫌なリズムで跳ねる。


 ((危険な思想だな。選ばれた者が下々の者達を導く――それが、この国の正しい在り方だ。それを否定する馬鹿者は、排除せねばならん))


 冷たい瞳が危険な色に染まっていく。

 口元が歪な弧を描いて、攻撃的な音がますます強く響き出している。


 ((っ! アリアナ先生は、何もしていません! 私が勝手にそう思っているだけです!))


 焦ったようなエリーが、必死に誰かを庇うように声を荒げている。

 でも、顔色が酷い。

 あの音を至近距離で浴びているせいだ。


 "――っ! エリーを離して!"


 思わず駆け寄って、男性の腕を振り払おうと手を伸ばす。

 けれども、私の手はすり抜けるばかりで、目の前の光景に何も出来ない。


 ((ならば、君自身に再教育が必要なようだな。うむ、そう考えると今回の任務はちょうど良い機会だ))


 エリーをグイっと乱暴に引き寄せると、心を蝕むような音を更に強くした。

 その音に反応するように、蝋燭の火が激しく揺れ、部屋全体が軋むような音を立て出す。


 ((命令だ。敵国のなり損ない共を、君の調律で殲滅してこい))


 血の通わない声色が響く。

 その言葉を聞いて、エリーの瞳が見開かれて大きく揺れた。


 ((なに、一個小隊での行動だ。実に簡単な任務だよ))


 そう言うと、ニコリと笑って見せた。

 ただ、感情を欠いたような笑みは、ただ恐ろしく感じさせられた。


 ((――!))


 そして年配の男性は、半ば突き飛ばすようにエリーから手を離すと、くるりと振り返って机へと歩き出した。

 青褪めた顔で男性を見ているエリーとは対照的に、にこやかな顔で椅子に腰掛けて言い放った。


 ((なに、すぐに慣れるさ……私のようにな))


 冷たい刃物のような言葉が、エリーを刺すように響く。

 エリーは唇を噛み締め、眉間に深いシワを寄せながら、頷いていた――



 ――

 ――――

 ――――――


 光が解けて、また暗闇の世界に戻る。


 "エリー……"


 彼女の苦い物を飲み込んだ顔を思い出す。それに――


 ”エリーが戦場に……?”


 はっきりと言っていた。戦場で敵の兵隊を殲滅してくるようにと。

 しかも、簡単な事だと……


 ”エリーが剣を振るうわけじゃないよね。それなら、音で……人を壊すってこと……?”


 その可能性に、背筋がぞわりと粟立った。


 人を癒やすための音。

 乱れた心を整えて、苦しみを和らげるための調律。

 私はずっと、そういうものだと思っていた。


 誰かの涙を止めるため、誰かの痛みに寄り添うために。

 壊れたものを、少しでも優しく繋ぎ直すための力だと、そう思ってきていた。


 ――なのに。


 あの男性のホルンの音を思い出す。

 胸の奥を直接掴まれて、心ごと握り潰されるような、あの不快な音。


 呼吸すら奪われて、このまま壊れてしまうんじゃないかと思った。

 あれをもっと強く、もっと容赦なく向けられたら――

 心が壊れてしまうかもしれない。


 ぞくり、と指先が冷たくなる。


 もし……この力が誰かを救うためだけじゃなく、壊すためにも使えるのだとしたら。

 私が今まで縋ってきたこの音は、一歩間違えれば、人を傷つける刃にもなるということ。


 ――私も、大切な人たちを、この手で壊してしまうことだって――


 ”……っ!”


 思わず自分の冷えた指先を強く握りしめた。


 ――嫌だ。

 そんなもの、望んでいない。

 そんなことをしたら、本当の化け物になってしまう。


 私は、誰かを傷つけるためにこのチカラを使いたくはない。

 この調律師としてのチカラは、人に寄り添って手助けするために使うべきだ。


 そう、エリーが訴えていたように。

 でも……


 ”あの感じだと、エリーは戦場に行かされたんだろうな……”


 あの光景が、はるか昔に起きたことだとわかっていても、心が痛む。

 人の役に立ちたいと願う優しい人に、戦場で戦ってこいだなんて……


 ”それに、あの男性が言っていた《純音(プリモ・ノート)》……”


 男性は「純音も扱えない出来損ない」と言っていた。

 それはつまり、エリーたちにとって《純音(プリモ・ノート)》は当たり前に存在していたものなんだ。


 辺境伯様から教えて頂いた《大静寂(グレートサイレンス)》が起こる前の時代――少なくとも500年以上前の記憶。

 《純音(プリモ・ノート)》が何なのかわからないけれど、あの時代の調律師にとって大事なものなんだろう。


 ”……わからない事を考えても無駄だよね”


 私は相変わらず音の出ないため息を吐きながら、聴こえない呟きを零す。


 ”あの後のエリーのことも気になるし……”


 周りを漂う光の球を見回す。

 まだ数えきれないくらいに浮かぶ光の球。

 この一つ一つに、エリーの思い出が詰まっているんだ。


 楽しい思い出も、辛くて悲しい記憶も――


 私は一度、ギュッと手を握った後、目の前を横切る光の球に手を伸ばした。




 ――

 ――――

 ――――――


 ((――ワァァァァァッ!!))


 突然聴こえてきた雄たけびと、金属同士がぶつかり合う音。

 その心を押しつぶすような音に、びくりと身体が固まってしまう。


 怒号と悲鳴が織りなす狂騒の音。

 それに加えて、鉄と血の匂いが混ざったような音が私に襲い掛かってきた。

 思わず耳を塞ぐけれど、不快な音のせいで吐き気がこみ上げてくる。


 口元を押さえながら周りを見渡すと、どうやら切り立った崖の上にいるようだ。

 音のする方に顔を向けると、崖の下から怒号と悲鳴と金切り音が聴こえてきている。


 ”ここ、エリーが行かされた戦場なのかも……”


 そう思って崖の反対側を見ると、20~30人くらいの集団が整列しているのが見えた。

 皆、革の防具に身を包んで、剣や弓を手にした兵士たち。


 その傍らに、奇妙な集団がいるのに気付いた。

 兵士と同じ革の防具に身を包みながら、なぜか楽器を手にしている集団。

 リュートにフルート、チェロとホルン。そしてヴァイオリンを手にしている人たち。


 崖の下では人と人が争っているのに、リラックスした様子で楽器の手入れをしている。


 ”なに、あの人たち? 今から演奏でもするつもりなの……?”


 私でも場違いだとわかる光景に、つい眉をしかめていると、兵士たちに動きがあった。

 集団から少し離れて崖の下を覗いている人物に、中年男性が近づいていく。


 ((ジールクス副長! 響撃部隊以下25名、配置につきました!))


 中年の男性が、敬礼をしながら崖下を見ている人物に告げた。


 "ジールクス...?"


 報告を受けて振り返ったその人物は――エリーだった。

 革の防具の上に濃紺のマントを羽織った彼女が、一度目をつむってため息を吐いたように見えた。


 ((わかりました。では、予定通りに作戦を行います))


 その顔には、何の感情も浮かんでいなかった――

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