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ココロ・ノート ~死にかけたら「心の音」が聴こえるようになったので、不器用な騎士たちと世界を調律して回ります!~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第57話 測定不能

 クリスの指が『アニマ』のスイッチに触れる――


 一瞬、『アニマ』が大きく震えたと思うと、チューバのような低い音が箱の中から響いてきた。

 細かく振動している『アニマ』につながる黒い筒。

 それを胸に当てながらクリスの様子を伺う。


「4…3…2………今!」


 ぶしゅっ!と箱から飛び出ている筒から、勢いよく蒸気が噴き出した。

 筒の近くに居たヴィヴァーチェさんが「あちちっ!」と驚いて飛び上がっている。


「危ないからどいて! もっと蒸気が噴き出すわよ!」


 手を払う仕草で、ヴィヴァーチェさんに下がるように指示するクリス。

 ヴィヴァーチェさんは、首を竦めながらゆっくりとアルバートさんの後ろへ避難している。


「おい! これは大丈夫なのか!? 爆発しないだろうな!」


 蒸気が噴き出す甲高い音が響く中、アレクが怒鳴っている。


「大丈夫よ! 耐久テストは問題ない。それに、今まで何度も起動しているから」


 クリスも負けじと怒鳴り返しているけど、室内は蒸気の熱で蒸し暑くなってきている。

 『アニマ』の側にいるクリスはもう額に汗を流しているけれど、視線はメーターに注がれて気にした様子もない。


「よし、安定してきたわ。アリア、受信筒は胸に当ててくれてる?」


 汗を流したクリスが私に顔を向けて聞いてくる。

 私は黒い筒を胸に当てたまま、ハンカチを取り出してクリスの汗を拭ってあげる。


「――あ、ありがと。優しいわね、アリアって。さて、そろそろ受信が始まるわ……」


 フッと微笑んだ顔を引き締めて、真鍮のメーターに真剣な眼差しを向けている。


「……」


 誰もが息を潜めてメーターに集中する――


 すると、僅かに針が動いた!


「やったわ! もう針が「1」を越えそうよ! すごい……凄いわアリア!」


 クリスが頬を紅潮させて、かじりつくようにメーターを見ている。

 私もメーターを確認すると、確かにメーターの針は「1」の辺りで揺れている。


「さっき、一般人だと針はほとんど動かないって……」


「――そうだね。それが確かなら、アリアは本物……ってことになるのかな?」


 ゴクリと喉を鳴らすヴィヴァーチェさんと、冷静な瞳のアルバートさん。

 アレクはいつもの様子で落ち着いているみたい。


「アリア? 今って、貴女の調律師の力……どのくらい出しているの?」


「え? いや、今は何もしていない……よ?」


 調律のことなら、今は何もしていない。

 それに、ハープは切れたままだから前みたいなチカラは出せないかも……


「な、何もしてない!? 嘘でしょ……それでこの数値なの……?」


「今はハープの弦が切れちゃってて、あまりチカラを出せないけれど……やってみた方がいい?」


 驚いて目を見開いているクリスに、チカラを出してみようかと提案すると……


「やって! お願い! これは凄いことだわ……魂魄振動の数値をもう一度計算し直す必要があるかしら? それとも、指数的に振動が増大していると考えるべき――?」


 真鍮のメーターを凝視しながらブツブツと呟くクリス。


 ――じゃあ、少しずつチカラを出してみようかな。


 そう思って、ハープの弦をつま弾いていく。

 切れた弦に触れないように慎重に音色を奏でていくと――音が『アニマ』に吸い込まれるような感覚を覚えた。


 ――なんだろう、この感覚……

 私の音が吸い取られて――?


 ――カチ、リ。と、またあの音が聞こえてきた。


「な……なに、この数値――!?」


 クリスの息を呑む声が聞こえた。

 大きく開いた目でメーターに齧りつくようにしている。


 クリスの息を呑む声に釣られてメーターを見ると、針は「3」を軽々と通り越して、メーターの右端に激しく針が打ち付けられていた。

 カチカチカチッ!と、今にも針が折れそうなほど異常な震え方をしている。


「なんてこと! こんな……凄いわ! こんな出力ありえない!」


 彼女の目は、狂気を孕んだように見開かれている。

 傍らにあった羊皮紙を乱暴に掴むと、がりがりと筆で書き殴っていく。


「明らかに理論値を越えている――!」


 クリスがそう叫びながら口元を歪めているのを見ていると……

 ――ザザッと、砂を踏みつけるような音が、頭の中に響いてきた。


「なに……? この音」


 思わず空いている手を耳に当てる。

 鳴り止まない音に不安を掻き立てられて、背中に冷たい気配が這い上がってくる。


 混乱する頭の中で、さっきのアレクの言葉――「違和感があったら中止しろ」というのを思い出した。

 クリスに声をかけようとした、その瞬間――


 ビィィッ! と噴き出す蒸気。

 ヴィヴァーチェさんが「うわっ!?」と驚いて、飛び上がっている。

 『アニマ』から噴き出す蒸気が激しさを増して、どんどんと室内が暑くなってくる。


「だ、大丈夫なんですか?」


「……これは、ちょっと嫌な予感がするよ――」


 ヴィヴァーチェさんとアルバートさんが、『アニマ』の様子を見て顔色を悪くしている。


 明らかに『アニマ』の様子がおかしい気がするけれど、クリスは書き出される記録しか目に入ってないみたいで――


「クリス、一度止め――」


 ビィィィィ――!

 吹き出す蒸気の音で、私の言葉がかき消されてしまった。


「おい! 明らかに異常事態だろう! 早くそいつを止めろ!!」


 アレクが私の前に出てきてクリスの腕を掴んだけれど、クリスはその腕を払い除けた。


「邪魔しないで! 今すごくいいところなのよ……」


 クリスは勢いよくアレクを振り返りながら叫び声をあげた後、うわごとのようにブツブツと呟きながら、また『アニマ』に釘付けになっている。


「凄い……凄いわコレ……これが本物の調律師なのね――」


 その様子を見たアレクは左右に首を振った後、私の腕を掴んだ。


「おいアリア、ここは危険だ。実験を中断して、ここから離れるぞ!」


 そう言って、私の腕をぐいっと引っ張ろうとするけれど、私は迷いながらクリスを見た。


「けど、クリスを1人で置いておけない……クリス! 実験を中止しよう! また後でやり直そう!」


 クリスに向かって大声を出すと、ふとクリスがこっちを見た。

 私と目が合うと、高速で打ち鳴らされていたピアノ旋律が、少し落ち着いたメロディに変わっていく。

 ギラギラと光っていた瞳も、正気を取り戻したように、ふっと光が落ち着いた。


「アリア……でも――もう少し、もう少しだけ――!」


「ふざけるな! 何かあったらどうする! 放っておいて行くぞ、アリア!」


 2人の言い合いに、反射的にハープの音を重ねようとしてしまった。


 ――その瞬間。

 私の紡いだ音が、勢いよく引きずり込まれる感覚。

 ズズッと『アニマ』へとハープの旋律が吸い込まれていく。


 ――ザザザザザッ!!


「――っ!? あたま……が……」


 痛い!痛い!痛い――!

 頭が割れそう――


 砂を踏むような音が、爆発的に頭の中で大きくなっていく。

 反射的に頭を抱えてうずくまると、クリスとアレクの驚いた声が聞こえてきた。


「アリア!? なん――と、――はな――」


「――――じょう――そ、なに――!」


 砂の音が邪魔して、2人の声が途切れ途切れにしか聞こえない。

 耳鳴りと頭痛が激しくなってきて、目に涙が溢れてくるけれど、拭う余裕もなくて――


 激しい痛みに目の前がチカチカと火花が飛んでいる。

 食いしばった歯の間から、呻き声が勝手に漏れていく。

 思わずアレクの方へ震える手を伸ばそうとした、その時――


 砂の音が、もはや轟音となって頭の中で暴れ出した。

 ズキン!とさらに強い痛みが襲ってきて、痛みで叫び声を上げてしまう。


「っあぁぁぁあぁぁ!!」


 ――駄目……耐えられない……!


 もう限界――っ!!

 ――そう思った直後。




 突然、音が引いた。


 頭に響いていた砂の音が、消えてなくなった。


「――えっ?」


 頭の痛みも、何事も無かったようにすうっと引いていく。

 助かった……大きく息を吐いて、強く閉じていたまぶたを開くと――









 全てが真っ白だった。





 "なに……コレ――?"


 目の前にいたアレクも、クリスもいない。

 クリスの研究室にいたはずなのに、周りには何も無かった。


 目の前には、どこまでも広がる"白"の空間。


 "うそ……"


 全てが真っ白な世界で、ひとりで立ち尽くしていた。


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