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ココロ・ノート ~死にかけたら「心の音」が聴こえるようになったので、不器用な騎士たちと世界を調律して回ります!~  作者: 名雲
第3章 王都での日々

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第51話 クレシェンダ・ブライト

 三日後。

 約束を取り付けた私たちは、王都学院へと向かった。


 王都の北区にあるその学舎は、アレクも通っていた場所らしい。

 彼は道すがら、見える景色を懐かしむように見回している。


 街道を進むほどに雑多な賑やかさは削ぎ落され、景色が洗練されていく。

 道行く人の姿も上等な衣服に変わってきて、思わず「場違いじゃ……」と呟きが漏れてしまう。


 少し尻込みしながら進むことしばらく。

 視界の先に現れたのは、街の喧騒を断ち切るように伸びる高い石壁だった。


 灰白色の壁には紋章のようなレリーフが刻まれ、外界を拒絶するような意思を感じさせる。


 厳しい表情で門を護る守衛の男性達は、一様に口を閉ざして静かに佇んでいる。

 門前には馬車が列を成していて、守衛達の検問を静かに待っていた。

 質が良いとわかる車体と掲げた紋章が、ここを訪れる者の身分を語っていた。


 私たちは馬車の脇を通り抜け、通用扉の方へと進む。

 アレクが一歩前に出て、守衛にリタルダントさんの紹介状を差し出した。



「本日、ブライト研究員との面会予約を取り付けている、アレクサンダー・フォン・ヴァレンシュタインだ。こちらは申請した他三名の随行員だ」


 そう簡潔に伝えて私たちを指し示す。



「少々お待ちください」


 生真面目なトロンボーンの音を響かせながら、紹介状を受け取った男性が、何かの書類を確認している。



「これはまた、歌いにくそうな雰囲気だね」


 零れた声にアレクが軽く睨みを利かせると、アルバートさんが小さく肩を竦めている。



「ヴァレンシュタイン様――確認が取れました。どうぞ、中へお進み下さい」


 そう言って扉を開けて中へと促された。

 軽く頭を下げながら扉を潜り、塀の中へと視線を向けると――――その内側には、もう一つの世界が広がっていた。


 最初に目に入るのは、空へと突き刺さるように伸びた尖塔だった。

 灰白色の石で組まれた塔は、幾世代もの風雨に削られ、角という角が丸く削られている。それでもなお、天を指し示すその威容は損なわれていない。


 回廊で緩やかに繋がれた大小の建物が迷宮のように並び立ち、低く構えた門楼の奥には、芝の整えられた中庭が覗いている。

 そこには、若い男女の姿があった。

 ――ここの学生さんだろうか?


 見るからに仕立ての良い服を纏い、楽しげに言葉を交わす姿は育ちの良さを感じさせる所作で、この場所にふさわしい気品を感じさせる。



「――いいな、楽しそう……」


 私はチラリと自分の服装を見下ろしながら、アレクの背を追った。


 歴史を感じさせる建物の間を進んでいると、頭上から高く澄んだ音が響いた。

 鐘楼から響き渡るその鐘の音は細く長く伸び、静まり返った空間に溶けていく。

 その余韻だけが、しばらく耳の奥に残った――



 いくつかの建物を通り過ぎた頃。

 すれ違った学生が私を見て小さく眉をひそめているのが見えた。

 隣の生徒にコソコソと何かを耳打ちしている。


 ――嫌な感じだな……綺麗なホルンの音なのに、酷い雑音。


 頭から足元まで、なぞるような視線から逃れるように、背中を丸めて俯いてしまう。

 すると、トランペットの音色が弾けるように響いて、ヴィヴァーチェさんの声が聞こえてきた。



「いやぁ、さすがは王国の最高学府ですねぇ! 僕なんかは歩くだけで緊張しますよ」


 ヴィヴァーチェさんが周りを見回しながら、わざとらしいほどの明るい声で話し出した。



「ここは貴族の子弟が多くて、卒業生は出世する人が多いらしいですね!」


「貴族が多いのは確かだが、ボンクラも多いぞ」


 ヴィヴァーチェさんの言葉に、冷たい目で周囲を睨みつけるアレク。

 聴こえてくるチェロの音色には、苦みのある響きが混じっていた。


 ――ありがとう。

 そう心の中で呟いて、顔を上げて前を見る。


 そうだ、自分を恥じる必要なんてない。

 私には、こんな素敵な仲間がいるんだから。


 周りを見渡すと、そそくさと去っていく学生たちの姿。

 その後ろ姿を見送っていると、リュートの音色が気遣うように私に触れた。



「――いやな人間はどこにでもいるよねぇ。でも、あんなのは気にした方が負けさ」


「そうですよね、別に恥ずかしがって下を向く必要はありませんでした。今度からはしっかり前を向いておきますね」


 その気遣いに感謝しながらアルバートさんと談笑していると、アレクがひとつの建物の前で立ち止まった。



「――ここだ」


 短く告げて、扉へと向かうアレク。

 目の前の建物は他よりも少し小振りで、扉の横には大きな看板が掲げられていた。


 『魂魄振動研究室』と書かれた看板に、先日リタルダントさんの家で見た分厚い本を思い出して、思わず顔をしかめてしまう。

 ふと見ると、アレクも微妙な表情で看板を見つめている。

 軽く頭を振ったかと思うと、おもむろにドアのノッカーを打ち鳴らした。


 ドアの前で待っていると、後ろからヴィヴァーチェさんとアルバートさんの会話が聞こえてきた。



「女性の学者さんだって聞きましたけど、どんな人物なんでしょうね?」


「リタルダント卿が『変人』だって言ってたじゃないか。聞いてなかったのかい?」


 いや、変人とは言ってないと思うけど……



「アルバートさん……『変人』じゃなくて『変わり者の人見知り』ですよ。そんなこと言ったら失礼じゃないですか」


 私がそう注意すると、アルバートさんは「それを『変人』って言うんだよ」と肩を竦めた。



「まぁまぁ……でも、どんな容姿なのか、聞いておけばよかったですね。すごい美人とかだったらどうしましょう……?」


 ヴィヴァーチェさんが想像を膨らませて、鼻の下を伸ばしている。

 まったく……どうして男の人ってこうなんだろう。



「馬鹿なこと言ってないで静かにしろ。もうすぐ来るぞ」


 アレクに注意されて、慌てて居住まいを正す。


 ――ヴィヴァーチェさんじゃないけど、どんな女性だろう? うまく話せるかな……


 早鐘を打つ心臓の音を聴きながら待っていると、扉越しに足音が聴こえてきた。

 でもそれは、歩いてる音というより、もの凄い勢いで走っているような……


 その音の勢いに、一歩後ろへ下がったその時――


 ばたんっ! と、扉が壊れるかと思う勢いで開かれた。



「どこ!? どこに調律師がいるの――!?」


 勢いよく開かれた扉の向こうに現れたのは――小柄な女の子。

 頬を紅潮させて、両手を握りしめながら大声で捲し立てている。


 ――お手伝いしている学生さんかな?


 私よりもずっと小柄で、可愛らしい顔立ち。

 朝日に照らされた麦畑のような白みがかった金髪を、無造作に後ろで結んでいる。

 眼鏡の奥に覗く瞳は琥珀色。

 透き通るような綺麗な瞳。

 丸い眼鏡が大きすぎて、半分ずり落ちているけれど気にした様子もない。

 白い薄手の上着を羽織っているけれど、裾にはインクと何かよくわからない色の染みが付いている。



「調律師は女性だと手紙に書いてあったわ! ――っていうことは、貴女がそうなのね!?」


 興奮した様子で瞳を輝かせながら、音が聞こえそうな勢いで私を指差す女の子。

 彼女からは凄く早くて複雑なピアノの音色が聴こえてくる。



「コラコラ、人を指さしたらダメでしょう……おじさん達は、ブライト先生を訪ねてきたんだ。お嬢さん、先生を呼んできてくれないかな?」


 ヴィヴァーチェさんは柔らかい笑みで、女の子にクレシェンダさんを呼んできて欲しいとお願いした。

 でも、当の女の子はといえば――――



「調律師が女性だとは予想外だったわ……でも、考えてみれば性別なんて些細な違いよね! その振動を認識出来る特別な感覚こそが必要な訳で――――」


 アゴに手を当ててブツブツと何かを呟いていて、ヴィヴァーチェさんの話を全く聞いていなかった。

「おーい?」とヴィヴァーチェさんがもう一度声を掛けるけど、自分の世界に入ってしまって、反応が返ってこない……

 私たちが顔を見合わせて苦笑いしていると――



「――つまり、魂魄振動の領域から逸脱しなければいいんだから……あ、そうだ、早速貴女のデータを取らせてくれない? ね、いいでしょ?」


「え? ええと……」


 突然ガバッと顔を上げて、私に詰め寄ってくる女の子に驚いて、どうしようかと迷っていると、スッとアレクの手が伸びてきた。


 アレクは女の子の襟首をヒョイと掴んで、呆れたような顔をする。



「おい、少し落ち着け。俺たちはお前の相手をしに来たんじゃない。さっさとブライト講師を呼んできてくれ」


 イライラとしたチェロを響かせて、アレクが女の子に少し強めに言葉をかける。



「うるっさいわね。今はワタシが話してたとこでしょう! 邪魔するんじゃないわよ。そもそも、アンタは何? ワタシは調律師の女の子さえいればいいんだから、あんた達はさっさと何処かに行きなさいよ」


 そう言って、追い払うように手を振る仕草をしている。



「おま……! いい加減にしろよ。俺たちだって暇じゃないんだ。さっさとブライト講師を――」


「必要無い」


 言葉を被せてアレクの言葉を遮る。

 女の子が腰に手を当てながらアレクに追撃をかけた。



「あなた達の目的は――もう果たしているわ」


 頬に掛かる髪の毛を払いながらアレクと私を交互に見る。

 彼女は、ひと呼吸置いてから言葉を紡いだ。



「――ワタシが、クレシェンダ・ブライトよ」


「「え……?」」


 アレクと私の声が重なる。

 それを見た女の子は、ニヤリと笑って腰に手を当てた。



「ヨロシクね、調律師さん」


 目の前の女の子はそう言って、とても無邪気な顔で笑った。



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