第82話「果報は寝て待て」マイペースなのです。
またあれから二ヶ月程が過ぎたのでしょうか? この森を彷徨っている日数なんて覚えてはいないですが、少し肌寒い季節になってきたので、おそらくそれくらいは経っているものと思われます。
――はい、相変わらず元気に遭難中です!
ここ最近になってくると、昼間はまだそんなにではないんですけど、森の朝というのはかなり寒い感じになってきていて……、もう春が来るまでは僕の火魔法で温められてヌクヌクなカマクラにでも篭ろうかと考え始めていました。
こういうのって、寒くなってから慌てるとしんどいですからねー。直前までほったらかしの引き延ばし癖のある僕が言うのもなんですが、こういう面倒くさそうなことは早めに早いめにちゃっちゃっと処理するに限ります。
そんな感じで、本格的に冬ごもりの準備にでも取り掛かろうかと思い始めていた時でした……。それは突然に目の前に現れました……。僕は今日、ようやく見つけました! いったい何を見つけたのか? それはですね……、
――『人道』です。
何の前触れもなく現れました。現れたというよりは、あった? って感じなのでしょうか? 森を歩いていると、急に視界が開けたなぁって思ったら……、足元にはレンガで舗装されていて、馬車二台ほどの幅がある人道がありました。
何だか意外とあっけなく見つかるものですねー。遭難初期のさんざん探し回っていたころには見つかる気配すらもなかったというのに、今みたいに探す気もなくただブラブラしている時なんかには、こんなにも簡単に見つかってしまうんですねー。
それにしても、この道は一体どこに繋がっているのでしょうか? とりあえず歩こうと思いますが……、どっちに歩こうか? それとも、ここは大人しく誰か人が来るのを待つべきでしょうか?
「まあ、どっちでもいいか、とりあえず歩こう」
一応、太陽の位置だけは常に確認するようにはしておいて、あとは適当に歩きます。まぁ道があるんだし、どこかにはたどり着くと思います。それからのことはその時にでも考えればいいですよねー。
そうして僕はまた歩き出します。どんどん歩いて行きます。途中に何度か分かれ道にも遭遇しましたが、気にせず適当に選んで歩きました。そんな感じでしばらく歩いて行きついた場所は……、
――『ヴェギ王国』
大きな門に取り付けられた、小さな扉の前にたたずんでいるこの国の門番さんに直接聞きいて、それを確認しました。ちなみに、道行く人には聞きませんでした。何も聞きませんでした。だってー、歩いている人を呼び止めるのって、なんだか気が引けちゃってー、それになんだか避けられているような気がして……。
――はい、被害妄想です。小心物です。コミュ障です。
まあなんにせよです、あれほど適当に歩いていたにもかかわらず、どうやら僕はヴェギ王国にたどり着いてしまったようです。こんなにもあっけなく。唖然とした気持ちと、謎の達成感が凄いです。
「えっとー、中に入れてもらいたいんですけどー」
少しだけ気をよくした僕は、いつもよりも気持ち弾んだ声で、この門番さんに僕を国に入れてもらえるように頼みました。
何だかここにきて楽しみのボルテージが上がってきました。ワクワクしています。いろいろ観光するのも楽しみだし、紅葉のお土産もあるし、それに母によると、この国には冒険者ギルドなんて施設もあるみたいなんで、少し覗いてみたいです。なんなら帰りは誰かに道案内を依頼してもいいかもですねー。もう僕の道に対する自信はボロボロですよー。ヘルプミーです。まぁそんな感じで、なんにせよです、とりあえずはヴェギ王国に入ろうと思います。
「えーっと、それじゃ、身分を証明出来るもの出してくれる」
門番の人が僕に聞いてきました。
身分を証明出来るもの? なにそれ美味しいの? ……えっと、何かあったっけ? 運転免許証は……ないし、保険証……マイナンバーカード……パスポート……。え、えっと、何か証明できるもの、できるもの……、
「ありません!」
僕は堂々と答えます。
仕方ありません。
だって、ないものはないんですから!
「帰りなさい……」
門番さんがとても面倒くさそうな態度を隠そうともせずに、僕にそう促します。
なるほど、そうきますか……。ならば!
「はい! 帰ります!」
撤退です! 戦略的撤退です!
「うん、よろしい」
門番さんはどこか満足げに、そう答えます。
――という訳で帰ります。まさかの門前払いでした。なるほどねー、国に入るには証明証が必要なんですねー、全く知りませんでした。いやー、いい勉強になりましたねー。仕方ありません、出直しましょう!
まぁでも、正直なところ、一人旅にはもうかなり満足していて、そろそろ帰りたいなぁってホームシックになりかけていたので、なんていうか丁度良かったです。負け惜しみなんかではないですよ?
姉ちゃんの顔も見たくなってきたし、これ以上遅くなると紅葉にも怒られます――いえ、もう怒っているかもしれません。あ、そういえば紅葉からお土産頼まれてるんだった……。どうしよう……。
まあ、それはひとまずおいておいて……。まずは……、
「あのー、帰ろうとは思うのですが、一つだけ伺ってもよろしいですか?」
「ええ、かまいませんよ、なんなりと」
「はい、では、えっとー、エルナ村ってどの方向にありますか?」
――そうです! なんにせよです、とりあえずはこれを聞いておかないと、僕は十中八九また迷います。僕はこうして誰かに頼るのはとても苦手な性格をしてしまっているんですが、事ここに及んでしまっては、仕方がありません。安全に村に帰るために、僕は今までとは違い、頼れるものはとことん頼るスタンスに切り替えます。
「エルナ村……。君は何故その村のことを聞くんだい?」
「――えっ、い、いや、家に帰ろうかと思って?」
まさか聞き返されるとは思わなかったので、思わず口ごもってしまいました。
「家に帰る? ということは、まさか君はエルナ村の出身なのか?」
「えっとー、はい、そうですけど、何か?」
「――っ、そ、そうか……。もしそれが本当のことなら、我々は君を歓迎しなくてはならないのだが……」
おーっ! マジですか! よく分からないけど、もしかして国に入れてくれる感じですか? 丁度、紅葉のお土産で困っていた所なんだけど? 是非とも入れてほしいのだけれど?
「うーん、君、本当に何でもいいんだが、何か証明できるようなものは持ってはいないだろうか?」
証明できるものねー、証明……、うーん、まぁ……、
「ありません!」
「そうか……。えーっと、エルナ村はここから西、あっちの方角だよ。気をつけて帰って下さいね」
門番さんはそう指をさして答えます。
なんだ……、結局入れてはくれないのか……。
期待したのにー。わかったよ、気をつけて帰るよ!
「親切にありがとうございます」
そう言って僕は一礼をしてから、門番さんの指さした方向を見ます。門番さんが指さしていた方向は……、ヴェギ王国内の向こう側です。
――やっぱり行き過ぎていたのか……。
そうして僕は、門番さんに軽く別れを告げてから、ヴェギ王国沿いを迂回して、反対側の門まで歩きだします。
さあ! 気を取り直して帰ります! 今度は迷いませんよー! 森の探検にもだいぶと慣れてきたところです。あの森を突っ切って……、
「あー、はいはい、今度はちゃんと回り道しますよー。森を突っ切ろうなんて思いませんよー」
僕はそう独り言をつぶやいて、ズカズカと雑な足取りで歩いて行きます。なんだか少し投げやりな気分です。情緒不安定気味ですねー。
「姉ちゃんの顔、見たいなぁー」
なんかどうしようもなく会いたくなってきちゃいました……。
もうあれだ、帰ったら、キス……、お願いしちゃおう! ずっと待ってたけど何故か来ないし、今度はこっちから行こう! もう待てない、流石にもう待てない!
嫌がられたなら素直に諦めればいい。うん、もうそれでいい。もうね、ちゃんと言おうと思います。正直に言おうと思います。僕の欲望、願望、包み隠さず全部見せて伝えようと思います。それをどうするかは姉ちゃんに任せます。
あー、でも、何かそういうのも、今はもうどうでもよくなってきました。とにかく、早く姉ちゃんに会いたいなぁって思います……。早く帰りたいなぁーって思います……。
「うん、よし! 帰ろう!」
そう力強く声を発した僕は、先ほどまでとは比べ物にならないほどの早足で、エルナ村への帰路についたのでした。
。。。
数日後……。
「ここどこ? もしかして……、また迷子なの……」




