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ココロ・ノート ~死にかけたら「心の音」が聴こえるようになったので、不器用な騎士たちと世界を調律して回ります!~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第52話 アニマ・ヴァリアブル

「ヨロシクね、調律師さん」


 そう言って無邪気に笑う女の子。

 ――いや、この人が調律師の研究をしている学者さん本人だって……


「お前な……寝ぐせだらけの小娘が講師なわけあるか。冗談も程々にしろ、俺たちは本物のブライト講師に用があるんだ」


 冗談だと思ったアレクが、呆れたように女の子を無視して、そのまま部屋の奥へ足を踏み入れようとする。


「ちょっと、無視しないでよ! ワタシがクレシェンダ・ブライトだって言ってるでしょう。アンタの頭の中は空っぽなの?」


 通路を塞ぐように立ち塞がる彼女と、強引に進もうとするアレク。


「アレクさん、気持ちはわかりますけど、女の子を力で退かすのは駄目ですよ」


 見かねたヴィヴァーチェさんにまで窘められて、アレクがイラ立ちを露わにする。


 イライラと早いリズムで刻むチェロとピアノの音色。

 お互いにぶつかり合って、軋んだ不協和音を立てている。


 ――少しだけなら……


 私は自分のハープの音を奏でてみる。

 弦が一本だけ切れたままだけど、その弦に触れずに音を鳴らしてみる――


 ――

 ――――

 ――――――いける。


 ゆっくりと刻むハープの音を、二人の音色に重ねていく。


 まずは女の子のピアノの音に寄り添って――


 すると、ぶつかり合ってトゲトゲしくなっていたピアノの音色が、波が引くようにスッと落ち着いて、柔らかな和音を奏でだす。



「――!?」


 女の子はハッとした表情で勢いよくこちらに振り返った。

 驚いたような顔をしているけれど、まずはアレクのチェロも鎮めていく。



「――――これ……は。この感覚は――?」


 女の子は目を見開いて、口元を小刻みに震わせている。

 私を見つめる瞳には、単なる驚き以外の光が宿っていた。


 ――これで、二人とも落ち着いて話せるかな?


 そう思って声を掛けようとしたその時、女の子がガバッと抱きついてきた。



「スゴい、スゴいわ! 貴女、本物の調律師だわ! あぁ……なんてこと。追い求めてた調律師の本物が目の前に……」


 キラキラと目を輝かせながら、頬を上気させて捲し立ててくる。



「さっきのはワタシの『音』を調律したのよね!?」

「調律する時はどんな感じに音を聴いてるの?」

「今の干渉って……同調してるの? それとも共鳴?」

「あと、どうやって他人の『音』を操作してるのか教えてくれる?」

「あ、それよりも先に、貴女に実験に付き合ってもらわないと……こうしちゃいられないわ、さあ行きましょう!」


 高速で鍵盤を叩き続けるような、せっかちな旋律を奏でながら、怒涛の勢いで捲し立ててくる。

 その勢いに圧倒されて「ちょ、ちょっと待って下さい!」と肩を掴んで静止する。



「もう、何? 早く実験して数値の記録を取りたいんだけど?」


 可愛らしく頬を膨らませる女の子に、もう一度確認する。



「あ、あの……貴女がブライトさん本人なんですよね? 調律師の研究をしていて、リタルダントさんとお知り合いの――」


「そうよ。さっきからそう言ってるじゃない」


 ブライトさんはそう言って、やれやれと頭を左右に振る。



「じゃあ、まずはご挨拶させてください。私は――」


「アリア・カンタービレ、でしょ? あとは……ええと、その唐変木騎士はアレクサンダー、胡散臭い商人はヴィヴァーチェで、浮ついた吟遊詩人がアルバート――」


 私が自己紹介する前に、知ってるとばかりに私たちの名前を当てていく。



「え?……あ、はい」



「リタルダントおじさまからの手紙でわかってる。さっき言った通り、ワタシに必要なのはアリア・カンタービレだけよ。他の男たちは必要ないから帰って結構。いても邪魔なだけだから」


「邪魔とは何だ! 俺はアリアの護衛として同行する義務がある!」


 アレクが怒りの音を立てながら、ブライトさんに喰ってかかる。



「面白そうだし、ボクも実験を見てみたいかな。それに、仲間外れは良くないよ?」


 いつもの調子のアルバートさんと、それに頷いてるヴィヴァーチェさん。



「あの……この人達は、私の大事な仲間なんです。一緒にお話を聞かせてもらえませんか?」


 まだ私に抱きついているブライトさんにお願いしてみる。

 少しだけ考える素振りを見せたブライトさんは、パッと身を離すと扉の方へ足を向けた。



「――仕方ない。調律師の貴女が言うなら、そいつらも一緒に来ればいいわ」


 スタスタと扉に向かって、ノブに手を掛けたところで振り向いた。



「ただし――ワタシの邪魔をしたら……叩き出すからね」






 ――ひどい。

 扉が開いた瞬間、頭にそんな言葉がよぎった。


 部屋の中は、雑然という言葉がぴったり当てはまる有様だった。



「うわぁ……」


 後ろから、ヴィヴァーチェさんが息を呑む音が聴こえてくる。


 床という床は見えず、積み上げられた書物やよくわからない器具が、無秩序に床に広がっている。

 かろうじて残された隙間も、人ひとりがやっと足を差し入れられる程度。

 どうやって進めばいいのか見当もつかない。


 雑然と積み上がるナニかが窓を塞いでいて、昼時なのに薄暗い室内。


 硝子瓶の中では、色のついた液体がゆっくりと揺れていた。

 中には何かが沈んでいるものもある。目を凝らさない方がいい――本能が告げていた。


 乾いた薬草の匂いと焦げたような金属の匂い。それらが混ざり合って、鼻の奥にじわりと残る。


 えっ……ここに、入るの?


 思わず足が止まる。

 うっかり何かに触れてしまえば、高価そうな器具が壊れてしまいそう――考えたくもない想像が頭をよぎった。


 ――その時。



「大丈夫大丈夫。ほら、こっちにいらっしゃい」


 場違いなほど明るい声が飛んできた。


 顔を上げると、部屋の奥でブライトさんがニコニコと笑っている。

 足元の惨状などまるで気にも留めていない様子で、ひらひらと手を振り、こちらへ来いと手招きしていた。


 ……大丈夫……だよね?


 私は慎重に、足場になりそうな場所を探して一歩を踏み出した。



「あ、そこ踏むと爆発するから気をつけて」


 声が聞こえた瞬間、足元で何かの液体がジュッ……と音を立てる。



「ひゃあ!?」


 驚いて飛び上がると、足に何かぶつかる感覚。


 ――――あ。


 ボンッ!!



「きゃあああああ!?」


「大丈夫か、アリア!?」


 足元からのぼる白煙を必死に手で払いながら、私はアレクにしがみついた。



「お前、何だこの部屋は。踏んだら爆発するような物を置くな!」


「何よ、うるさいわね。あのくらい平気よ――細かい男ね」


 さっき調律して、せっかく波が静まったのに、また二人の音がぶつかり合う。


 ――さっき会ったばかりなのに、この二人は喧嘩ばかりだなぁ……


 遠い目でそんな事を考えながら、まだ早鐘を打つ胸に手を当てる。



「いやぁ……凄まじいですねぇ……」


 呆れたような音を立てるトランペットと一緒に、ヴィヴァーチェさんが部屋に入ってくる。



「こういうのは、天才の証だったりするよね。ボクの故郷でもこういう人がいたなぁ」


 物で埋め尽くされた床の上を、すいすいと歩いてくるアルバートさん。

 彼のリュートは楽しげに明るい音を紡いでいる。



「うぅ……他に危ない物はないですよね……?」


 慎重に足場を探しながら、ブライトさんの近くまで歩いていくと、彼女はニコニコと笑いながら、何かよくわからない筒のような物を手にしている。


 

「さぁさぁ、ここに座って! まずは貴女の『数値』を計らせてもらうから――」


 そう言って彼女の横に置いてある椅子をポンポンと叩いて、座るように促している。

 手に持つ筒には紐のようなものが付いていて、紐の先を辿ると――これも何かわからない大きな箱に繋がっている。



「あの、私たちはブライトさんに調律師のことを聞きに来たんですけど――」


「わかった。わかったから! まずは一回計らせて! 大丈夫よ。痛いことはしないから!」


 そう言って私の方を掴むと、小柄な身体とは思えないくらいの力強さで、椅子に座らされる。

 何をさせられるのか――生きた心地がしないまま、ブライトさんの方を見た。


 嬉しそうに鼻歌を歌っている彼女から聴こえてくる――歓喜のピアノのパッセージ。

 本当に、本当に嬉しいと、言葉に表せないくらいの歓喜の音色。


 ――この人は、研究に夢中なだけで悪い人じゃない。


 せわしないピアノの旋律の奥から、真剣な想いを乗せたフルートの音色が透けて聴こえてきた。

 こんな素敵な音色を持つこの人なら、少し安心できる。



「わかりました。じゃあ、それを計り終えたら、お話を聞かせてくださいね」


 そう言って微笑むと、ブライトさんのピアノが一音高くなった。



「ホント? いいの!? じゃあ、遠慮なく計らせてもらうわね!」


 踊り出しそうなほどにご機嫌な彼女を見て、ヴィヴァーチェさんが心配そうに聞いてくる。



「ア、アリアさん? その……本当に大丈夫なんです? なんだか怪しげな雰囲気ですけど」


「そうだ、あんな怪しげなものを付けて、何かあったらどうする!?」


 アレクも一緒になって止めてくるけど、私はゆっくりと頭を横に振った。



「――大丈夫ですよ。彼女の心の音は、真剣で、誠実です」


 慌ただしく何かの準備をしているブライトさんに視線を向ける。



「今はただ嬉しさで舞い上がってるみたいですけど……私は、彼女のその音を信じてみたくなりました」


 微笑んで応えると、二人は深くため息を吐いて顔を見合わせた。



「どうします、アレクさん? こうなったらアリアさんは頑固ですよ」


「そうだな……何かあった時に対応出来るように、すぐ後ろに待機するしか無いか……」


 ぼそぼそと二人で何かを話しているけれど、私はブライトさんの準備の方が気になって見てしまう。

 心が逸っているのか、床に散らばる瓶を蹴飛ばしたり、つまずいて転んだりしている。

 怪我をしないかとハラハラしながら見ていると――



「――できた!」


 大きな声を出して手を叩いた彼女はくるりと振り向くと、背後の箱に手を置いた。



「これは、ワタシの研究成果のひとつ。人間の出す微弱な振動を数値で計る機械――」


 自信たっぷりに、ニヤリと笑みを見せるブライトさん。

 スッと息を吸ったあとに、その口から音が零れた。



「魂魄振動領域測定器≪アニマ・ヴァリアブル≫よ!」

 

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