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ココロ・ノート ~死にかけたら「心の音」が聴こえるようになったので、不器用な騎士たちと世界を調律して回ります!~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第60話 何処かの光景

 目の前にある光の球へ、躊躇いながら手をそっと伸ばす。

 震える指先の向こうには、またどこかの光景と男女の姿。


 "さっきとは違う……?"


 近づけた手を止めて、光の球に映る光景に目を凝らす。


 "どこだろう、ここ?"


 小さな球の中に閉じ込められた景色は、先ほどのよう室内ではなくて、外の景色に見える。

 その中で動いている人物の様子を見てみると――


 "――えっ! これ、さっきの女性だよね? どうしてこっちにもいるの……"


 そこには、さっき見た光の球にいたエリーと呼ばれていた女性の姿。


 わからない……

 光の球も、音の消えたこの世界も……


 一歩、また一歩と後ずさっていると、別の光の球が横目に映った。

 びくりと肩が震えて顔を向けると、別の光の球がふわふわと浮かんでいる。


 "――っ、こっちにも!"


 また別の場所で誰かと話している《エリー》の姿。


 "もしかして、他の球の中も――?"


 私は震える指先を握りしめながら、辺りを見回すと、周囲には数え切れないほどの光の球がふわふわと浮かんでいる。

 もしかしたら、この光の球ひとつひとつに《エリー》が入っているんじゃ――


 "なに……何なの、これ。私、どうしたらいいの……"


 理解出来ない光景に、喉の奥がひりつく。

 触れればさっきみたいに知らない場所が出てきそうで、光の球から身を引いた。


 無数に浮かぶ球は暗闇の中で光を放ち、幻想的な光景を見せている。

 相変わらず聴こえてくる《ピィィン》という澄んだ音も重なって、その光景は、いっそ畏れを感じるほどに美しい。


 "――はぁ"


 吐いたため息は、相変わらず聞こえない。


 この幻想的で、不気味な世界で、私は立ち尽くしてしまった。


 ――ピィィン!


 また、聴こえた。

 あっちの奥の方から聴こえてくる。


 "立ってるだけじゃ駄目だ、何かしないと。でも――"


 進むべきか、光の球に触れるべきか。

 すぐ横ある球に手を伸ばしては、触れる手前で手が止まる。


 "さっきは大丈夫だったけど、今度は私がこの球の中に閉じ込められるかもしれない……"


 わからないことへの恐怖が、触れることを躊躇わせる。


 ――怖い、けど。


 "私は戻りたい。アレク達のもとに――!"


 大きく息を吸い込んで、ギュッと目を瞑った。


 "――っ!"


 目の前にあった光の球に向けて、勢いよく手を突き出した。

 ピィィン。と、澄んだ音色が遠くから聴こえてくる。


 ――

 ――――

 ――――――


 ((エリー、おめでとう!))

 ((凄いわ!さすがエリーね!))


 突然、湧き上がる歓声が頭の中に響いた。

 手を突き出した姿勢のまま、恐る恐る目を開くと、周囲は暗闇から別の景色へと、ガラリと変わっていた。


 ――ああ、音がある。

 さっきの場所では何も聴こえなかったのに。

 ここでは、こんなにもはっきりと聴こえてくる。


 ((ありがとう、頑張れたのはみんなのおかげだよ!))


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはドレス姿のエリーがいた。

 小型のハープを抱えながら、満面の笑みで周囲の人たちに手を振り返している。


 "やっぱり、エリーだ。さっき男の人と話してたエリーそのままだ……"


 エリーが大きく手を振ると、また歓声が湧き上がった。周囲の熱気に汗を滲ませながら声を張り上げる人達を、涼しげな顔で眺めている。


 どうやらここは、豪華な装飾が施された大きなホールの中のようだ。

 辺境伯様の城とも違う、教会の建物とも違う石造りの部屋は、白い壁が高く伸びて、遥か上にステンドグラスが並んでいる。

 色とりどりのガラスが陽の光を透かす様は、ただ美しかった。


 美しい光景に思わず息を飲んでいると、エリーにひとりの男性が近づくのが見えた。


 ((エリー……。しばらく離れ離れになるけど、ここから君の活躍を祈ってるよ))


 ((ふふっ、あなたもすぐに追いかけてきてくれるでしょう? ねぇ、カムリン?))


 それは、さっき見た光の球にいた男性だった。

 心配そうな顔でエリーを見つめるカムリンと呼ばれた男性は、イタズラっぽく首を傾げて見上げるエリーに苦笑いしながら頷いた。


 ((ああ、すぐに追いかけるさ))


 カムリンが拳を握りしめて、力強い目をエリーに向けて言った。


 ((次の発表で、必ず俺も『調律師』になってみせる!))


 "えっ――調律師!?"


 思いがけない言葉に、息を呑んだ。

 今、間違いなく『調律師』と言っていた。


 ((約束よ? 楽しみに待ってるわ。その時には調律師の先輩として、色々教えてあげるわね))


 エリーはイタズラっぽい表情でカムリンをからかっている。


 "エリーが調律師になったってこと? ()()()()()()()()()()()なの……?"


 突然チカラに目覚めた私は、こんな感じに祝福なんてされてはいない。

 周りからは((この街の希望の星だ))なんて言葉も聴こえてくる。


 "ここだと、調律師は皆に尊敬されて、祝福される存在なんだ……"


 自分とはまるで違う。

 人間じゃないかもなんて、そんな恐怖を感じることなんて無いんだろう。


 "――いいな"


 自分でも知らないうちに、音にならない言葉が溢れ出た。


 目の前では、カムリンとの別れの抱擁を終わらせたエリーが、彼の背後にいる人達に向けて快活な声を張り上げた。


 ((それじゃあ、みんな! 行ってきます!))


 また沸き起こる歓声を受けて、エリーが扉の外へ――


 ふっと、景色が溶けて、周囲が暗闇に飲み込まれた。

 先程の光景の残滓が、僅かに光の粒となって舞い散り、体の中にはまだ歓声の余韻が残っている。


 相変わらずふわふわと浮かぶ光の球。


 "…………"


 私は口元に手を当てて、いま見た光景を思い出す。

 今のは、エリーが『調律師』になって、皆に祝福されながら何処かへ旅立った光景だ。


 『調律師』という言葉が、あまりにも自然に使われていた。

 それに、カムリンは調律師になってみせるとも。

 まるで、誰もが憧れる職業みたいに。


 それと、なんというか……あの光景の中にいた人達に感じる違和感。

 エリーもそうだし、周りにいた人達もそうだった。


 "なんだろう。もう少しで出てきそうなんだけど……"


 頭に手を当てて考えていると、すぐ横にフワリと漂ってきた光の球。


 私が手を伸ばす前に、肘の辺りに飛んできた。

 そう思った瞬間、また別の景色が広がった。


 "っ!? 手で触れなくても、球が弾けるんだねっ!"


 予期せぬ事態に心臓が強く脈打つ。

 少し後退りながら周囲を見渡すと、今度は外の景色。それも、鬱蒼と草木が生い茂った林の中だった。


 少し離れた場所にある獣道を、目深にフードを被った人物が周囲を警戒しながら歩いている。

 顔をすっぽりと隠しているから顔がわからないけれど、シルエットからして女性だろう。


 こんな林の中を、女性ひとりで歩くなんて……それに、フードを被っててもなんとなくわかる。

 この人、エリーだ。


 野盗に見つかれば格好の餌食だろうし、熊や狼に襲われる危険だってある。

 遠目に見える限りでは、腰に大振りのナイフを身につけているだけみたいだ。


 たくさんの人達に見送られて、幸せに満ちた顔をしていたのに……どうしたんだろう?


 私は胸の前でギュッと手を握ると、エリーに向かって駆け出した。

 草も樹も、私に触れることはないから、道の悪さなんて関係ない。

 一直線に駆けて行くと、あっという間に追いついた。


 前に回り込んで、少し後ろめたさを感じつつも、下からフードの中を覗き込む。


 "間違いない。やっぱりエリーだ……"


 余裕のない表情だけど、美しさは損なわれていない。ただ、少しやつれたようにもみえる。

 そして、視線を下げて、エリーの服を見る。

 フードの下から覗く布地には、特徴的な紋様が縫い込まれているのが見える。


 "やっぱり……《草の紋様》だ"


 村の教会で習ったやつだ。

 何百年も前の古い時代に使われていた刺繍の意匠。

 特徴的な蔦の柄と、生い茂る草のモチーフがエリーの服にあしらわれている。


 "シスターに教わった通りだ。すごく古い時代によく使われていた図柄に間違いない"


 村の教会で刺繍の教師もしていたシスターに教えてもらっていた。

 この国が出来るよりも前、何百年も昔の人達がよく使っていた紋様が目の前に。


 ――間違いない。

 これは、()じゃない。


 "これ……()()()()()()()()()()だ"



 周囲を警戒しながら歩くエリーを見る。

 こんな林の中だというのに、何故かハープを小脇に抱えている。


 "さっきも持っていたよね。エリーは吟遊詩人もしているのかな……"


 焦りが見える顔には汗がにじんで、息も少し上がってきてる。

 どの光の球にもエリーがいた。

 あれが誰かの記憶だというなら――


 "これ、全部エリーの記憶だ"


 自然と足が止まり、エリーを見送る。

「何故?」という言葉が頭の中を占めていて、動けないでいた。


 すると、前を歩くエリーが足を止めた。


 "どうしたんだろう"


 棒立ちのままエリーを眺めていると、ゆっくりとこちらへと振り返っている。


 ――目が合った。

 気がした、なんてレベルじゃない。エリーの瞳は、真っ直ぐに私の目を見ていた。

 息を呑んで固まる私に向けて、彼女はふっと微笑んだ。

 少し苦しそうな、けれど愛おしそうに目を細めると、途切れ途切れの言葉が私の頭に響いてきた。


 ((お願い。私の――を――――て))


 彼女の唇が最後になんと動いたのか。

 それを確かめる前に、また景色が白く弾けた。


 光が舞い散り、また辺りは元の暗闇に包まれた中で、私は呆然しながら自分の両手を見下ろしていた。


 最後、エリーは間違いなく私に向けて話していた。

 ただの記憶のはずなのに、話しかけてきた。


 しばらく自分の手を見つめた後、ギュッと両手を握りしめる。


 "エリー……貴女は、私に何を見せようとしてるの……?"


 最後のあの表情が、脳裏に焼き付いている。

 途切れて聴き取れなかった言葉は、何かを乞うような、願うような響きだった。


 どうしてだろう。

 初めて見たはずなのに、懐かしい気持ちになる。


 エリーのその先を見届けたい。

 彼女のお願いを叶えたい。

 そんな気持ちが湧き上がってくる。


 "もっと貴女の思い出を見せてもらうね、エリー"


 私は胸の前でギュッと拳を握ると、周りに漂う光の球に目を向けた。

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