第90話。紅葉1「縁の下の力持ち」よっこいしょ……、なのです。
黒助「なんか最近、無性に一人になりたくなるんだけど……」
そんな甘えた若者のような言葉を、いきなり私たち家族に言ってくる黒兄。けどそれが決して甘えた言葉なんかではないことを私は知っている。あの人が時折発する、とても分かりにくいSOSサインなことを、私は知っている。
私は黒兄のことをずっと見てきた。この世界でも、あの世界でも……。
そう、私は黒兄の元守護霊、あの人があの地球にいた頃の守護霊だ。最近ようやくそのことを思い出してきた。それと同時に、この世界で、今まで私が黒兄に対して兄弟以上の親しみと愛情を抱いてしまったことにも納得がいった――そりゃあ、前世でずっと見てきたんだもん、好きにだってなる。
とま、それはいいとして……、黒兄は地球にいた時も、今と同じようなことを言ったことが何度かある――「一人になりたいなぁー」――って、あの人が学生だった頃から、そう何度か言っていたことがある。私もその時は、ホント甘えてるなって思った。だから本当に一人にしてやった。周りにいる人、全てを遠ざけるように導いてやった。
『人は一人では生きられない』――ってことに気づかせてあげたかった。そして、そのことに気づけたのなら、きっとそんな甘えた言葉なんて言わずに、誰かの手を求めるはずだと思った。
けど、それは大きな間違いだった……。
それが大きな間違いだったって、今なら分かる。あの人が地球でずっと必死に耐えていたこと……、自分に置かれた過酷な環境に耐えてずっと我慢していた……、そしてそんな我慢に我慢を重ねて、もう限界だと言う時に発せられたのが、あの言葉だったってことが、今ならわかる……。
あの人は誰かに嫌なことを言われても、笑っていた。誰かに酷い事をされても笑っていた。見下されても、馬鹿にされても、虐められても、ずっと平気な顔をしていた。陰でこっそり、夜に一人で泣いたりするなんて事も無かった。常に笑っていた。だから……、私は本当に平気なのだと思ってしまった……。
そして……、私はあの人を、一人にしてしまった。
一人になってからの、あの人は誰の助けも求めなかった。どんなに過酷な状況に陥っていこうとも、一向に誰の手も借りようとはしなかった。それどころか、常に人を遠ざけて拒絶した。一人になれて嬉しそうだった。塞こみ、引きこもっていった。
『人は一人では生きれない』
――気づいた時には、あの人は生きることを諦めていた。生きることよりも一人になることを選んだ。死んでないだけ……、そんな存在になっていた。そんな状態がずっと続いていった。
あの人は、食べるものがなくても幸せそうだった。着るものがなくても、夜眠れなくても幸せそうだった。誰も何も求めなかった。ずっと拒絶していた。
それと、一人で居ることに感謝もしていた。嫌なこと言ってくる親がもう居ない事に、ヒドイ事をしてくる人が居ない事に、そして、醜い争いと嘘が大好きな訳の分からない存在を目にしなくていい事に、感謝していた。
こんなモノと関わるくらいなら、飢えて苦しんで死んだほうがマシ……、あの人は心の底からそう本気で言って、実際に実行した。本当にそのまま死んでしまいそうだった。
私はあの人を知っている。誰よりも知っている。
争いや嘘が大嫌いで、皆の幸せを常に願っていた人。自分が笑っていたら、皆も笑ってくれると信じていた人。どうしたら皆が幸せになるのか、ずっと考えていた人。ずっとずっと、争いのない平和な世界を祈っていた人……。
(この人を、死なせてはいけない……)
――当時の私は、あの人のぐったりと横たわるゲッソリとした姿を見て、そう思った。そうして私は、彼の命を繋げることに奮闘した。細い細い可能性を探して、無理やりにでもお金を受け取る状況を作ったり、何か食べるように直接促したり、うるさい近隣住民は排除したりもした。
その甲斐もあってか、あの人はなんとかこうにか生きてはいた。けど私は、あの人の命を繋げるだけで、他は何も手が回らなかった。現状は何時までたっても何も変わらないどころか、むしろ悪化していった。次第にその世界を、おそらく本人の自覚も薄いまま、知らず知らずに憎んでしまうまでになってしまっていった。あれほど綺麗だったあの人の心に、陰りまでもが生じ始めた。
(こんなはずじゃなかった……、こんなつもりで一人にしたわけじゃない……。)
孤独になったあの人に、誰かが側に寄り添って欲しかった。その手を取り合って欲しかった。互いに求め合って欲しかった。その人と幸せになって欲しかった。
それなのに……、その時の私は、もうあの人のことを見ていることが出来なかった……、つらかった……。
(ごめんね……、本当に、ごめん……)
私はそう言い残して、私の役目を勝手に放棄して、逃げた……。




